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7月31日(日)

昼からは後楽園の文京シビックホールの大ホールであった『アジア音楽祭2011』に招かれた。5つの楽曲が奏でられたが、そのうちの高橋裕氏の指揮、作曲である「笙とオーケストラのための風らい」に魂に直に触れられた感じがした(ロビーで高橋氏と少し歓談した。ユーモアのある素敵な方だった)。シンガポールのチェン・ザングゥイ氏の「レインツリー」も素晴らしかった(一体どんなスコアなのだろうと思うような楽曲だった)。私の友人は「ブラビッシモ!」と叫んでいた。「ビラボー!」の最上級らしい。3回それを聞いた。私は3人の人々を経由して、自分が今日そこに招かれたことが本当に嬉しかった。


その後、その足で別の会合に参加した。私は自分の家族の介護の経験もなく、介護全般に対するアドバイスをすることにも明るくないが、間違い無く近い将来において自分自身が介護を受けるような気配を感じているので、このグループに参加している。でもその時期は、もうちょっとだけ先かも知れない。なので今は現役で介護をされておられる方々の「荷を軽くする」お手伝いをしている。ご自宅にお招きいただいた厚焼き玉子の制作者とそのお連れ合い、参加された素敵なお二人の男性介護者様に心より敬意を表する。
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7月30日(土)
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しかもそれは午前中に終わり、そのあとはぐだぐだ何もしていない。その二つとは。

1.過去に自分が籍を置いていた大学に「過去の(故人の)研究論文閲覧願い」を作り郵送した
2.損保会社に書類を作り郵送した

後者は問題ないだろうが、前者は見事に却下されるだろう。アタマのお固い特殊法人の私大なのでして、通れば奇跡です。私の念願、故人の遺作展への近道がテープカットされるような気すらします。神様っ!!! 本当は別の地道なコツコツで築き上げることなのかもしれません。そのつぎのしごと、、、早寝早起きで明日にしようかなあ。
7月29日(金)

今日は濁音と半濁音の練習。絵からその名詞を正しく発音する。「げた」「ちきゅうぎ」「ぎんか」「かべ」「べんとう」、、、。あとはご自由に自分の日常生活を日本語で話す。


すこし前に自分の中で「日本語コーチボランティアはそもそも教師か?」という疑問があったが、いまはそうでもない。420時間のトレーニングを受けていない私は、なおかつ教育者としての教育も未経験である。ただしこういった社会貢献のお膳立てがあり、素人としてそこをお借りしている。それは「国際交流」でしかないのかもしれない。そもそも「ボランティア」の語源は、ラテン語の「ボランタス( voluntas)自由意志」という意味であるから自主的で主体的、加えて創造的なのかと思う。もし受講者さんの方が私を不快に感じる訴えがあれば、相手を尊重してことをはこぶまでである。
いまのところそこまでヒドくない(と勝手に自己評価する)。


そういって私は自分のスターバックスコーヒーのコーヒー代すらお借りしてしまった。財布を忘れて雨の中チャリをこいでいたのだった。
7月29日(金)

区役所の高齢福祉課というところが所管で、こういった事業を行っている。そのオリエンテーションが今日の午前中に庁舎会議室でありました。20〜30名の有志が参加して、いままで未経験領域の仕事説明がされたのですね。まあむかーしからある民生委員が近いのかもしれませんが。よく存じあげませんので。


ところで見守りには二種類あり「玄関先で直接お話をお聞きする」タイプと「家の外からこっそりと洗濯物や郵便受け、つけっ放しの電気器具などをチェックする」タイプがあるそうです(ストーカーみたい)。頻度は2週間に1度以上。どちらも孤独死、急病、その他の異変を念頭に置いて注意を払うらしいです。また「何か不審でかつ連絡不能の場合はメモを残して翌日も行く」この辺りは仕事が混んでいそうですね。何もないことを願う一心でしょう。


今日は誓約書に捺印提出しました。今後は見守りを希望される利用者さんとの「引き合わせ」が区役所か包括支援センターの職員さんのプロヂュースであるそうです。マッチングがあればの話らしいですが(婚活みたい)。なければ待機。やれやれ。孤独死防止に一役買いたい気持が私を働かせます。
7月28日(木)

『エキレビナイト!』エキサイト・レビュー創建1周年記念、お祝いイベントが今夜新宿3丁目のバーであった。レビューの常連ライター多数、編集人、関係者、読者が50人以上集まった。


私は師匠のよねみつかずなりさんの、授業中の宣伝があったのでそこに行ったのですが、まあまあでした。こんなふうになってるんだウエッブライティングの世界は! という点ですとか、サブカル系主体で社会を独自の切り口で書く人々の頭の中はこうなっているんだ、という点、さらに言えばアフェリエイトの勘定とか初めて聞くんですが。ようはレビュー屋さんって、書籍・映画・アニメ・芸能・音楽・レストラン・バー・文具・デバイスその他の販売促進、経済活動の一端をになう生業なのですね。宣伝会議の世界です。ふむふむ、でも楽しそうだなこの世界、さらにこれで生計を建てられるのなら。でも何事も苦あり楽ありでしょうが。


イベント終了後、一人3,000円で飲み放題の料理の席があったのですが、迷ったすえ家に帰りました。かわりにスーパーで3,000円ぶんの総菜を買い家で食しました。犬も起きて待ってってくれたんですからね、そうしてよかった、、、。でも楽しそうだったな、皆どんな話で盛り上がったんだろうその後、気になります。レビューもいまさらですが読もうっと。
7月28日(木)

昨夜のイタリアン食事会スタート時刻は5時半だったのだが私は1時間遅刻した。私用のコース料理が続けて3皿到着したがフォーク類が来ない。仕方無くテーブル中央のイタリアパンにオリーブ油を浸けて食べていた。たった一人しかいない給仕の女性が忙しそうだったからだ。


「今のところ私には指しかないのです」と冗談に私が言った。それを聞いた向かいの知人がニコニコしながら紙ナプキンの入ったテーブル用セットをカウンターから運んでくれた。非常に親切なのだ。私は礼を述べたがチーズや生ハムはまだ口に届かない。


そのうち大豆色の長いエプロンをした美しい女性の手が次第に空き出した。ピカピカのフォークとスプーンが私の席に届けられた。


帰り際、6人の参加者のうちの3人はヒミツ結社メンバーのように、6等分されたA4上質紙が2つに折り畳まれ、おまけにホチキス留めされたメモを配られた。この日曜にまたもや集合する際のなんやらかんやらが書かれていた。まじでっか?
7月27日(水)

予想通り、東京に夏日が再来した。しかし私は竹橋までチャリを飛ばし、帰路は第一京浜に立ち寄った。竹橋ではタオルを忘れたので両腕と顔の汗をトイレで洗ったあとトイレットペーパーで拭くと、その破片が打合せが終わったあとも体中にこびりついていた。大門の近くにトルコ航空があり、そこで10月のチケットを買った。家に帰って料理を終えてからシャワーをした。なんか石鹸の泡も立たないほどべとついていた。着替えて徒歩である宴席に行った。帰りも歩き、今日2回目のシャワーを浴びて、ルフトハンザのチケットもネットで買った。犬は深夜の「明かるい部屋」が嫌いなようで私に寄り付かない。こんなことは初めてだった。あれ、ついにお見えだ。
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7月27日(水)

Bさんと散歩に行った。特養ホームの建物に臨した狭い菜園で、ベビートマトとゴーヤを見てシソの葉を確認した。大根とブロッコリー、サツマイモもあって私たちは水遣りはしなかったが発育の評価をした。せっかくなので新しい区立の都市公園も一周した。彼女は車椅子の中で冬の服装をしていた。足は汗をかく、と言った。私たちはナデシコの植栽から一輪を失敬した。その小さな赤っぽい白花を帰ったあと、女の職員にもらった小瓶にさすと大人のコートを来た幼児の頭のように水に浮かんでいた。シソは昼ご飯に食べるとおっしゃっていた。私はそれを洗ってペパーナプキンの間に挟んで渡した。


Aさんはにこにこして帰って来た私たちを出迎えた。その頃、おしぼりを丸める彼の仕事は終わっていた。私はもう一人の方のお名前を来るたびにド忘れして、彼の頭脳の助けを借りる。


そのCさんとも短い散歩をした。ベビートマトとゴーヤとシソを数秒間で見終わり、さっきBさんと行った新しい公園に向った。体が車椅子の中で傾いてしまっていたが、そのままお話しを交えて4、5分を過ごした。「XXさんは公園のどこが好きですか? 子供ですか、花や空気ですか?」と私が妙チクリンな質問をすると「ぜんぶ」という小さな声が私の鼓膜にかろうじて伝わった。ナデシコを見て、その隣りに咲いていた青っぽい小花も見た。彼女を食堂の定位置にお連れすると、そのまま部屋を失礼した。


Hさんは今日も怒りの真ん中にいらした。
Sさんは今日も疑いの真ん中にいらした。


帰りがけに私はもう一度彼らの登場しない野菜コーナーとナデシコこ植え込みまで見える傾斜の少しある歩道をチャリのタイヤで通過した。
7月26日(火)

休憩時間、と言っても年がら年中なのですが、欧州激安航空券をネットで検索していたら。あらら。その前の少しの時間はボスニアのウィキを見たりもしていましたが、要するに『ドリナの橋』を調べていたのです。ということで今晩はこれでオシマい。
7月26日(火)

f0204425_18554786.jpgさっきもう一つ思い出した。
それは。

何を撮っているかという対象は撮っている人自身である

ということ。
撮っている人自身かあるいは非常に近い場所にいる人。
人でなくても、その人と密接な関係にある対象。
うーん深いです、そして真実であるような気がしまする。


そんなことを考えながらブラウマイスターを口にした。