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2014年1月30日(木)

この日もリチャードと朝御飯を食べ、旧市街の小さいパソコンショップに向かい私のアップルにも例の動画をインストールしようと試みたが上手く行かなかった。チップを買って入れる方法も言われたがその子(ディバイス)たちがいじくられるのが可哀想なのでノーと言った。その界隈にいる娼婦は朝なので少なかった。することもなく朝っぱらからロキシーバーに行き、濃いのを味わいつつ地酒の製造場所を見せてもらった。主人はつねにニコニコ顔だ。
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リチャードの学校に行き午後2時からなんちゃって日本語授業を私が、3時から英語授業を連れが行った。バスでレイクサイドに戻りシャワーをー浴びた後、ハリーの店で大蒜ステーキを味わった。そのあと店内の燃え盛る暖炉の前に陣取って何時間もくつろいだ。ベネイもオランダ女もたぶん話題や思考から消えつつある。
2014年1月29日(水)

この辺りから残日カウントダウン始める。
チェプルンガにいるリチャードと3人で朝食を取った。ついでにリチャードの部屋にも呼ばれた。トイレが共同のアパートで入るとすぐ英語クラス用のテーブルと椅子のある四角い部屋があった。スマフォで30円ほどで買えるエロ動画を見せてもらいながらリチャードがスーツとタイに着替えて来るのを待った。しばらくして彼が現れ「見違えるようだ」と私が言った。また長い時間をかけてレイクサイドまで徒歩を楽しんだ。いったん宿に戻るもののシャワーなしのままバスでダムサイトの先まで行き、再び午後5時半にシン氏に会った。最初に自宅に呼ばれ彼が支度するのを待った。紳士という表現がこれほどピッタリする人はいない。草食主義者で一生涯仕事ひと筋の独身所帯はなかなか広々していた。周りに何もない新しく出来たレストランでこの世で一番美味いダルバートを食べた。それと持ち込みの魔法の水(シン氏は喪中なので遠慮された)。ベネイのことはあまり話題にしなくなった。ハルミは、、、、。
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2014年1月28日(火)

この日は長い一日だった。比較的ゆっくり朝食を取り銀行で両替を終えたあと、手漕ぎボートで湖の対岸に渡り日蓮宗の寺が頂上にある丘を登った。去年小型機が墜落した現場を探しながら、この間行ったデビッドフォールに下った。小型機の破片はおろか場所の特定も難しかった。知り合いの売店でポテトチップを二袋食べてから、遅い時間にいつものアルモンドでチキンドラムスティックの大きな夕食を食べた。ベネイからは未だに連絡がない。沢山ハルミハルミハルミハルミ。
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2014年1月27日(月)

チェプルンガに徒歩で向かい、いつものようにリチャードと朝食を共にした。リチャードは小柄なイギリス人でインド生まれでイギリスで教育を受け、インドとネパールに20年間暮らしている。シャツ好きで独特な風貌(白人というよりネパール人)と経歴を持つ。その後、空港までの長い道のりを楽しんだあと、私たちは国際登山博物館にいた。古びたこじんまりした展示だったが、何時間もかけてゆっくり見て回った。そのあとシン氏に会った。彼はロイヤルネパール航空を早期退職した後に国内最大キャリアのイエティ航空に会社設立当初のメンバーとして引き抜かれ定年後にも嘱託として重鎮されている。が、1ヶ月前に転倒し腕を骨折した姿をしていた。私たち3人はダムサイトのジャーマンベーカリーに座りシナモンロールとミルクティー、会話を楽しんだ。べネイから何故か連絡がない。代わりに頻繁にオランダ女ハルミ。
2014年1月25(土)26(日)

翌朝はのんびりした後にいつものチャプルンガへ自分一人で行ってみることにした。道道迷う事を楽しんだ。2時間程でバッバティーニと言うスーパーマーケットに到着するや目的の飴を二つ買い、トイレを済ませ元来た道を戻った。連れとは午後4時にハリーの店で会う事になっていた。いったん宿に戻るとすでに帰って来た形跡があった。すぐに店に向かうと路上で別の友人と一緒に歩いているところでばったり会った。長い二日間が終わり、おかげで私はこのブログ数日分を仕上げる事が出来た。翌日のことはあまり覚えていない(今数日分をまとめて投稿しています)。たしか夜、ベネイ(資産家の息子で連れの最大の友人)の奢りでダンスバーを楽しんだ。
2014年1月24日(金)

ちょっとした試練、今回は連れが外泊する。朝食後、私はデビッドフォールという観光スポットに向かって歩き出した。途中雑貨商の日本人母子に会った(帰路にお寄りしがお会い出来なかった)。気が付くと日本寺へ行く林道基部にいた。つまり滝を通り過ぎていた。相当戻り30円ほど払って狭い園内を見た。サモサの昼を取り、寄り道しながらゆっくり戻った。最大の寄り道は誰かの結婚式の余興ダンスだった。50人もの全員女性がいた。私も踊りに入り楽しんだ。懐中電灯を忘れたので漆黒デコボコ路を苦労してあるいた。宿に曲がる角すら天然方向音痴の私には難しかった。重い鉄扉を親父さんが開けてくれた。「あんたの友人は今夜ここには泊まらないのかね」と質問してからドアと窓合計5箇所を内側から施錠するように指示した。


2014年1月23日(木)

英会話学校には日本語クラスもあって私はゲストとして授業に参加する予定だった。しかし生徒が連絡無しのドタキャンをしたらしく私は教師とだけ会話した。理由あって私たちは新しい宿に一泊だけした。


2014年1月23日(木)

朝忘れ物を探す理由で戻った時に、突然関係が修復された。昨夜と今朝これら二つの出来事は信じ難い。

2014年1月22日(水)

この日、昼間何をしたか今は思い出せない。夜半短いもめ事があり私は荷物をまとめ別の宿に泊まった。自分を励ますために早朝からトレッキングの荷造りをしていた。

2014年1月21日(火)

多分この日、英会話学校に私はオブザーバーで座っていた。次に真っ昼間なのに再び地酒の店に寄り比較的遅く帰った。ついでに書くと店の奥には化粧の濃い女性が眼を紅くして座っていた。私は状況を自己流に解釈しすぐに深く同情してしまった。いまだにわかっていない、、、、わかったこと、複雑性。