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2015年7月31日(金)

朝の開店時間にオオゼキに行って買い物をしただけで、一歩も外に出ない。ずっと冷房の部屋にこもっています。明日の花火のおさそいも行き帰りが暑そうなので遠慮しました。今年の夏、自分は本当に夏に弱い生き物だと思い知りました。
2015年7月30日(木)

ドーハの空港で機内から一歩出たときの高温はものすごかったけど、東京もめでたいくらいだ。35度なのだから。帰国初日は午前7時半にワンコインバスで平和島温泉を出、京急の普通で品川駅へ。当日午後6時に宅配が荷物を運んでくれるまでぼおっとしていた。夜はそれを片すまでもなく寝てしまった。
2015年7月29日(水)
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午前4時半のモーニングコールでグランドフロアに降りた。シャトルサービスの客は私一人だった。アラブの朝日がくすんだ青白い空をわずかにピンク色に変え始めていた。イミグレーションの職員は誰もが抱きしめたくなるようなチャーミングな顔立ちの男たちでほとんどが白のベールと長い民族衣装を着けていた。眉も眼も髭も、この国でセクシーなのは女だけでは無い。そういう意味では男だってもっと隠さ無いと。見とれているうちに手続きは終わり、そのうち東京便に搭乗した。


9時間近い飛行で、唇のカサブタが取れるのにたっぷりだった。羽田空港で日付けが変わり、予約していたこれもカタール航空のはからい、平和島温泉無料宿泊のバスに乗れた。
2015年7月28日(火)

宿のチェックアウトまで古着屋2軒行き、ブルガリアリラの残りを使ったがまだ残った。唇はヒドいままで時々出血してる。午後2時頃地下鉄でソフィア空港へ向かう。1時間ほど人っ子1人いないラウンジで過ごす。カタール航空のドーハ便はコーチの最前列で赤ん坊用のベッドが付けられるだけあってベビーだらけだった。隣はUNの職員でウガンダ渡航中の1歳半の坊やを連れた女性だった。ドーハで8時間以上の乗継客だったのでカタールのホテルサービスを利用する事が出来た。コンコードホテルは今迄泊まった宿のうちの最も良い部類だった。朝4時半のコールまで一眠りしよう。
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2015年7月27日(水)

今日はさくやコンパートメントで一緒だったブルガリア人のニナとソフィアで終日過ごしました。帰りバラ系のオリジナル雑貨屋で「ウチは空港の半額だ」と言われたので、つい買った。眠い。


続き、、、つぎに気が付いたらH&Mにはいっていて、5レバのビキニトップをしちゃくしていた。来月二丁目で水着か浴衣入場客割引ぱーてぃがあるんで、似合わなかったけど買った、安いし可愛かったから。日焼けの唇に思いっきり組み立て中の杖がぶつかり、手のひらからあふれんばかりの出血をした後なので、気分がメチャ落ち、体力も落ちて、英語の嵐にまたまた飲み込まれて死んでしまいそうだった。だけどニナちゃんは素晴らしい。そのことは後で書きます。
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2015年7月27日(月)

バス停まで犬と奥さんが送ってくれた。午後7時であたりは十分明るい。彼女は右腕を差し出し、私たちは軽いハグをした。「またバルナに来てよ」と数回言って帰って行った。17番バスがやって来て痩せた年配の女の車掌が中央駅を教えてくれた。そこいらの店は全部閉店していてが、一軒の感じのいいレストランを見つけたので、店お勧めの「アヒルの心臓」と地酒を注文して小一時間過ごした。屋外で扇風機が涼風を送ってくれた。駅に戻ると多くの人々がいて、小さめのビールのプラスチックカップを片手にしたオッサンが親切に私の席を案内してくれた。3人用コンパートメントで私のベッドは下段だった。非常に天井スペースが低い。3段目にニナという名の、転職活動中でフロリダでMBA を取得したという38歳のヴァルナの女性がいて消灯の時間まで話込んだ。北ソフィアを通り終点のソフィアで全員と一緒に降りた。路面電車で以前の宿に着いた。
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2015年7月26日(日)

ニャーさんが元気無い。昼飯時来ないでねている。私は午前中にシャワー、パン屋、荷造り、体操を終えて1時間以上昼飯たべているというか昼ワインを片付けている。下唇が日焼けで痛いし今朝出血していた。毎度の事。あと5,6時間でチェックアウトだけどのんびりするにちょうどいい長さだ。
2015年7月25日(土)

午前中レッドロックという海水浴場までバス道路を下って行ってみた。サイドウオークは最低で草ボウボウに紙くずだらけ、クルマは飛ばしてるしまあ片道やからいいか、と歩いた。レスキューのオッサンが中年なのにメチャスタイルイケてる。そこに貴重品ぶん投げて2度海に入った。やっぱりいいね海。帰りは17番バスのった。買物して昼食、昼寝、水彩画、夕食、また水彩画の仕上げで部屋に戻った。体操していない、どうしよう。
2015年7月24日(金)

一日の日課が自然決まっている。午前5時台に目をさまし、コーヒーを落としながら気功を数分する。6時開店のパン屋まで5、6分歩いて行く。英語で挨拶してくれる若い女の店員がいて、パンはどれも目移りするほど美味しい。かじりながら戻り朝食を終える。その日のメインは涼しい午前中に行う。今日は2停留所先の展望所に水彩の画材を持参して3枚目のスケッチをした。水は昨夜飲み終えた2リットルワインの緑色っぽいペットボトルに半分くらいいれた。しばらくそれは他の荷物と一緒にベンチの上にあったが、ガラクタ置場にあったホウロウのカップにさっさと水注いで忌まわしい姿のゴミは屑入れに捨てた。確かに中身は「水」ではあるが、アメリカ旅行中の「あんた公共の場で酒飲んだら逮捕されるよ」という言葉が頭から離れない。黒海の一部が眼下に大きく広がり対岸の幾つかの街が遠くに横に広がって見える。私は風景画は特に苦手だ。モチーフが大き過ぎるし、大抵どう描いていいのかわからないウゾウモゾウの樹木が半分のスペースを占めるのだ。道路の幅員が駐車スペースに広げて取ってあり、何台かの車がそこにあった。数人の人が景色を見たり写真を撮ったりしに来ては去っていった。2時間近く頑張り終わりにした。帰りは近道を見つけた。だからと言ってまたここに来る事はあるだろうか。

何時もの近くのスーパーマーケットに行き、昼と夜用の食材を買い、米を炊いた料理をしたのでそれを食べ終わると午後2時になってしまった。片付けをして部屋で1時間ほど昼寝をした。今朝からやっとこの家のインターネットが通じたので、起きてから日本の友人とチャットをした。大家がプロバイダーに契約料金を払い始めたのだろう。午後のストレッチングが終わる頃にひとの気配がしたので服を着て外に出ると隣の家族が4人で庭にいた。

手に小さな戦闘機のオモチャを握りしめている孫息子がブランコ乗っていた。「こっちの私の息子がいるのよ」と全権委任の祖母が言い、私は英語の達者な通訳男にもう一泊延ばす事伝え、追加料金30レバを手渡し、27日列車切符見せた。息子の嫁もいて義母とこの庭のイチジクを収穫して私にも数個くれた。その日の「7時にバス停まで連れていってあげる」と約束して帰って行った。ストレッチングの音を再びオンにして続けて終えてから夕食にした。白い御飯があると嬉しい。あと2日間しかない。あと2日間もある。
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2015年7月23日(木)

こうして一人屋上で白色の籐椅子に座り、胸まで濃いピンク色のブランケットを掛け、あたりは十分明るいけどもう午後8時半なので海風のような涼し寒い大気の移動を恐る恐る感じている。iPadでお馴染みの曲を流しながら両手でタイピングしているけど耳や心は左隣の人々の楽し気な会話だ。何人集まっているんだろう? そうは言っても人間産まれる時と墓に入る時は必ず一人なんだぜ。どうってことないさ、と言い聞かせる。今日は疲れた。9時間くらい外出した。バスでカセドラに行き、ツーリストインフォメーションが9時に開くのを待ち、海公園に行った。そこは、、、、芋を洗うような日本の湘南だったので、ガッカリしてというか、そんなもんだろうと呟いて、遊園地経由で買物に走った。といっても杖つきつつのノロノロ歩きで中古屋発見。スーパー発見。一仕事終えた後はカセドラに戻り、17Aのバスで宿に戻った時はヘロヘロだった。ニャン子と遊んで今日もお終いです。