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2014年3月31日(月)

「お化粧買い」(そんな言葉を初めて知った)の年度末日、私はノムラさんで国際経済分析や事業投資相談を頂戴し、その報酬でもないが今回の工事請負代金の支払い時期が満期のトルコ通貨建ての外債を購入した。トルコ、、、国民の平均年齢が20代で日本人のように勤勉と説明を受けた。そんなこんなで3時間いた。往復の目黒川には桜が満開だった。さて遊ぼう、でもすでに疲れた。

遊びとは、、、明日から一人の友人と1泊2日の雪の低山ハイキング。次の日にもう一人とディープな花見。その翌日は三人目と代々木公園ブラブラ歩きとクラシックコンサート。最後に10年ぶりかの3人で鎌倉ハイキング、、、です。
2014年3月30日(日)

すっごく久々に(3年振り?)吉祥寺駅おりてカリブという素敵な店のさらにステキなToshi&Aiko 先生方主催ミロンガに参加しました。こんな初心者でも踊ってくださる男性女性何人もいらして、さらにアルゼンチン二世の女性の友達も出来ました。悩んで迷っての参加でしたが、やはりタンゴ好きです。
2014年3月29日(金)

昨夜遅く友人からメールがあって明日上京するけどお茶でもどう? とあった。「2時から慶応大学でミャンマー関係のイベントをネットで見つけた」と新幹線の中からメールが来てそれにした。外大AA言語文化研究所の先生が一般向けに講義されたのですが、レベルが高過ぎた。私はチャリだったのでそこで別れて6時からの恵比寿の写真美術館の内覧会に久しぶりに行った。冠松次郎と穂苅三寿雄。どちらの会場でもすごく眠くて体力落ちたと感じたね。
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2014年3月28日(金)

雲ひとつない晴天午後1時、大安、外堀通りの桜が咲き始めていた。C社のビルに息子と集合し2階のブースで契約書を一つ一つ読み説明を受け署名捺印し、最後にファイルに閉じた。私は家を出るときから胃腸の調子が悪く落ち着かない。「お腹が痛いので」と何度か席を外した。いったい何人の受付嬢がいるんだ?という1階ロビーで担当者が最後に「よろしくお願いします」と深々と挨拶し私たちは最後のトイレに向かった。ゲップが出る気配がまったくないのだ。家に戻ってからも足がベトベトするなと考えながらすぐベッドに滑り込んだままだった。息子がA社にお断りの電話をするとキッチリ20分後にやって来て、図面を持ち帰った。「結局全部もっていったよ」と息子が言ったのに、起きたあとで見ると自己紹介シートだけがまだピアノの上にあった。私はお腹が痛かったのもあるが、まったく挨拶しなかったのを少し後悔していた。「なんか言ってた?」「お母様にもよろしくって言ってた。あとおめでとうございますって」「そう、、、、まあお疲れ」


いっぽうB社に関しては、成約前に私のほうから電話した。そのタイミングが自分の中で必要だったのだ。そう言えば「おめでとうございます」とは言っていなかったな。「いろいろお世話になったのにすみません」と詫びたのはこちらのほうでした。でも気が済んだみたいな。4月にはいったら資料を取りに来られる(後輩さんだけかもしれませんが)。


ようするにこういった事柄で胃が痛くなったのかもしれません。一社を選ぶ、二社を切る、という作業がこれほどストレスをもたらすとは思いもよりませんでした。f0204425_744449.jpg
ここまで来るとあと1年半はどちらかというとのんびりです。
2014年3月27日(木)

8年振りに恩師にお会いした。ご退職お祝いを当時の学生3人で行った。先生はとてもお若く、最近でもマダガスカルやケニアに調査に行かれると話された。それに加え私はお一人の言葉に共感した。自分は「沢山の世界を持っている」と笑って言われたときだ。もう一人はたいへん気の効くタイプでこのトリオに私が混ざらせて頂いていることは幸運です。春のよい宴でした。
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↑お一人に頂いたお土産のお菓子
2014年3月27日(水)

わずか昨日のことになりますが。私たちは3つのHMの今までの評価を項目別に一人あたり1〜3ポイントで加算しレーダーグラフに落としてみました。結果、こんかい準成約に該当されたメーカーさんがトップを走っているように示されました。単に「主観の客観化」に過ぎないのですが。
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2014年3月26日(水)

本当はそれは明日で「われわれ主導」のはずでした。しかし成り行きでお膳立てが整い、今日の午後「C社主導のC社契約」が導かれました。それはそれで評価出来ます。理由は「老いては子に従い」的な、息子の主体的判断が見えたので「いいんじゃない?」という気持ちになった。「あんたはそれでいいの?」という眼で絶えず私に視線を送っていた。だから「いいんじゃない? あんたがいいんなら」f0204425_065871.jpg

その後の時間帯でも不思議にA社からの突っ込みもまるでありませんし、密かに私だけが期待しているB社からの問い合わせ電話などもちろんありません。

気が抜けてしまった感じも否めません。めでたいんですけどね。まだ「発注書」に息子がサインしただけです。莫大な数字が書かれています。一生涯かかって作るような金額です。それはともかく。

ふあああああ。「念書」もなあ。声かけくらいするべきだったかな。だめ元で。でももうB社のハナシはよそう、、、。
2014年3月25(火)

いよいよ押し迫ったX-day、あと3日かな。今日は精神的にくたくただ。

歯医者が早い時刻に終わったので、その足で初台の住宅展示場に向かった。往復20km。B社の外壁を見る目的だったが、いちおう内の説明も2社受けた。つぎに午後1時半にお約束していたC社の最終見積もり提示めがけ山手通りをチャリを飛ばし、自宅にて緊張した2時間を過した。夕食後「近くに来ているのですが」とアポ無しで訪ねて来られたA社は「10分で帰りますから」と言いつつ4時間を費やして午後11時にやっと帰って行った。

感想はざっとこうです。各社値引きはスゴい。それぞれ高級車2台分の値引き。しかし私がいまだにB社を諦めていない、もしくはB社を第一に設定していると知り(どちらもいったん形式的な契約を迫る、これって入試の滑り止めみたい)、担当者としてのその反応を見る限りC社は人格者だと思う。「私どもに足りない点があると受け取ります」「それより、もしこの業界の楽しくない部分を味わわれたとしましたら残念です」 A社は、、、、4時間ガチで濃密な営業活動されたことで思考停止になってしまいました。
2014年3月24日(月)

午前11時に一部変更図面と最終見積もり持参してC社が3人でいらした。議題の焦点は私どものB社への共感度だったが、それを相当実感された時点で「今日の最終見積もりを今ここではご呈示出来ない」という結論で帰って行かれた。打合わせ中にB社から電話があり、夕方5時に来訪が決まったことを耳に挟まれたこともあります。B社の訪問は2人で、私はこちらからお呼びした経過をざっくばらんに話した。「A社からはキッチリと図面と見積もりを頂け、電話回答待ち。C社は図面は完璧だが見積もりは不完全で、その理由は御社とのやりとりを把握したのちに切り札的に提示したいらしい」「私どもはどこに決めようか本当に困っている」するとB社担当者はA社、C社の一般的な折衝傾向を解説した。「最初から底値で勝負のA社」「今のところ盛ってあって一気に値引きのC社」私たちはため息をついてうなづいた。夕方の打合わせは相変わらずフワフワしたものには違いなかったが段々と不安材料は払拭されつつある。「今回弊社が突然3月に見積もりを出せなくなりご迷惑をお掛けしている状況で、施主様のご判断でA社C社でお建てになっても一向に構わないですし、弊社を強要する気もありません」しかし「その時期(年明け)には努力いたしますので」という挨拶で帰って行った。「やっぱB社だね」と私たちは小声で言った。夕食後にC社が電話をくれ再び明日のアポを作った。
2014年3月23日(日)

連休最終日、3人目の定期借家契約書作成のためにエイブルに行った。「ハウスメーカー3社見積もり比較表」を息子がwordで作成したので明日以降役に立ちそう。自分の部屋、居間、台所の不用品をちょびちょびゴミ袋にいれています。あれっ!? TSUTAYAで6本借りたうちの5本を返却したつもりが、まだ観てないのも全部返してしもたようです、、50円だったしいいか。