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2016831日(水)


敷布団2枚と毛布2枚を分解しゴミ袋数個に入れた。バンダナでマスクをし、シャワーキャップをかぶり半端でない量の綿が舞う中、半時間ほどで終わった。午後は久しぶりに日差しが出て洗濯物を乾かした。それが少し翳った後にバルコニーでストレッチングをした。空を青空と少しの雲、樹木、遙か上部にトンボが飛翔している。今日は朝から隣町のニトリまで一人で家具を買いに行こうかとも思ったがやめた。ゆっくり時間が持ててよかった。明日はようやく完成検査で東京にチャリ2台を運ぶという大事な日だからだ。


2016830日(火)


こちらの土地で台風10号の影響はひょうしぬけだった。9号もそうだった。どうといったことはないが洗濯物は部屋干しになり除湿機はフル稼働した。私は料理をしたほかは、こんな天気だったが押入れや納戸の中や扉の拭き掃除をした。布団類を全部出して、マイペットのようなもので拭いた後にハイターでやった。床面、壁面そりて天井部とかなりの面積をがんばった。時間をかけて扇風機を強風にして首を回し、乾かした後に布団類を収納した。


シカのキーンという声がしたので、バルコニーの下を見下ろすとメスの成獣と当歳獣が車道にいた。とっさに見慣れているイヌの大きさと比較して「大きい」というイメージがあった。「ヒル大繁殖のもとだ」と思った。ここにきて目撃した野生動物はサル(2回)、タヌキ、トカゲ、リス(私は見なかった)そしてシカになった。


マツコを見るために夕食の後に仮眠した。マツコが終わった後も一人でしばらくTVをみていた。ここの、あるいはこういった生活も間もなく終わる。長い6か月間だった。


2016829日(月)


午前中の宅配便でデスクと椅子が届いた。それはしばらくのあいだ玄関にあり、そのあいだ私は二階の部屋の押入れの中を住まいの洗剤と漂白剤で掃除した。扇風機をかけて乾かしたあと、出しておいたキャンプ用品と布団類や衣類を入れ、捨てたい布団を別にして床に置いた。デスクを組み立ててもらい窓際に置いた。ニトリらしい安っぽさがあるがどちらも白色でベッドにはあっている。不要の布団をゴミとして捨てるには、座布団だいに切り刻む必要があり、晴れた日に行うことにした。強弱を繰り返す降雨があり、昨日買出しをしてしまってよかった、と思った。台風10号の接近は明日みたいだ。



2016828日(日)


今朝までに竣工時金の全額をネットバンキングで払い、「第5回目/最終回」というメールを担当者にした。明日の買い出しの予定を1日前倒しした。台風10号の影響を受けたくないからだ。とはいっても霧雨だった。市内の図書館で借りていた本と寄贈資料を手渡した後、今市まで2台でチャリると最初の目的地のイオンでは着ていた服が濡れてしまっていて寒かった。ペットコーナーで黒いトイプードルの赤ん坊を見た。食料品と百均を済ませて向かいのニトリに行った。ここに来た本当の理由はベッドをもう一台買いたかった。息子が「机を買いに来たんでしょ」と軌道修正し、結局そうした。業務スーパーを経由して浜寿司で昼を食べた。そこからはバラけて息子は一路重い荷物を背負って先に帰った。私はブックオフとコメリに寄り、のんびり県道をのぼった。なんと、私はほとんど押して歩かずに漕ぎ上がることが出来るようになっていた。こそしてうしてチャリで坂を登ることも今日が最後の日になった。


2016827日(土)


「そうだった、二階の押入れの整理」と私はひとりごとを言った。手つかずの登山用品と母が持参した電気毛布類やよくわからない者たちがあった。その約半分をゴミに出した。二階はカビ臭くないと信じていたが、押入れの奥は相当湿っていることが雑巾掛けしていてわかった。この部屋をもうちょっと使いやすいようにする工夫をしたい。珍しくもないが、まったく一日中、雨は止まなかった。冷蔵庫の中身は気持ちいいよに減っていく。


中米に住む友人に「返事を毎日待っているの」とメッセージを送ると、まるで慌てたようにスグに来た。結果は残念な内容で、10月に日本に来るのは不可能というものだった。代わりに3月はどう? どこかに行く予定はある? と誘ってくれていた。


2016826日(金)


息子とケンカした。毎日毎日ゲーム機でロールプレイングゲームをやっていて「それいつまで続くの?」と時々聞いていた。「あ、終わりそうじゃない」「そうだよ」で、やっと終わった。しかしまだやっている。「終わったんじゃないの」「調べてるだけだよ」こう書くとどうということはないみたいだが私の文章表現力が足りないだけだ。言い返す口調や態度がカチンときて、それらは延々と続き私は完全にキレた。「ゲームをしてどこが悪い(あんたがアウトドアが好きなのと同じだ)」「どうして毎日フロに入らなくちゃいけないんだ」「家事はあんたが勝手にやっている」「ゴミ捨なんかわざわざ毎日捨てに行く必要はない」


「まったくイヤなことだらけだ」と私は思った。

マズローさんによる欲求の5段階説の1と2の物質的欲求はクリアしているが、3から5の精神的欲求はささいな出来事でグジャグジャになる。まったくさえない話だ。もちろん「悪かったよ」と謝ってくる、たいてい数十分後には。


今朝もハウスメーカーに第3回目の送金をした。一千万円の1日当たりの振込限度額に沿って行っている。今日はすぐに確認(お礼)のメールが届かない。午後9時すぎにやっとそれが届いた。二階の寝室にのぼり、自分もインターネットゲームをしているのに気づいた。かなりの時間したがあまりうまくいかなかった。


2016825日(木)


キャンプを終えたあと、それはたった2日間だったが、ゆっくりした。もう一度全ての用具をバルコニーでに広げて晴れた空の下に干した。昼間のにごり湯風呂にも入った。

昨夜のうちに、ハウスメーカーから請求金額のファイルが届いていたので、ダイレクトの振込方法について銀行で調べた。その方法をメールで送り、同時に第一回の振込も終えていた。今朝は第二回目の振込を行った。担当者は夜間や早朝にかかわらず、キチンと返事を送ってくれた。驚いたことに銀行側もダイレクト送金したことをキャッチして2人の担当者が電話をかけてきた。事情を説明した。最初は振込詐欺を気づかったのかとも思ったが、そうでもなかった。いよいよ事態は最終ステージにうつっていくという感じがしている。あとは天気予報がいのちだ。チャリの移動、大型スーツケース2個の移動、そしてモノホンの引越し。


2016824日(火)


翌日は曇りだった。雨が上がっていたので洗面とコーヒーを飲んだ後、テントを撤収した。始発バスが来るまで時間があったので近所のトイプードルを2匹釣れた女の方とおしゃべりをした、というかほとんど聞き役だった。「こんなワンちゃんを抱っこ出来るなんて思ってませんでした」とお礼を言った。犬は私の腕の中でうっとりし、舌をちょろちょろ出していた。バス停のそばの景色のいいところでストレッチングを10分ほどした。赤沼で降りて早朝7時台の散策をした。都合のいいことに陽がさしたので遊歩道の脇のデッキでいっさいがっさいを広げて乾かした。通りがかりの人々に「散らかしちゃってすみません」と公共の場を色とりどりにしたことを詫びた。みな「いえいえ」と答えてくれた。1時間くらいでだいたいが乾き、パッキングをして同じ道を戻った。前回から木道を裸足で歩いている。一人の女の方は「あら、どうしっちゃったんですか」とはっきりした明るい声で言った。「これ滑りやすいし、脱いだら気持ちよかったんです」と私が答えた。もっと大きな声で言えばよかったな、と思った。本当に感じのいい人だ。赤沼バス停で、カッコいいチャリおじさんがいて「ここってサンダルで歩けんですか?」と聞くので「裸足でしたよ」と答えた。あと数人の仲間が来るらしい。ちょっと火野正平を思わせる。やっとバスが来て、中禅寺汽船発着所で降りた。浅井肉店は11時開店で今日こそ念願のソースカツ丼を食べることが出来た。私は1番目の客だった。ラジオで「こども電話相談室」をやっていて一人のこどもは「雨の後と前に空気がにおうのはなぜですか」という質問をしていた。ヒレカツが6切れあり非常に美味しかった。最後の2枚をパックしてもらった。向かいのホテル湖水園に行くと風呂は1時間後だった。湖岸の園地や汽船の建物の中で時間を潰した。露天付きの女風呂は風情がよかったし、何よりひとりの貸切状態だった。ゆっく2時間近く入り、バスを乗り継いで久しぶりに華厳の滝の無料観瀑デッキに行ってみたがホワイトアウトしていた。市内にくだり、図書館で3冊本を借り、読む目的で本を抱えたままガストに行った。2時間近くそこにいた。隣の席に声のトーンの高い若い女の子が2人いてバイトの人間関係の話をしていた。駅まで行きスーパーで息子と待ち合わせ、食料品をまとめ買いしてタクシーで戻った。じつは今日、市内でバスに乗ろうとバス停まで数メートル走ってしまった。「あれ、私って走ってる、私とうとう走れるようになった。しかもなんでもない」と感動したのは誤りだった。膝は、、、、確かにおかしくなっているというか、走ったことを怒っているみたいだ。でもよい2日間だった。明日からは膝を甘やかしてやるか。


2016823日(月)


心待ちにしていた、たぶんこんかい最後の、栃木在住中の、キャンプに行った。前夜の天気予報を見終わって荷物をまとめた。天気は危なっかしかった。さくじつ台風9号が昨日東日本に上陸し、埼玉や23区などの中下流域では河川の氾濫などがあった。栃木でも日光市内の24世帯に避難勧告が出たがいったいどのあたりなのかさっぱりわからなかった。自分の山荘周辺などはごく普通の降雨で朝ザックを背に県道を歩くと地面が濡れていた程度だった。一番バスで菖蒲に降り、テン場でチェックインしようと見渡すが誰もいない。いつもの兄ちゃんがこっちに歩いてきてクローズドの看板を見なかったか? と聞いた。気がつかなかったというと今日はオープンするかどうか未定だというのでとりあえず荷物を預けて散策に出かけた。テント類を覗いたのに飲み物や弁当でまだずっしりしていた。いつものように戦場ヶ原から光徳に歩いた。120号線に出る直前にぬかるみで尻餅をついてしまった。ツルツル底のサンダル履きだったから。アストリアホテルの外水道でザックとジーンズの短パンを洗うと乾いたアスファルトに水の流れた跡がついてしまった。温泉に入った後、半分濡れた短パンとショーツをじかにはいた。フロントで「いらない傘はありますか」と聞いてビニ傘をもらい小雨の中を歩き出した。斜めの道は途中で行き止まりになっていたので引き返し国道沿いに三本松につきバスで戻った。途中でFBのキャンプ場のページを見ると開設してそうだった。わりかしたくさんの人がテントを張っている。チェックインする気満々のまま受付で「FBで情報わかりました」と私が言った。しかし天候はあまり良くなかった。「これからもっと悪くなるよ」と言われると同時に雷も鳴った。「やめます」といったん言ってトイレに行った帰りに見渡すと、人々はいくつもの大きなターブの下でくつろいでいるのが目に入った。次に私は言った。「やはり泊まります」風の中テントを張った。数分で出来た。またパトカーが一台園内に来て「大雨が予想されますので警戒してください」という意味のアナウンスをしていた。ブルーシートを借りてフライの代わりに貼り、四隅に大きな石を抱えて置き、ハトメに紐とペグで固定した。これじゃまるで醜いダンボールハウスだが仕方ない。テントの中は暖かく、しかしブルーシートのおかげで薄暗い。稲荷寿司の残り1個とオニギリ2個と漬物をビールと赤ワインで胃袋に流し込んだ。家に二つの忘れ物をしてきたようだった。折りたたみ傘(すでにホテルでビニ傘を手に入れた)となんと懐中電灯。時々ジッパーを少しだけ開けて外の景色を眺めた。風雨は間断なく続いている。河川と湖の混じり合う流域で赤みを帯びた草地の先に水辺が、そのずっと遠方に中宮寺の明かりが数カ所見えた。こうなったら日没とともに寝てしまおう。



2016821日(日)


本をまた一冊読んだ。若い子向けの文体の。前の一冊はALSだったけど今回は進行性筋萎縮症。前回は30代の女性患者だったけど今回は15歳の少年患者。どちらもとてもよかった。天気が上々だったので洗濯をした。四角い大きな座布団も1つ洗った。シミのついたカバーを剥がすと内側まで血のような大きなシミがあったから。さすがにそれはなかなか乾かない。息子をゴミ捨てに行かせたら、そのあとリビングに丸々したヒルがいた。左の足指の間をやられていた。油断もクソもない。FB messengerを2時間おきに眺めている。