人気ブログランキング |

<   2016年 10月 ( 31 )   > この月の画像一覧

2016年10月30日(日)

世の中はハロウィーン前夜だったが、私とチャリはなるべくそうした喧騒に出会わなように、渋谷を避けて、というかいつものルート(駒沢通りー山手通りー井の頭通り)で原宿に向かった。うっすら暗くなりかけた空気が初冬のように冷えびえとしている。人出もいつもより多い感じだ。アシスタントは私の気に入りのウイッグのような髪をしていた。短い金髪で、その色を褒めると自分の手入れやなんかの説明を始めた。スタイリストが来て要望を相談し終えるや、私は彼女のワーホリの話の聞き役に回った。やっといい感じにカットとパーマが終わるとすでに3時間半かかっていた。客はもう一人だけで彫りの深い白人女性で非常に長いストレートな黒髪を施術されていた。支払いを終え店の外に停めたチャリを見送ってもらい家路に向かった。プレッセ買った見切り品を背中に詰めると午後10時だった。夜食用に幾つかをつまんで風呂で温まり寝た。明日からは決めなければならないことが幾つかある。

2016年10月29日(土)

昨日は午後7時頃に寝てしまったので、目が覚めたのは午前3時台だった。ゆっくりインスタントコーヒーを飲み、外の空の色が変わっていくのを眺めていた。雨は上がり今日はいちにち曇りのようだ。箱根に行こうと思った。いつもの湯坂路を湯本から登り、小涌谷に降りるのはどうだろうと考えた。そのまま東京に帰るので、荷物をまとめた。服装は昨日モードオフで買ったジーンズと長袖シャツを着て、東京から来てきたワンピースをデイパックに入れた。小田原から登山電車で湯本に出て、そこから歩いた。登り口で快活で感じのいい旅館の女将が「料理用ですよ」と新鮮な笹の葉を束ねて持って降りてこられたのにすれ違った。ゆっくり登った。会社のハイキングクラブの3人とあいさつした。そのうちの一人、年齢の高い男性は声がとても大きく、ずっとしゃべり続けていた。そのすぐ後に私のスニーカーに悲劇が起こった。


左の靴底が剥がれたのだ。幸い歩くのに問題はなかった、不運に間違いない、精神的に。さらに浅間山のベンチではありがたくない種類のにぎやかなグループと同席してしまった。迷惑っぽいといえば言えなくもないおまけのもう一つ、千条の滝では白い衣装の2人のモデルをそれぞれ取り囲む撮影隊があたり一面、つまりテーブルやベンチやらを機材で、を占領していた。登山電車で小田原に出た。今日もモードオフに向かい、山で壊れ泥まみれでぐっしょり濡れた靴の代わりの乾いた靴一足と服を少し買った。箱根そばを食べ、新宿行きの急行に乗り眠りながら帰った。


ここに書いたいろいろな出来事はどれも小さい。そうじていえば、非常にいい週末だった。自然が、漠然とした表現だが、空気や風、雨や霧、草花や虫、ぬかるんだ土、疲れきった身体、そういったものに満たされていた。日々刻々と人は人生の終焉に向かって歩き続けている。そこでいっしゅんいっしゅん何を感じているのか、そのことをこれからも書いていきたい。今日、それができたとはとても言えないが。そういう気持ちだけはある。
2016年10月28日(金)

今日の天気予報は昼から雨なので熱海の山にした。たったひとつのいい案、湯河原駅から大丁橋まで箱根登山バスが平日朝一日1本だけでている。午前7時5分発のそれを目指して午前6時に家を出た。駅外のトイレを使うと洗面台の一つにオレンジ色と黄色の大きな造花のようなものが置いてあったが、よくみると嘔吐物だった。駅前広場の工事があって乗り場が変わっていた。平日で多くの通勤通学客が私の前を通り過ぎていく。バスが来て乗客はみな落合橋以前に降りて行った。私は終点で降り、千才川の源流に沿った馴染みの道を登った。以前、まだサラリーマンだった頃、か退職した頃だったか、、、ここを登って頂上についてもまだ午前9時で、みんなはこれから仕事なんだ、と感慨深く思った記憶がある。笹の広場で小一時間ゆっくりした。花の写真を撮りながら下っていくと両脇に人形を2つ抱えた男性が登ってくるのとすれ違った。「腹話術ですか」と私が聞くと「これ人形」と言い「こっちは〇〇ちゃん、こっちは××ちゃん、話すのよ」と言い人形のボタンを押ししばらく主人と人形の会話を聞かされ始めたのですぐに失礼した。霧の中だといろいろなことが起こる。それより下りを注意した。包帯をテーピングのように巻く方法は思ったより優れていた。駅まで降りることはやめて熱海行きのバスに乗り、市役所前で降りてマックスバリューで食料品を買いイートインで少し食べた。どうせならと海沿いの歩道まで行ってみたら雨が強くなった。大江戸温泉に引き返した。チェックイン時間前だったので湯は最初がら空きだったが、その後多入りになった。ゆっくりしてから電車で戻った。マックスで買ったカマスとエビを焼いて食べた。膝は問題なかった。
2016年10月27日(木)

朝起きると、抜歯後の体調はてきめんに回復していた。三日間飲んだ抗生剤が効いたのかもしれない。ここのところ予定が疎らなので山を散策したくなった。昼食を家でとり、そのあと最寄り駅まで歩いた。歩き始めてすぐ、山登りをするのに膝のサポーターを忘れたと気付いた。途中、何軒かのドラッグストアに寄ってみたが、数千円の出費は馬鹿げている。買うのはやめた。出かける直前に友人の一人が「私も近々そこに行きたい」内容の連絡をくれていた。それはつまり次回は連れがいる、という意味だ。私は小田原駅で買い物をしたり、食べた夕食の内容を彼女に送ったりした。マンションに着き、引き出しを開けるとしょぼいサポーターが一つだけあった。それと弾性包帯も1本みつけたので、それも使うことにした。温泉の素を溶かした湯に浸かって寝た。
2016年10月26日(水)

体調がもとに戻らなく、一日じゅうベッドに横になっていた。

何もやる気が出ない。食欲は普通にある。TVで偶然、奥山清行の番組をやっていた。すごい人だと思った。大好きな風呂にもう二日間も入っていない。
2016年10月25日(火)

午前9時30分の予約で歯科病院に行くと、新しい主治医は私の名を呼んだ。予定どおり麻酔を終えて彼女は銀色の輝く器具で2本の歯を簡単に抜いた。終わったあと銀行ATM、調剤薬局、やまやとオオゼキに寄り自宅に戻った。天ぷらを細かくカットして温めたご飯にのせて食べた。一回目の抗生剤を飲んだ。午後2時半に別の病院で乳がん検診を予約してあったので再びチャリで向かった。右の胸は2度行う必要があった。触診も終えて服を着替え、牛乳などを背にしょって家路に向かうとちゅう、左折して点滅しかけた横断歩道の青信号を渡ろうとした時、何台もの左折車がじわじわと迫ってくるので焦り、段差で車道側に転んだ。両膝を打ち、ショックで鼓動が早くなり起き上がるのに時間がかかった。小型犬を連れた女性と緑のおじさんが心配して一人2回ずつ声をかけてくれた。左膝に擦過傷と両膝軽い打撲があっただけだとわかった。ゆっくり家に戻った。


寒気と倦怠感があり微熱がずっと続いている。のども痛い。さいわい抜歯した治療部位はそんなに痛みはないので頓服には手を出していない。心配性なのでインターネットで抜歯後の感染症とかを読んでみた。たぶんそんなことはないと思う。ただただ横になっている。寝室の向かいの家のカーテンのない部屋が午後11時すぎまで電気が煌々としていたのでこっちは仕方なくバルーンカーテンを下げて。
2016年10月24日(月)

電話でスターバックス株を買った。午後パナソニックの人が自宅に来てキッチンの使い勝手を1時間説明して帰って行った。それらが終わったあとチャリでまだ明るい都心に出た。国連大学の修了生同窓会イベントのいっかんで「Pathways for Promise Program」というタイトルの2010年国際コース終了したアメリカ人がバウングラディッシュの女子大学運営について講演した。フロアには20名はいない。私はアフターでケーキとお茶が出ているのを横目に失礼して、さらに溜池方面へこいだ。すっかり暗い外苑から市ヶ谷に走り、 JICAについた。こっちの講演者はUNRWAというパレスチナ支援団体トップのスイス人と日本人医師のお二人で外務省も絡んでいる。フロアは200人くらいいただろうか、満席だ。私は8時の第一部で退室した。明日のことと、夜のチャリと二つの理由がそうさせた。中目のプレッセで見切り品を買い午後9時半に家に戻った。空腹でぐったりしていた。ただチャリに乗り、夜風に吹かれ、苦手な英語を片耳にしただけだったが。
2016年10月23日(日)

つるバラが新居のネットフェンスに植えてある。どう世話をしたらいいやら自信がないので、ネットで調べた「武蔵野バラ会」の体験見学会に参加した。代々木公園に2箇所あるバラ園の二つ目にたどり着き、チャリを木の下に停めた。新人担当の方や副会長の方がバラの世話について教えてくれた。肥料の種類やつるを巻く時期ややり方。また会員の方々が公園のバラ園での枯れた花を切ったり、雑草取りされるのを見学した。午後もイベントがあった。しかし私は財布を家に忘れてきたので、昼で帰宅した。

家ではバルサンを焚き終えていたので、窓をあけ引き出しを閉めた。風呂に入り昼寝をし、夕食をたべ終わると3階に引っ越しされた方が挨拶に見えた。友人のお一人に家への招待を連絡した。
2016年10月22日(土)

私の旧い友人が新居祝いに来てくれた。「こないだはお墓まいりありがとう。母も喜んでいたと思う」とバス停に迎えに行った私が言った。大きな花束を持っていらした。それとプレゼントは目覚まし機能のついた珍しい防災用ラジオだった。美味しい手製の料理2品もあった。鶏のチャーシューとリンゴ入りチーズケーキだった。私は東急デパ地下で買った生酒をご亭主にすすめ、スペイン風オムレツ、鶏の塩焼き、カツオの刺身、焼きおにぎり、海鮮キムチ、チーズと輸入チョコ数種類、例の焼き林檎のバニラアイスクリーム添えを振る舞った。ご亭主はご自分たちが家を建てたときの話を楽しく語った。彼女は私の家の風呂を体験された。息子もいやいや自分の部屋の半分を公開していた。楽しい5時間ほどがたち「○○ちゃん、本当にここでいいよ」と言って玄関口で挨拶して帰られた。そのあと、大量の食器をなんとかし、花をようやく花瓶に飾った。茎の部分の腐り始めた接ぎ木サボテンを包丁で切断した。それらが私にできた最小限の仕事でサンドマン(砂男/まぶたを閉じさせる魔法使い)がすぐにやってきた。それとその時間に友人の友人が「お久しぶりです」というメッセージを送ってくれた。
2016年10月21日(金)

平日だったのでいっしゅん目を疑ったがやはり間違いなく平日のイベントだった。ジャンボのチャリティーハイキングで比較的平坦だというのと、特にする予定が他になかったので参加した。全部で9人、アメリカ人のオッさんが3人と中国人のワカゾーさんが一人、日本のジイさんが3人と姉さんが一人と私だった。少ないのですぐに顔も覚えたしほぼ全員とおしゃべりもした。二つの公園を回り、弁当を屋外で食べ、通して4時間コース。最後はコンビニのビールの乾杯で終わった。「ジルさんすごいね。1週間で3回も会ったよ」とジェフおじさんが言った。そういう自分だって同じじゃないか。すべてがゆるい。気分転換と暇つぶしにはもってこいです。帰りに明日の料理の食材を買った。


途中、資産管理の人が電話してきて「私は申し訳ないことをしてしまいました」というので一体何だろうと思って聞くと米トヨタ社債の申し込みをもらしてしまったという。「いえいえ、まったくお気になさらないでください」と私は答え、その理由を続けた。スターバックス株を代わりにすすめてきた。「香港にも上海にもありますよ」とそこにいた中国青年がさらっと教えてくれた。