人気ブログランキング |

タグ:アルコール依存症 ( 14 ) タグの人気記事

1月18日(水)

アルコール依存の方はホームレスに多い。そこで紹介された話は治療、施設入所、その間からAAにつながり回復されたある方のストーリーだった。12ステップにも触れられた。その病気の困難さについても。緩慢な自殺という意味では路上生活自体もそうである。それを手助けする(つまり救急車搬送→入院治療→飲める身体にさせる)自分はイネイブリングではないかと自問自答された時期もあったそうだ。現在はこう考えていらっしゃるそうだ。「私はあなたが死ぬのを見るのがイヤだ」というメッセージを伝える。


出来ることは「そばにいて待つ」だけ。
「明日の朝はオレは冷たくなってるよ」という口癖のオッチャンが「あんなも長いね」「オレがもし冷たくなっててもあんたのせいじゃないからな」と言ってくれた。いつかは根負けするときがある。


これは12ステップのステップ1「自分はホームレスに対して無力である」にあたるのではないか。飲酒に対してと同じくコントロール願望をつねに捨てることだと稲葉さんは繰り返した。TV番組のように見返りやドラマを求めてしまわないことなのだという。
(つづく)
1月19日(水)

ことの発端はNHK特集番組で2011年11月に起きた新宿区アパート火災の問題で稲葉さんが出演されていたのにインパクトを受けたからだ。講演では御自身の出自やもやいの活動紹介から、福島在住のイギリス人アーティストジェフ・リード氏のつくった絵本をスライドで紹介しつつ「日本のホームレス問題」へ聴き手を導入した。
http://strongchildrenjapan.blogspot.com/ ←ジェフさんのHP

つぎに彼自身の支援の経験談があった。クリスチャン・ボルダンスキーの言葉の引用「人間は2度死ぬ」とう下りで、肉体的な死を1度目とすると2度目とは、一般的にはその人を知っている人々がこの世からいなくなる状態であり、無名のホームレスの場合はご遺体に「新宿167号」という識別名がつけられた時点がそうである、という。その場合1度目の死と2度目の死が逆になってしまっている。これらの話は逆にとらえると人間は2度生きる。

その後でアルコール依存の話も解説された。
(つづく)
1月4日(水)

今朝、毎週水曜に行っている特別養護老人ホームに「ボランティアのXXですが」と新年の挨拶をした。あいにく今日は来客がありうかがえないが「来週からお世話になります」と告げた。来客(姉)が帰ったあと、スポーツクラブのジャグジーに入ると私くらいの歳の女性が世間話をしていた。
「それが食欲はすごくあるの。でもデイサービスには行かないのよね」「うちもよ。同じことばかり繰り返して言うのよ」
姉は姉でこんな話をしていた。「義母が認知症みたいで大変。たとえばお寿司を一緒に食べていて、自分の好きな種類を乗り出して選んだり、元に戻してみたりするの。ヘンでしょう?」
でもどなたかが在宅で介護されている話なのです。


数日前にやはりスポーツクラブのサウナに入っていると若い女性が二人で雑談していた。
「あのさ、XXちゃんここ来るのどっち通る? 今日もオジさんいたよね。朝からビール飲んでる人」
「え、どっちって駅から来てこっちでしょ? うんいるいる。だめだよね」
「それにさ、1本じゃないの沢山買って持ってるんだよね」
「そうそう。毎朝いるもんね。何時頃から飲んでるんだろう?」
その日なんか、私はわざわざ缶ビールオッサンの姿を探してチャリで現場を一往復してみた。一人の虚ろな目つきのオッサンとはすれ違ったが果たして彼がその当人なのか、確証は薄い。さらにベンチで座って飲んでいる人物には遭遇しなかった。もう午後を回っていたからだろう。
私は自分はいったい何をしているのだろう、と考えなかったわけでもないです。
でその方の場合、どなたかが在宅でお世話されているのでしょうか。
3月1日(火)
f0204425_23313760.jpg
昨日も今日のような雨模様だった。いつもはチャリで通う場所にバスと地下鉄で行った。朝だったので建物の中はガランとした感じがした。もう茶菓の用意がされ、私用にスリッパが揃えてあった。そのまま階段をあがった。


話したことを記録として要約したいと思う。

1.私は何枚かのギャラリーのDMをテーブルに並べた
2.私は新しいデジカメもテーブルに置いた
3.私は今朝、関口祐加監督がTVに出演していた話をした
4.私は認知症とアルコール依存症末期が共通する理由が同じ脳の病気だからだと考えた(「態度が豹変する」という点が似ていると思った)
5.私は近い将来自分が認知症になった場合のことを少し想像して話した
6.私は関口監督がお母さんの映画を作る姿勢と、私が彼の遺作展を企画することとは少し違うと思うと話した(理由は、そこに自分を全面的に出すことが相応しくないと思うから)
7.私はむしろ私小説を書くことの方が、それにあたっていると思うと話した
8.それはたぶん今日のTVの視聴者意見にあった「一緒に悪くなってしまう」自分だったりする、と話した
9.私はある在宅介護者である男性の方の、認知症の奥様に対する態度を羨ましいと思うと話したかったが、うまく説明出来なかったと思う
10.私がスナップ写真を撮るのは、文章に対する刺身のツマのようなものだが、ある人が「(写真家であった)彼の影響もあるのですか?」と聞かれたときの答えは「ないと思う」だった、と話した
だいたい以上でした。
12月14日(火)

昨日売れ残りのスポンジケーキが半額になっていたので生クリームと苺を買ってデコレーションした。30分も泡立てたのにホップが立たず失敗した。これを海外ホームドラマだとサッサとゴミ箱入りなんだろうけど、ウチではもちろん食べる。しかも食べ残しを1日寝かせると極旨になっていた! それと発見、寒い時は生クリームや玉子を泡立てるに限る。発汗作用あり。


f0204425_1048887.jpg今朝は9時に歯科医を予約していた。最近ここに座る度に「先生、私のカルテにある口腔外科行ってた時の殴った相手さんは今年亡くなっちゃったんです」という言葉が頭をよぎる。「アルコール依存症で、、、」でもそんな話はしない。だから何だって話だもの。


珍しく黒眼鏡の歯科衛生士が私を施術した。「あ、ブラシなんですね」「はいそうです、ブラシです」見た事もない程に極小の白い毛がふっさりと丸く付いた部品を電動器具の先に装着し「銀杏みたい」と私が評したグリーンのペーストを塗る。会計はいつもの420円だった。帰宅した後、朝食は済ませていたので、もう1杯のコーヒーと一緒に崩れたショートケーキを舐めたわけだ。ソーデリシャス!
12月9日(木)

絵画セラピーという、お題を元に画用紙に絵を描き、後半はそれを元に個々人が話をする方法。
このクラスに通い出して、もうどの位になるだろうか? 今日は初めての方がいらしたので自己紹介もした。その度毎に「親しい人がアルコール依存症で亡くなりました」と私は言う。もちろん、夏前には単にこう言っていた「親しい人がアルコール依存症です」

「親しい人がもう2年間もイギリスにいるので淋しいのです」とか「親しい人が実刑中で今府中にいます」とか「親しい人が閉鎖病棟に入院中です」とか「親しかった人が先月再婚しました」とかだったらどんなにいいだろう。そんな一年だった。

今回はまた画用紙を折った。4つに折り(その折り方も十人十色だったので話題になった。6人しかいなかったですけど)そして、春夏秋冬の順で12色のクレヨンで自由に絵を描いた。具象でも抽象でもOK。
f0204425_22325883.jpg


私の右上が春。トゲトゲした怒りの人が横に倒れている。自分は一見好き勝手にしている。本当は心配で心配でどうしていいかわからない。この時期の自分をこんな言葉で説明したところで少しも当たっていない。けれど数値で表すとフルの100。

その下が夏。棺桶が1個だけ。実際目にしていない。数値で表すとゼロ。

その左が秋で、数値で表すと0.1。何人かの人々の姿がぼうっとあるだけ。

その上が冬。数値で表すと0.2。やはり何人かの人々の姿と何カ所かの場所がぼうっとあるだけです。
その場所の一つは最近通い始めた特養老人ホームなのだと思います。精神が縮んでいたり、伸びきってしまっていたり、誰かさんのようにトゲトゲしていたり。でもそこに私がいてもいいとスタッフに言われた。「(傾聴ボランティアを)ありがとうございます」とか「(どうぞ、この方のお隣で)お願いします」とか「(こちらのホームに来てくれて)助かります」と何人かのスタッフに言われた。すごく不思議だ。それは何故なのだろう? 

私は一度もそう言われた事がなかったように思う。
つまり、その親しい友人の傍に行く事に関して。
(来た事を無視していたり、逆に怒られたり)
だから、スタッフの言葉を考えると胸がいっぱいになる。

私はただただ、今そこにいたい。
数ヶ月前まで、そうしていたのと同じように。
毎日毎日、少なくとも心の中では毎秒毎秒そうし続けていたように。
(だから無意識の「恒常性の維持」なんだろうなって思う事もあります)
8月24日(火)

今日は2006年11月分を整理した。
始まりは一つの事件で、その修復が語られている。
今から読み返すと、、、やはり私(の取った態度)が誤っていた。


6月から知り合い、ずっと相手は飲酒を断っていた。
自分の酒の問題を真正面から捉え、AAに通い神を信仰していた。その意味を理解していなかった。


二人の親密な人間関係の中で、酒の問題をどう扱うか、それは非常にデリケートで用心深くなくてはいけなかった。それなのに私は無頓着であった。


アルコール依存症? いったいそれって何なんだろう? たぶん自分とは関係の無い世界だくらいの認識だった。


深く愛し合っていたのに、その相手を不必要に苦しめたのは私自身だった(その時スリップしたのかどうかなんて絶対私にはわからない)。


そんな事とは別に、相手には誠実があった。
(つづく)
8月21日(土)

うーん結局、私は一体何をしたいのか?


例えば今週末に一つの気になるイベントが東京である。家からほんの一時間の場所だ。AKKスペシャルイベントという会合で有名な西原理恵子さんや月乃光司さんが出る、私は読者としてお二人に別々の会場でお目にかかった事がある。彼と交際中の時期に。だから行きたいような気もする。しかし、このような会合やミーティングに私はしばらくは出席しないと考えた。その理由は、問題が去ったからである。「アル中の恋人が最近亡くなってしまった」という理由だ。私はアルコール依存症者の家族、友人という4年間濃く係ったカテゴリーから突然ポロリと脱落した。


友人さんからのメールをこのような形でじっくり読んでいるのは、では一体何故か。
たぶん、それは切り離したいからなのだ、と思う。


彼の本質からこの病気を切り離して再会したい。
じわりじわりと忍びより、色々な事柄を不自由にし、あらゆる世界へつながるドアを乱暴に閉め、人々を遠ざけ、私を考えられる限りの最も遠い位置に隔絶した。その病をハサミで切り離して、彼という裸の男をもう一度だけ眺めたい。


そうすると、私が彼を愛している理由が鮮明になる。


でも本当にそんな器用な事が出来るかどうかなんて自信ない。
しかし病は病だ。
足が腐ってしまったなら切断して義足を嵌めるのだと思う。
飲んでいるアル中さんはそんな面倒臭いことはしない。
現在の幸福に身を任せて死んで行く。その事自体を受け入れられる筈だった、頭の中では。結果は惨いことばかりだ。


けれども私はこれからもずっと彼一人を愛し続けていく。


だから病んでない部分の彼を非常に注意深く掬う。
これらのテキストをどうにかして。
(つづく)
7月30日(金)

相当嫉妬深い女なのかも知れない、と思う、自分のことを。
もうとっくに亡くなった、アルコール依存症だった元カノさんと、最近亡くなった友人さんが愛し合っていたかどうか、まだそんな風なことを考えている。


「最初の2、3年はね」淡々と答えていた。
それで、いいんじゃないの?
どうして、その答えで不十分なんだろう?


「一日に菓子パン1個しか食べていなかったんだぜ」
その話は、何十回も聞いた。


「ねえ、もしかしてその人って連続飲酒してたんじゃないの? だって今の△△と同じだよ、食べないのは」
ごく最近の私はそんな事を相手に言っていた。
何も答えなかった。


「まっすぐ歩けないんだ、あの人」
「ついててやらないと」
どうしてそんなに親切だったの? 私、自分に対してはその親切、一度も見た事ない。
「あんたは健康だ」
そう言われても、、、悩んだ。



「最後にすぐ来てと言われたのにそうしなかった。××ちゃん、あの人今頃死んでるんじゃないか、って思っていた」


私はそれらの話を半分聞き流していたのかも知れない。
半信半疑で。
かつては想像も出来なかった。


今は違う。
本当に心配だったのだと思う。
彼女を愛していたのだと思う。
つまり、、、彼なりの特別な方法で。
だって愛のかたちなんて、人間の数ほどの種類があるでしょう。
f0204425_119717.jpg
7月8日(木)

「よかった、生きてた」と私は言った。
家から35分チャリを飛ばして友人さんのアパートに着いたとき、痩せこけた男の頬が見えた。
暗い部屋。たったひとつの電球たぶん20W。散乱したゴミの中に座っていた。
よかった、生きてたから、だからすぐに私はキスをしその後でハグもした。
シャツのベトベトも顔も腕も問題ない。
髪も髭も伸びている。顔全体の浮腫が取れ鼻筋が際立っていた。
「ハンサムになったね」
「病気さ」


でもよかった、生きててくれた。4日間、電話が2種類とも通じなかった。腐っていたらどうしようと思ったが、その時はその時だ。
「この2週間なにも食べていない」2週間前と同じシャツを着ていた。シャツの下は細い裸の下半身と椅子があるだけだった。


「髪切ったの?」
「うん」へえ私を見てくれた。


一口飲んで咽せるように吐いた。水を汲んで渡した。
「何もしていない。医者も行ってない。酒を飲んでいるだけだ」わかってる。


シャツの新しいのを出してあげると「シャワー浴びる」と言った。
シャワーを浴びて帰ってくると暫くゼイゼイと苦しんでいた。
もしかして私の為にシャワーを浴びてくれたのかも知れないと思った。


そんな事別にいいのに。
好きなようにしていればいい。
「私はすることある?」
「ない」
「あの、祈るとか」
「、、いや」


半時間ほどで夜の町をまた走った。ついでにちょっと道を迷ってしまった。
好きなようにしていればいい、と思う。
その人の生き方なので。
けれど私はたぶん、、、祈るのだと思う。
それは私のやり方なので。