人気ブログランキング |
4月10日(土)続

犬を診察に連れて行き、ヒト用の軟膏を見せると「それは、、ダメですね」と言われてしまった。
外側から切開し、6日間の投薬処置になった。連れて来てよかった。


待ち時間や処置に思ったより時間がかかったので、自分の整形外科はパスすることにした。その時点で何故か、予定していたBBFの集まり時間が2時からと誤った。30分の遅刻を覚悟していたら、4時からであった事に気づき(我ながら自分に呆れた)、小一時間が空いてしまった。四谷メリノール宣教会の会場近くに『弁慶掘り』という場所がある。江戸城の掘りの一部で、赤坂プリンスホテルの公開空地と関係があるらしい。その辺りの景観は以前から気になっていた。1時間950円の「観光ボート」があり、そこで暇を潰した。


その日、艇は全部で10ほど出ていて、その大半は釣り人だった。私はその浅く倒木の多い沼地のような掘りを漕いだり、漂ったりしていた。張り出した枝枝に、ミシシッピアカミミガメなどがバスキングしており、それは本当に目と鼻の先だった。私はかつて知多半島で、この種の動物の体長測定などのモニタリング調査をした時の事を思い出した。ある学生の卒論の手伝いだったのだが、殆ど夜を徹して行った。それはもう何年前になるだろう。


BBFに行くと、早く来たもう3人の人々が準備を終えていた。7月7日の「今日一日」の『気楽にいこう』というお題を中心に話した。私自身そうした。
私はこんな風な事を言った。
「論争から身を引くことはあなたを勝者にはしないかもしれない。しかし論争によってあなたが失ったものは、あなた自身の尊厳であり、恵みである、とここに書いてありますが、論争から身を引くことも、また自分自身の尊厳を失うような気がします」「ですからここに書いてある『気楽にいこう』は、あまり私の中にすうっと入って来ませんでした」


ティーブレイクの時、私は隣の仲間に口を開いた。
「私の言っていたこと、おわかりになりました?」
「ええ、わかりましたよ」
その方は優しく笑って応えてくれた。それからお茶が終わった後にその人の順が来て、その事に少し関係する話をしてくれた。ありがたいと思った。
3月27日(土)続

朝7時をとうに回って起床した。掃除、洗濯や雑用を済ますと、私は午前会員なのでスポーツクラブにいる時間は1時間分しか残っていない。そこから戻り、買物を済ました後、遅い昼食を食べると、何と午後3時近くなってしまった。四谷に午後4時に到着していないと。今日のその日は、BBF(ビッグブックファミリー)のスピーカーズミーティングで、少し知り合いで、とても興味深い方のお話が聞ける日だったので。言ってしまえば、その会(正確には、その兄弟のような会の方)を紹介してくれた方が、今日のスピーカーを紹介して下さり、そこを知ったワケだ。やや、ややこしいが。


チャリで、しかしゆっくり外苑西通りと青山通りを往く。間に合った。日が延びていたので、5時を回っても窓の外はまだ明るさを保っていた。
今日のスピーカーの話はとてもよかった。少し知っている人だけに、伝わる力が強かった。ここにその内容をある程度書いてもよいのかも知れないが、正しくそう出来る自信がない。終わった後に、7、8人でコーヒーショップに寄った。


今日の特別付録、それは10分間の休憩時間に、私は隣に座っていたAAメンバーと雑談した。ソーバー(アルコール依存症の方がお酒を飲まない生き方を選び、それを継続している期間)2年半の方で、その方は私にこう言われた。
「僕たちみたいなアル中と付き合っていて大変でしょう?」
最初の切り出しを私は意外な口調に感じた。どう応えたらいいのだろう。


「つまり予測出来ない事ばかり起こるでしょう」「ずっとイライラしてますからね」
ああ、そういう意味ですね。だったら分かります。
しかし、どちらかと言うと挨拶に近い、短い幾つかの会話の後にその方はこう結んだ。


「でも、回復されたら変わりますよ。愛情深く変わります。相手をとても大事にする生き方に変わります。きっとそうなります」
本当だったらスゴい。だから、、、都合よく頭の中にその言葉がそっくり残っている。
、、、、愛情深く変わる。、、、、大事にされる、、、。


それには、まず自分自身がそうしなくては、と思う。まずやってみる。たぶんそれで何も起こらない(変わらない)と思うけど。
12月12日(土)続々

今日の夕方、四谷メリノール宣教会で行われたBBF(ビッグブックファミリー=アルコール、薬物依存症者の家族・友人の会)のオープンミーティングに参加した。ちょうど一年前のクリスマスに初めてそこを訪れた。今日もそこでは参加者全員が一巡する自己紹介に似た「わかち合い」があった。自分の番が来て、そこで喋った事は、いつもながら、自分が「こう喋ればよかった」評価で言うと100点満点で50点程度であった。けれど、今日はまあまあの方ではあったが。

言い漏らした事、第一に「何故、今日私がここに参加したか」である。答えは「最近アルコール依存である恋人が重症であり、その別れが近づいて来たような感じがして、悲しくて当惑し、けれどどうにかその現実を受け入れたいと願って」であった。

第二に、こちらの会と、アラノンやビッグブッグなどの書籍への感謝について。

この二つを言い忘れた。

言い忘れなかった事とは、こうであった。
まず、間柄。そして病気の原因は、たぶん主に彼の仕事が大変な状況に陥ったからだと思うという事。最近の状況として、一つ目は「酒が止まらずに死に至るアル中さんは、宗教的理由である種の医療行為を受け付けない信者が多量出血で死に至るのと似ている感じがする事。つまり生命の安全救出は本人の手に委ねられているという無念さ」。そして「自分がまるで認知症の家族のような気分がする」事。つまりは「自分を含め、次第に忘れ去られて行くような無念さ」を感じた事、それらを伝える事が出来た。

もう一つ、手助けするしないの問題で、自分は多少それを行う。理由は、自分が後悔しないためにそうする。非難されるべきでないと思う、云々。


とにかく疲れた。246を渋谷の雑踏をチャリで通過し、遅刻して四谷に到着した。帰りは帰りで六本木通りから家まで、とてつもなく遠く感じた。外苑銀杏並木は七分方落ち葉になってしまっていた。それはそれで綺麗だった。残った葉は黄色にくすみながら、全体の黒っぽいシルエットを支えていた。

多くの人々がいた。多くの人々の姿を風景ごと良く切れるハサミのように切り取りながら私は走った。健康な人々。健康なカップル。健康な家族。信号で止まる度に、私は思った。自分はたったひとつの呼吸する痛んだアボガドのようで、舗道にころがり落ちた無力な果実そのものだと。
10月24日(土)続

四谷のBBF(ビッグブックファミリー)に行った。少し迷ったが、結局行く事にした。4時に始まるところを、3時にそう考え、多少遠回りの乗り物(バス)で虎ノ門に行き、小雨の中を半時間内堀通りを歩いた。最後にお堀の脇を通る、その経路は気に入っていた。だからたぶん相当遅刻するとわかっていたが、そうしたのだ。

実際、今日はスピーカーズミーティングであったのだが、それとは知らず、道々分かち合いの時に自分が言うかも知れない内容を練習していた。あまり思いつかなかったので、それが実際無くてよかった。終わった後に考えたことは、こんなふうな気まぐれな参加でも、そうしてよかった、という一点だった。仲間に会えたというたったそれだけで合格点なのだ。

2、30人の人がいて、私はそのうち9人に挨拶した。中には、ありがたいことに自分から近寄って来て、私が元気だったかと尋ねてくれた人も何人かいた。スピーカーも知り合いで、彼女も再会を促してくれた。とてもよい話だった。話の内容以上に彼女の存在そのものが大好きだと思った。ETM(Eduication Trought Music)の紹介、そして12ステップ・グループの紹介もあった。私は「強迫的ギャンブラー」という呼称があることも今日はじめて知った。

ティー・ブレイクには自分から左右に座った仲間とも話をした。まず左の男性にお菓子を勧めた。彼はここへの参加は3回目で既婚者だった。右側の彼女には「以前のスピーカーでしたね」と話しかけた。シングルマザーで、自分は彼女の横顔が好きなのだと思った。

帰り道は別の参加者と歩いた。彼はなんと私の友人の様子を、最近どうですか聞いてくれた。完全に別れるなんて出来ないと思う、とわたしはその少し後で語った。その言葉は、しばらくの間空中に浮かんでいた。まるで扱い難い何かの材料のようで、でも本心なのだとも感じながら、、、そしてすぐにその男の話の方に切り替えた。

まったくよくあることで、また帽子を1階トイレに置き忘れて来たことに気付いた。取りに戻るとき仲間の最後の一団とすれ違った。気付かない振りをして、メリノール宣教会の建物に急いだ。

再び駅に向かう時も紀尾井ホールには同じ人たちの列があり、駅舎もまだ混み合ったままだった。そして地下鉄もバスも限りなくやさしく私を家路に運んだ。夕食を家族と取り、いまこのテキストを書いている。