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2016年4月30日(土)

どうということなく、いちにちが過ぎた。一度は買い物に行った。薬のセイジョーで一つの商品だけ10%引きというレシートがあったので色々考えたすえビールを1ケースレジに持って行くと「これはロリエという生理用品にだけ使えます」と言われて商品を戻した。代わりにポイント5倍だったので500円券を入手した。それはムスコのポッケに入った。米国の友人2人にお礼のメールを送った。スーツケース2個を押入れから出して、中身をざっと調べてみた。それは引っ越し前、つまり2月か1月に行ったパッキングだったので中身を見ると不思議な感じがした。サスペンス小説を一冊読み終えた。散歩を45分した。エクササイズを2度と料理を3回した。4月が今日で最後だという感じがしない。時は非常にゆっくりと歩いているというように思う。
2016年4月29日(金)

なぜかグッタリした。アメリカ時間の木曜にチケットの仕事をする、と友人が言っていたので、日本時間の金曜深夜に1時間ごとに目を覚まして、もしやデルタメールが届いているかなとか、単に相手さんのFBへのアクセスがあるかないかをチラ見していたがけっきょくなかった。普通に朝起きてから「メールが来ない」とつぶやきながらゲームをして時間をつぶした。FBで挨拶をすると返事が来て「あっちに来客があったみたいだった」と私は家族に説明し、少し待ってからデルタメールを2本と「今回スットップオーバーが2箇所あるからチケットは2枚だよ」というメールをもらった。ざっと目を通すと悪くない。すぐに礼のメールを送った。ホテルの予約を1件キャンセルし、JALabcに集荷の予約をした。アメリカ国内の他の2人にも旅程をメールで知らせた。そこで第一回目の疲れがきた。気分転換に外も散歩した。3人に2人は傘をさしていた。私はカッパのフードを被って歩いた。帰って夕食の支度をした。食べ終えたあと第二回目の疲れが訪れた。そのまま暗い寝室に行き、ベッドに横になって新しく買った懐中電灯で図書館で借りた小説の続きを読み進めた。1、2時間してからやっとサンドマンが訪れた。
2016年4月28日(木)

午後2時から1時間、町の景色のいい小道をポールで散歩した。雨上がりというか、霧雨がないようなあるような天気だった。緑の樹々が濃い香りを発している。この町での生活もあと数日間かもしれないと思うと残念なかんじがした。友人がメキシコ旅行からもどったらしく、わたしのエアチケットにかんし明日、本格作業に入ってくれるらしい。夕食後に再度希望のスケジュールとクレジット情報を送信した。GWを避けるつもりが1日前倒しになり混雑に巻き込まれそうなアヤシイ雰囲気になりつつある、、、、、やばいです。
2016年4月27日(水)

午前ちゅう、3日分のゴミを捨て近くのスーパーに買い出しに行った。キャンプの荷を整理し、洗濯もした。ピンポンがしてNHKが来た。「手が離せない」と言うと「ではまた来ます」と機嫌よく帰って行った。たまった郵便物を読み書類ファイルに整理した。撮りためたTV録画を見た。ユーとマツコ。そして時々ネットゲーム。夕食後、民放でLGBTの番組をやっていた。紀香似の当事者がステキで興味深く観た。残念なことに、その間じゅうずっと息子はフライングスパゲティモンスターに変身していた。明日あたりバディパスのやり取りが出来たらと思う。
2016年4月26日(火)

イノシシは現れなかった。5時半ごろ起きて湖畔に行き、カモたちや早朝の釣り客が糸を垂らしているのを眺めた。爽やかな朝だった。気温は摂氏9度で(スマホのシリの情報だけど)薄白青いろのはれぼったい雲が湖面にそっくりの影を作っていた。湯を沸かしていると隣のユーが起きていたので、ファミマで買ったスパイシーココアに木の枝のマドラーをさしてご馳走した。じぶんのも作り昨日のオニギリの残りを食べた。夜露でテントは濡れてしまった。ゆっくりと片付けをして全てを乾かし、もう一度湯を沸かしてカップ麺を食べた。ブラジルユーが御殿場方面にチャリで出発していった。私は午前8時に開いたフロントに行き、レンタル電動アシストチャリについて相談した結果、自信がないのでやめた。荷物を預けて湖畔の西岸歩道を歩くことにした。それは膝に対して問題を内在していたが、工夫をすればできないこともないと思った。前半では出会う人は少なかった。最初の浜で上品な紳士に会い、その方は「こちらの方が広いですよ。私が先に使ってしまい申し訳ありません」と挨拶された。後半はたくさんのハイカーにすれ違った。二つ目の浜に着くと終点はすぐだった。4時間の歩行の後だったので、さすがに膝の調子はいいとは言えなかった。バスが来てセブンイレブンのところで降り、弁当とビールを買い湖畔の数段の階段に座って食べた。コンクリは陽光で暖かかった。箱根園乗り換えで湖尻に戻ろうと思ったが、バスがあまりないのでちょうど出るフネで直接湖尻に向かうことにした。さっきのバスのドライバーが小さな声で「でなきゃフネで」とつぶやいていたのだ。「フネは乗らないと思います」と私は笑って答えていた。私は乗り物の中で列車を抜いてフネが最も好きなのだが、節約のためあまり使わない、つまり思わぬ出費を後悔した。芦ノ湖はあまりに知り尽くした相手なのでせっかくのフネも、ドキドキ感がない。フロントでザックを受け取り、このテン場からバス停のルート、いったいなんど往復したかという道をたどって小田原行きのバスに乗った。非常に眠かった。なんとか大平温泉で降り姫の湯で脚を大いに甘やかした。小田原駅で食品を買い、箱根そばをお腹に入れて家に戻った。午後9時ごろだった。
2016年4月25日(月)

朝、じぶんの駅に向かって通勤客が走っていた。私はもたもたしていてプラットホームに上がるとちょうど電車の後ろ姿が視界から消えていった。20ふん待ち小田原についた。伊豆箱根の乗り場でいつも会う親切なレディーから2日券を買った。芦ノ湯線がすぐ出て湯坂路入り口でおり、荷を持ったまま鷹ノ巣山を往復した。ここいらは前回3月の降雪で真っ白だったのだ。スミレを調べているグループがいた。環境省の箱根パークボランティアの開花チームの皆さんで、帰りにもまたお会いするゆっくりしたスピードだった。1号線で小田原行きを待ち小涌園で降り、ファミマで寿司とビールを買い湖尻に乗り継いだ。芦ノ湖キャンプ村にチェックインし1区画1,500円とゴミ処理量110円を払いホテルのような領収書をもらった。イノシシ被害にかんする注意点も聞いた。テン場にはすでにお2人が一張りされていたが留守のようだった。場所を少し迷って奥の「1番」に貼った。いつものテーブルと椅子のあるところはテン場のすぐ隣で、昼を食べた後、本を読んで過ごした。ジルという名の女と住んでいる男のじぶんの母親にかんするストーリーだった。ジルという名前も名前なのだが、その女の職業が犬の美容師だというのも不思議だった。犬のシャンプーの臭いのする女って、、、もしかしてジル女は私たちのプードルジルで男は私の息子、実母は私って感じだ! はるか隣の椅子には男のユーが、湖畔の水際には若い女のユーがそれぞれ1人でくつろいでいた。テン場に戻るとチャリ男のユーがいて自己紹介するとブラジルユーで昨日成田空港に着き、下からこぎ上がってきたらしくクタクタだという。明日は富士五湖へ、明後日は電車で白馬へ行くという。姥子温泉に入はいりに行きたいというので一番近い一の湯温泉に一緒に行った。フロントの若い女は英語が喋れた。女湯は無人でぬるく気持ちがよかった。そこは宿泊客用の家族風呂がいくつもあり熟年浴衣姿のユーと日本人妻の姿が目にとまった。ひとりでテン場に戻り早めに寝てしまった。大島と違って風もなく穏やかな野宿。しかし枕を持参しなかったのとマット環境が不満足で寝付けなかった。イノシシは現れそうもない。
2016年4月24日(日)

今日は小雨の降るか降らないかという天候の中を湯河原まで買い出しに行った。出かける前に、明朝から1泊2日でテント泊の約束をしている友人に念のため電話してみると「落ち込む出来事があって」「箱根にはいけない」とおっしゃって「落ち込む出来事」を長々と話し始めたので途中で失礼した。夕食後に相手からもう一度電話があり「今どこ?」というので「うちにいるわ」と答えると「あれ今日キャンプに出かけたのかと思って電話した」と言う。2回目の電話では「明日は気分転換に鎌倉に行ってくる」とおっしゃって、逆に誘われたが、もうキャンプの用意をしたからと言って断った。前回実際にお会いした時に、日にちと会う場所と時間と目的地を約束していたつもりがまったく伝わっていなかったし、興味もあまりなかったのだ。約束自体、1ヶ月ほど前のことで、それ以来電話はしていなかった。ケイタイもメールアドレスも持っていらっしゃらない方で、、、2回に1回はドタキャンされるかたなので、、、、そんなこともあろうかとは思っていたがさみしい気持になった。箱根は今月すでに2回目だが、家にじっとしているよりは「気分転換」になる、と思って。結論、人は、誰かと会う場所を選ぶとき、自分の住んでいる場所から遠いところに住んでいる友人の近くに、わざわざ出かけることに抵抗がある。できれば自分の近くに来てほしい、と思う。つまり私自身がそうだった。明日の夜はつらいイノシシとの戦いになりそうだ。
2016年4月23日(土)

深夜にHMからメールがあり先方も入金を確認していた。さらにその1時間後にCFからメールがあった。眠りながら読んだ内容は「来ればいいよ」というもので詳しい方法が書かれていた。朝ごはんの後にお礼の返事を送った。昼食後に図書館に行き3冊を返して新しい2冊を借りた。一階でネットゲームをした。家に戻り夕食までまだ時間があったので一昨日ブレーキをなおしたチャリで半島一往復をした。このチャリコース、なぜ2ヶ月以上の滞在でたった2回しか行っていなかったのだろう。ひんやりした気温と湿り気の大気が五感と四肢を喜ばせた。さすがに先端の海に降りる階段は膝にきついのでまったく近寄れなかった。そのかわり旧サボテン公園に行きぼんやりした。今日はそれに「サム&キャット」の日だったのでそれを楽しんだ。来月の白髪染めを予約した。
2016年4月22日(金)

今日の大仕事、自分のメインバンク33km離れた静岡県の三島市にある支店に出向き、中間時金の振り込みをおこなった。ついでにダイレクトの新システム導入にかんしてカードの申込もした。これで次回の支払いもなんとかなりそうだ。三島駅を出たとき雪の溶けかかった富士山が雲の切れ目からわずかに見えた。交差点の信号は「アタマヲクモノウエニダシ」というあのメロディーだったのでなぜか笑った。銀行の方角にある三島大社には川沿いの道を行った。カモが何羽か泳いでいた。気温は半袖でないとつらい。手続きが終わったと、近くの「業務用スーパー」という店で食品を買い、平日一皿90円からの回転寿司を2人で18皿食べた。その店の入り口に熱帯魚の水槽がありクマノミや白や青の魚がいた。寿司を食べたので結局持参したパンや茶は家から往復しただけだった。そんなに歩かなかったし随所でエレベータも使ったのに膝がとても痛い。
2016年4月21日(木)

ダイレクトにログインすると私の資金は一昨日に振り込まれていた。息子のは今日、これで明日中間費用の支払いができる。静岡県の銀行支店に電話して必要な持参品を確認した。今日の仕事はこれで充分だ、と思った。パラパラと雨が落ちているなかを杖で1、2時間散歩した。20年ぶりの尻掛海岸経由でスーパーに寄り夜と翌朝のおかずを買った。朝、KYの友人から有益なアドバイスをメールでもらっていた。そこで夕食後に、それを踏まえたヴォランティアコーディネータへのメール、再びKYの友人へのメール、スポケーノの友人へのメール、ソノマの友人へのメールを送った。あとの3つは大まかなフライトスケジュールに関するものだ。たぶん、こんなカタチにしろ送らなければ失礼にあたる、と考えた。アタマがとても疲れた。なぜかというと、苦手な英語だからです。