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5月31日(火)

これも歳のせい。たかが渋谷までチャリただけでこのザマです。
ビックカメラ(私はずっとビッグカメラかと思っていた。今日一人の店員にその名の由来まで聞いた)で古いTVリサイクルの話をつけ、サプライ用品を買い、以前注文していた写真のDPEを受け取り、赤外線を飛ばしてケイタイ画像も焼いた(ヒドい出来だった)。往きに旧社会保険庁(年金基金と名を変えていた)や知人の仕事場にも寄った。
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5月30日(月)

先ほど3日間過ごした軽井沢より自宅に戻った。
クマの観察の後は〈星野温泉〉〈地蔵川温泉〉〈鬼押温泉〉〈千ガ滝温泉〉に浸かり、「信濃路自然歩道」を4、5時間歩いた。一人で過ごしていた。お喋りはただの1回。



f0204425_2253063.jpg途中「白糸の滝」という観光スポットで休憩していると、ハンチングを被った初老の男性が話し掛けて来た。イワナの塩焼きを40歳くらいの息子さんの分と後からご自分の分も注文し、一口二口食べてから息子さんにあげてしまった。「私は24日に病院を退院したばかりなんです」「リンパのガンで抗がん剤を飲んでいます」「あと4ヶ月と宣告されてもう5年生きている」「治療費に1億円使った」「抗がん剤治療の最初の2ヶ月は何も食べられない」「今また一つの新しい会社を2億5千万円使って立ち上げるところです」私はなるべく声が届くようにはっきりと同意したり同情したりした。


「奥さんの荷物は重そうですね」実は私は自分が奥さんと呼ばれたり、目の前でタバコを吸われるのが余り好きではない。けれど、それ以上にガンで余命を告げられた方が、私に話し掛けてくれたことが嬉しかった。「髭は生えなくなっちゃいました」「ほら掌はこんなです。足の爪ももうありません」と言ってまるで粘度遊びをした直後のような分厚く白っぽい両手を私に差し出した。そのことが嬉しかった。
「奥さんは何泊されたんですか?」「2泊ですよ」私は笑ってさっき自分がした同じ答えを繰り返した。もっと話し続けたられかったようだが、同行の末息子さんがそれを遮られた。パパさんはきっとずごく淋しいのだ。


そんな出来事もあったが、なるべく足早に軽快に時間を埋めていた。この旅の中で肝心なこと、つまり「自分への宿題=展覧会のコンセプトの組み立て」を行ったのは、温泉の湯に浸かっている途切れ途切れのほんの数分間だけだったみたいだ。
(おわり)
5月30日(月)

f0204425_2210464.jpg「手作り招き猫あります」の看板の金物屋店に昨日立ち寄った。道を聞くためでもあったが、看板のコトバにも惹かれた。私ぐらいの年格好の男性と老婦人がいらした。その男性が彫り師だった。一刀彫りのような大きな作品に私は興味を持った。塗装が控え目で素朴だ。1万5千円する。買うつもりもなく雑談した。婦人は「もう95歳よ」とおっしゃるがお耳が遠いくらいですごくお元気だ。


「こんな不景気なんでお客さん少ないわ」「別荘の人たちもまだ全部戻っていないし」その意味は今朝わかった。
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朝ご飯(といっても昨夜宿からいただいたスコーンとマフィンと漬け物)の前に近所の散歩に行き、イヌ連れの初老の男性に会った。「この子は最近雌イヌが気になって帰りたがる」「好きなコなんですか?」「いいや好きってわけじゃあないさ」「??」「ったってみんな不妊手術しちゃってる」
「この子は、あの能力の方は?」「そりゃあるよ6歳だよ」「あのつまり去勢とかは」「してない、可哀想だ」
その男性にクマの話を持ちかけた。
「クマなんか一回も見たことない」
一昨日の捕獲や放獣の話を簡単にした。
「自然保護なんていって、お仕置き放獣なんか山にするから皆こっちの方(北軽井沢)にクマが来るんだ」
やはりクマは山にいて欲しくないという方々のお一人のようだった。長野県と群馬県の軋轢も感じられる。


「こちらに住んでいらっしゃるのですか?」「ああ、でも半年だけ。茨城には女房が留守番してる。冬は寒くってこんなところいられない」
なるほど、そんな具合に昼間人口ならぬ夏期人口がこの辺りではふくれるのかもしれない。
(つづく)
5月29日(日)

ここブルーベリーYH(ユースホステル)に宿泊してよかった。経営者(YHでは何と呼ぶのか忘れた)にはチラッとしかお会いしていないが、奥様、古くからの知人さんのお二人とゆっくりお話が出来た。

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奥軽井沢の地勢、気候、歴史、地域経済、観光業、現在の問題(少子化、嫁不足その他)、あるいは個人的なステキな毎日に関することなど。手作りの焼き菓子や果実酒をふるまっていただいた。今日もまたよい一日だったと思う。
(つづく)
5月29日(日)

昨日軽井沢に私を含め8人の友人らが集まった。この仲間は何というか、ある国立公園のボランティアで他に官民の専門職も計2人いる。プリンスホテルの駐車場でバスを降りアウトレットを突っ切って行くと、見慣れた懐かしい顔があった。一人が言った。
「今、XXさんからで電話で、昨日クマが1個体捕獲されてモニタリングするのと、別の1個体は放獣するんだけど見にきませんか、だって」何というチャンス。


田中純平さんらピッキオの数人が仕事を淡々と行う。町役場の委託事業だが住民には賛否両論あるらしい。


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まずは最初の個体に麻酔銃を撃ち計測を行った。クマは特注のドラム缶様の檻にいた。麻酔の効いたクマは思ったより小柄で毛は糞尿で湿っていた。ゴム手袋をして背中を触ってみた。3歳メス。目はトロンとしている。田中さんが静かに淡々と指示を出す。この方は数年前に同じ軽井沢で行われた「国際クマ会議」で面識があったが緊張する仕事の流れで雑談を許す雰囲気では無かった。クマはクマで(薬の量は最小限なのですぐに目を覚まし始めた)、必死の現場である。発信器の付いた首輪を注意深く装着し、もう一度檻に戻し、週明けの月曜まで絶食の時間に戻る。私たちは2頭目の「放獣」の仕事に移動した。

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←この銃はゴム弾入りです

林道をかなりの距離、もう一つの赤いドラム缶を軽トラの荷台に積み(男6人の手が必要)進んだ。こちらも同じく3歳のメス。そこではベアドッグも参加し、こちらはさらに緊張した場面になった。ベアドッグ、他の爆竹やゴム弾、唐辛子スプレーなども準備した。ジャンケンをして勝った私は軽トラの荷台に立って見学を許された。他のメンバーはクルマの中。しかし、いざ檻のドアを上げても、ついぞクマは外に出ない。


何度も何度も、傾斜を作るなどして工夫してもクマは必死で檻の内部にしがみついていた。「普通は一目山に走って出るので、学習放獣と言って逃走するクマに刺激を与えることで、クマが人をおそれるようになり、人里近くにこないよう覚えさせることをねらったものです。放獣時の爆竹やベアドッグもそのためにいます」「すごく珍しい。ブルブル震えている。すごく気の小さい個体だ」と説明された。その場で話し合った結果、ドラム缶を開けたままにしてクマが自ら出てくるのに任せることにした。


その日一日は、予想していた降雨も無く、それに数少ないこの手の見学チャンス(しかも2個体とは本当に希らしい)を得て全員が満足した。現場に出るということはスゴイことだと、この場合でも思った。


温泉に入り、宴を持ち今日の昼に解散した。私は一人でもう1泊することにした。
(つづく)
5月28日(土)

f0204425_86272.jpg「石巻動物愛護センターに行ったの」ともう一人の別の友人が昨日私に言った。
「ええっ、そこ私こんど行くかも知れない」とびっくりした私が答えた。「いつ頃?」友人は目を丸くした。「それが7月下旬」まだまだ予定なのだがそんな計画もある。


「専門職よりも一般の人の方が実は手が足りない。行けば喜ばれると思う。朝夕の犬の散歩が主だけれど、経験あるから大丈夫ね」と彼女は笑った。知っている人がそこに行っている、というのは本当に心強い。犬好き同士だけれど、同じ場所とは!


「被災して迷子になったイヌネコや、避難所で犬を飼えないので一時預りをしているワンちゃんとか」「朝10時の散歩に間に合うように訪れれば大丈夫。宿舎もシュラフ持参なら雑魚寝で無料。仙台からだと時間のロスが大きいから、宿舎泊まりがベター」などと情報をいただく。本当に嬉しい限りだ。たった2,3日でも大助かりだと聞いた。どんなスタイルであろうが、、、ボランティアはまだまだ必要なのです。
5月28日(土)

被災地の話をもう少し。
昨夜は半時間以上、その友人と電話で話をした。田んぼの「泥かき」の話だったのだが。とても興味をひかれたのは、そこから色々なものが出てくるとう下りで、その一部はもしかしたら地元の方々にとって意味のあることかも知れない気がしたからだ。「絶対重機では出来ない、人間の仕事があると思うよ」と友人は言っていた。そのとおりだったらしい。


その日本財団のボランティアは『足湯ボラ(=被災者の方を足湯にお連れしてお世話をする』募集だったので参加者70〜80名のほとんどが20代前半のフリーター女子だったらしい。しかし実際は足湯の他に「泥かき」のウエイトが大きく重労働だったという話だ。「でもみんな本当によく働くんだよ」と友人は私に言った。


往復バス無料、宿舎も超低料金で提供され、24時間シャワー完備、朝夕はびっくりするほど美味しい食事、昼は特大手作りおにぎり。さすが笹川財団、私の参加したPB(ピースボート)とは格差がありますな。でもPBも最近は宿舎提供とHPにあります。しかし私たちはさらに「都民ボランティア(東京都ボランティアセンター主催)」の方にも関心を寄せてしまうのです。f0204425_7505566.jpg

まあどっちにしろ、バケツの中の一滴の水滴なのです。
5月27日(金)
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明朝から群馬に行きます。昔の仲間数人が、その仲間の一人が霞ヶ関官僚を辞めて民間に移り、もうかれこれ10年位になるのですが、その勤務先に集まります。


どんな宿に泊まるのか楽しみですが、一人三千円だと言いますから。私はそのあと北軽井沢にもう一泊しこちらは素泊まり4,700円のYHです。最終日は宿から軽井沢駅まで片道7時間コースを踏破して帰京しようかな、などと考えています。


本当は東京やら被災地でするべきこともあるのでしょうが。


今日、友人の一人に電話すると日本財団の被災地ボランティアで今朝、陸前高田から帰って来たところだと言っていました。津波を被った田んぼや側溝の泥作業がかなりキツかったそうです。それでも私は彼女をエラいと思いますし。また自分も行けたらいいと思いました。まあ、彼女もそうですがリピーターは個人参加の道を選びそうです。アプローチなどは多少お高くはなりそうですが。
5月27日(金)
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午前中は息子と一緒に私の部屋の模様替えをした。家具の裏側の相当量のホコリが掃除機に吸い取られて行った。同時に家中のブラウン管TV4台を和室に終結させた。下取りなどの手続にすすむのだ。


一段落してスポーツクラブに行くと、意外にも8分後に始まるホットヨガに空きがあった。ホットスタジオに持参する水を忘れたが、まあ30分間かなと思いきや60分間だった。ダイジョーブですか? と自問自答するうちに呼吸も上がらず(少しクラクラしたが)シャバーサナ(最後の屍のポーズ)に移った。


「迷いがあったらご自分の内側に入っていきましょう」とTERU先生がおっしゃった。その言葉もすごくいいのですが。そうやって身体を動かすことで、気持を解放する(「気持が身体によって不自由になっていませんか?」という意味のこともおっしゃったのです)のは、最近の自分にとてもよいことだとわかった。

マットの上に敷いていたバスタオルは自分の汗ですごい重さに変わっていた。水をすこしづつ飲んでからプールで運動を続け、その建物のドアを出た。
5月26日(木)

今日の一押しは渋谷にて量販店に地デジ対策のこころみだった。アンテナ見積もり予約を取り、ついでにチューナー1台、TV2台を購入し無理してチャリで持ち帰った。


私の住んでいる地域一帯は恵比寿ガーデンプレイスの電波障害でサッポロビールさんがいままでイツコムさんにお金を払ってくれていたのですが、7月の幾日かからはもう払ってくれないことになったのです。だったら立てちゃいたいですね八木アンテナ。電波って少し曲がるって本当ですかな。f0204425_0331836.jpg



だんだんと季節が変化して、去年の一番つらかった日々を思い出して来ている。
去年の今頃、i-potが発売され、約束のアップルストアに私だけが行き、相手さんがケロッとして家にいた思い出。区の歩こう会に一緒に参加した思い出。それらの場所などが記されたカレンダーを目にすると、もう自力で息が出来ない感じだ。馬鹿みたいですけど、、このところ毎日毎日そんな感じなのです。