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1月29日(土)

そろそろ終盤。しっかり中弛みもあったりして。それで一気に強行課題も出ました。授業中テレコで録音した素材を記事に、です。無職の私は何とかなるかな、テレコの調子いいし。私だけがカセットテープのテレコ。IC持ってますが自分的に再生作業にはキツいのです。


クラスが引けた後、定例の飲み会、表参道では珍しい中生ビール210円、ウーロン茶よりお得な「中西」。会費2,000円平均です。昨日も3階の半貸し切り、壁側の外人20人グループは「在日外国人現代美術作家様ご一行」という変わり種のお客様でした。私はタバコの煙に追われる難民で、あっちこっちのテーブルに流浪しました。そうか! それだね、って今頃わかった。初動に問題あり。最後2回はきっともっと楽しい。


その後サッカーアジアカップの番組を付けていたので寝足りない。それにチョイ付き合ってた犬も毛布の中で朝寝していた。
クラスに出て来なくなった受講生さんたち、少し気になる。
1月29日(土)

家族が風邪なので週末の掃除を1階と2階、つまり二人分終えた。ヨガのクラスに出て、昼食を済ますと6時半に表参道に行く用事まで、小1時間が空いた。やっと本文を書き出す事が出来た。以前の書き出しはタイのアパートの出来事だった。何かのきっかけで相手さんが別人になってしまう場面だった。それはそれでインパクトが強いのだが、「死」という終焉の網で被った場合、その部分はすでに潮が引いてしまっている。「ああ、あんな事もあったなあ」という程度に。


なので今回は「死」を知ったところから書き始めた。
その日私と犬は安アパートのドアノブを回し、そのドアノブが私たちに何も予告しなかった。ぞれ以前はあんなにも雄弁だったのに。そのノブの向こう側にあるのは「性愛か逆鱗か、無視か安堵のどれだろう、あんたに分かるかな?」という風に。
でもその日、そのドアノブはひとり苦渋に満ちた表情でいたのかも知れない。何も語ってくれなかった。室内の葬儀用の花束ほどに雄弁には。それは区役所の弔意かと、最初に思った、かいつまんで書くとそんな内容だ。


そして後は時系列なのか、その時のキーボードと指先が決めてくれる(といいな)。今日はそんなとこで、出かける準備をしよう。今日の宣伝会議編集ライター妖精、じゃなかった養成講座上級編プロフェッショナルなんとかかんとかは、インタビューの実践授業らしいです。テレコテレコ。
1月28日(金)

f0204425_23440100.jpg今日は今年になって3回目の日本語コーチだった。1月14日、1月21日が第9回目、10回目だとすると、今日は11回目のような気もする。正確ではない。前回からひらがなの勉強がはじまり、たったひとりの生徒さんはタイトルの「あいはかおのうえに」という文言を別のクラスで習った事を私に説明した。この中には母音と助詞がすべて入っているらしい。でもなぜ神様?


後半は久々にキリスト教の説教になった。しかも自動的に。
それは「へび」と言うひらがなを私が読み(「のこぎり」の時、その意味は通じたが、私がソー・シャークの事を指して「ノコギリザメ」もいると説明したが、彼はハンマーヘッド・シャークの事しか頭に無くて、そんな生き物は存在しない、と主張した)、耳で聞いてもその意味が「わからない」と言うのでジェスチャーで当てさせた後「私はヘビが好き」と付け加えた。
「おお! あなたはエバみたい」と言い創世記の話を始めた。

ーヘビがエバに善悪の知恵の木の実を食べるようにそそのかした。二人が食べてアダムは大変な感情に支配された(その詳細の英語も日本語もよく分からなかった)。エバはお腹が大変痛くなり、出産する運命を得た。労働の苦痛も背負う事になった。しかも二人は天国から追放された。ー

私たちは今、天国にいない。天国にいるのは神のみである。世界は精霊(ホーリースピリット)と悪魔(アクマン/彼は「AKUMAN」と書くので私はいつも笑う)によって支配されている。目に見えない空間で両者は常に戦っている。私の心の中の悪魔を追い出し精霊を招き入れたい。それがお出来になるのは神のみだ。だから私は祈る。アーメン。


というお話でお終い。そこで私はきまってスターバックスコーヒー店の2階トイレに向う。
どうかあなたに神のお恵みを(私はクリスチャンではない)!
1月28日(金)
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研修、と言っても私個人が勝手に施設担当者にお願いして、面識の無い先輩ボランティアさんを紹介して頂くというだけの事だったが。紹介の前の1時間、私は10メートル程離れたソファーに座り、その方と入所者様のやり取りに耳と目を集中していた。後でお聞きすると、私を面会の家族かと思われていたそうだ。


その方は私自身が傾聴ボラを行うフロアとは違ったフロアの通路のソファで、車椅子の老婦人と対面されていた(私は皆さんのテーブルの中に混ざる方法)。その方は見学させて頂く価値を十分お持ちだった。


大変親切な方で、終了後にお話を半時間程伺う事も出来た。
「こういう事は初めてでしたので、よろしかったですか?」と玄関で担当職員が挨拶した。十分だった。


何故なら休憩室の中でその方は、バッグから手帳を出して私に見せてくれた。日付と面談者名、その方の述べ回数が簡単に記されていた。「あら、30回じゃなくて44回目だったわ」とおっしゃった。44回も同じ話をされるのを、まるで初めて耳にするように聞いている、という。44回「家に四角いお風呂が欲しかったの」という話を聞いている。そうしたら、もしかしてこのホームの廊下には四角いお風呂が44個並んでいるのかも知れない、と私は想像した。素敵な光景に決まってる。
1月28日(金)

大変私的な出来事だが、昨日息子が自分の会社に対して退職の意思表明をしたらしい。その後風邪が悪化して今日は有給を取って寝ている。「エネルギーを使い果たした?」「いやいま会社ですごく流行ってるんだ」お大事に。


f0204425_9564651.jpg滋養の朝食を用意して、その後私のダビングを指導してもらった。無事に2本分のDVDが出来上がった。ジムに行く前に昼の用意を終えようとすると、ガスレンジの黒いパッキンに長年溜まった油滓が気になった。カニの肉を食べるための柄の長いスプーンを使って汚れを落としていた。昨日は普通のスプーンを使ってレンジの鉄の部分の汚れを削ぎ落としていたし。私はそういう仕事につい熱中してしまう。犬の毛玉取りとか、、。昔は自分の髪の枝毛探しとかも。


会社勤めの経験も自分で決めた退職も、今後の職探しも私にはあまり関係ない。私は私、人は人だ。マイペンライですな。
1月27日(木)
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月の第4木曜日の午後は昨日と同じ特養老人ホームのワンちゃんボラなので、犬を連れて今日もそこに行った。昨日の犬の失禁と食欲不振が懸念されたのだが、出かける直前に朝ご飯を口にしたのでOKと見なした。


若い主婦のようなメンバーが3、4人いた(平日昼間なのだから主婦かな)。入所者さんは7、8人。犬ボラの一人がある入所者さんに「えっあの何歳ですか?」と聞くと「私? 90歳よ」とお答えになった老婦人がいらして、その方は大層愛らしい。「このかた可愛い!」とボランティアさんのお一人が何度も笑う。私もそう思う。丸顔、終始溢れるような笑顔で色白で綺麗な頬をされている。今日は小型犬数匹に混ざって、珍しくとても大人しいゴールデンレトリバーが一匹おり「抱っこします?」と聞くと「怖いわ」とまた笑う。「じゃあ私を抱いて」とそのボランティアさんが擦り寄った。とても自然で好ましかった。それって同性だから出来る事、と思った。それとその方の資質だ(あっ資質ってやっぱりあるんだ)。


家に戻ると犬本人も「さっきワタシ頑張りましたでしょ、仕事」という風に甘えて来た。いい子だ。割合いい仕事をした。
けれども今夜もフローグリングに失禁した。f0204425_20412855.jpg
(写真は通りすがりのステキな老犬ちゃん)
1月26日(水)

びっくりした。
この方をお持ち帰りしたい、そんなご老人がいらした。
新しい入所者様のようだ。車椅子が寝椅子のような傾斜に倒れていて、そのまま私たちのいる6人掛けテーブルに治まっていらっしゃる。80歳はとうに越していらっしゃるのだろう。日本人離れした深い掘り、深い哀しみと疲れの中に墜ちているご様子だ。色々な不自由が全身を縛っている。どのような人生を送られ、その後この場所に到着されたのだろうか? 


それにしても、もし故人が命を落とさずに、20年30年存命してくれたら、きっとこの方がそうなのだ。
私は凝視した。失礼だとは承知で。職員さんたちに分からないように、と思いながら。ハゲていて周囲の少しの髪が伸びた状態の頭部。欠け始めた月を横から見たような面長な顔。窪んだ両眼の位置と、白髪の混ざった顎髭。鼻が高い。しかし、、、微動だにしない。


「XXさん、お風呂入りましょうか?」
同意されたのだろう。そのまま寝椅子のような車椅子はTVのあるホールから姿を消した。
夢のような一瞬の出来事だった。


数十分が経ち、その同じ紳士が再び運ばれて来た。何か質量が半分になってしまったような感じがした。TVの前にいったん置かれた。微動だにしない。こっそりジロジロと私は視線を送った。着ている服は寛いだ雰囲気のジャージでとても地味で質素だった。スリッパの中に靴下を履いた足が何の主張もせず収まっている。でもすべてのそうした行為はテスト時間中のカンニング行為に似ていた。


だって私はこのホームにボランティアをしに来ながらも、どこか「余計なお世話をしている」という感覚があって。それに輪をかけたようなカンニングだったのだもの。


気がつくとその男の人は、スタッフによってまた別の何処かに運搬されて行ってしまった。いつもの私たちが残った。きっと夢の中の出来事だった。
1月26日(水)
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お二人の方に接した。最初の方はいつものHさんで、珍しく一人TVの前にいらした。
「Hさんお話のボランティアさんが見えましたよ。お話します?」と男の職員が尋ねる。反応がない。
「じゃあ、一緒にTV観てます?」頷く。そして私たち二人は朝の韓ドラ女優の演技残り15分程を観た。その前に私が自宅のPCから取り出して切り取った小さなジミー・ディーンの写真を手渡した。「何よ」と怒った声が聞こえた。手に持っていてくれた。しばらくすると彼女は聞き取り難い発声で叱責を始めた。「あんた歯を治しなさい!」最初の言葉を理解するとすべてが耳に入った。「えっ歯ですか?」「すぐ歯医者行きなさい。ヘンよ!」「ヘンですか?」「歯医者行きなさいよ」「何処ヘンですか?」「出っ歯!」「そう、、ですね、治すのにお金かかりますよ」「しょうがないでしょ。早く行きなさいよ」ヘビ姫様に睨みつけられたイタ公ごとく私はその場から猛ダッシュで歯科医院に駆け込む必要に迫られているようだった。分かりました、そうしますっ。丸椅子を手にして架空の歯医者に向った。


次の話相手はYさんだった。二コニコされた方だが、笑顔の下に秘密の絶望と悔恨を埋め込んでいた。「取られちゃったのよ。子供がいないから」発語障害をお持ちなのだがその一続きのフレーズは理解出来た。その同じ話を数十分繰り返した。私の合づちなど最大に無意味だった。最後近く「子供」というキーワードがとんでもない話題に転移した。聞き間違いかも知れないが、、。「これから5人子供を作るわ」そう聞こえたので私は大笑いした。「ええっ!? ハハハ、、お相手は誰ですか?」
歌集をめくって『鳩』を私が歌うと、ワンフレーズ遅れて彼女も続いた。「みんなでなかよくたべにこい」という所を平坦な調子で勢い良く歌うので私はまた大声て笑った「おおYさん! まるでラップですねソレ!!」


すでに昼ご飯のサービスに向けてスタッフがエプロン姿になっていた。私はHさんに再び挨拶に行った。歯医者の話は無かった。掌を握り返す迫力ある力を感じた。ご自分のテーブルの足元に今日持参したジミーの写真が落ちていたので、私は屈んでそれを拾い他の写真の脇に挟んだ。もう一度握手をしたが、今度二人の手は彼女の額に接していた。私の額も自然に近づいた。


今日、私の脳をノックアウトしたのはこのお二人ではない。
もうお一人、一言も言葉を交わさなかった方の単なる容姿だった。
(つづく)
1月26日(水)
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今日から3連チャンで認知症ボランティア週間ですの。
1日目で疲れ果てた私です。午前はいつもの特養老人ホームでの重度認知症入所者様の傾聴ボランティア(詳細は後日記事にします)、午後は在宅介護をされていらっしゃる家族の方々を支援する会議のような集まり。私自身は別室で、1名だけ参加されていた軽度の認知症ご本人と過ごす役割のボランティアだった。


午前の傾聴ボラは1時間強だったが、午後のそれは2時間半の長さだった。私は1時間の遅刻をして、この長さだったのだから遅刻などしなかったら3時間半の間、1対1のお付き合いというNPO主催者の手順になっていたようだ。この長さはどうだろう。「娘はもう帰っちゃったのかしら」「いいえ、まだいらっしゃいますよ。ご安心ください」塗り絵の紙を全部カラフルに仕上げてしまった私たちは、デジカメの動画を見せたりもして、そんな雑談の合間を補った。


やっとこさ会議がお開きになり、いったん家に帰った私は再び同じメンバーの新年会に出た。現役介護者3名とボランティア数名が参加した。徒歩で帰ると道々ケイタイに着信があった。「大変だ、早く帰って来い、、」 


家の犬が「淋しシッコ」を大量にした、という電話だった。
散歩の後にもかかわらず、息子のベッドの掛け布団がぐっしょりだった。客用布団を押し入れから出し、汚れた布団を湯で丸洗いをした。するともう1カ所、和室のクッションもぐっしょりしている。何と言う事だ。15歳半の老犬の下の世話が今日を持って開始されたのかも知れない。他人様のお世話より身近な1匹、という話かもだ。


寝る前にいったん庭に出して慎重に最終オシッコをさせたがなかなか戻って来ない。すると口の中に魚の骨のような臭いと滓を溜めていた。失禁に加えて奇行ですか、、。犬にしろ人にしろ老化は謎に満ちている。 
1月25日(火)
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別に今日この作業を行った訳では無く、少し以前(変更日を見ると1月10日)に順を誤って済ませていた部分だ。2008/09/02から2008/09/23の数週間分。読み返すと辛い。


お金に行き詰まり(その事は話してくれなかった)、体調も余りよくはなく、精神的に安定しない。私は翻弄されている。私は相手に謝罪し続けている。そんな事をいくらした所で攻撃の対象から決して外れない。


お金に相当行き詰まり、無理は承知で工事現場のガードマンの仕事を始めている。それでも不思議な事にセックスを含めたデートを続けている。シーツにはいつも淡い血痕が不定形な面積で残っていた。


ごく最近の私は、自分のこれから先に書く小説の構想がどう見えて来るか、に関心がある。今朝、それがわかった。情景だった。
98パーセントが情景で、私一人が見ているものだ。その中で最も意味を為す風景とは「自宅から相手のアパートにチャリで向う時の、左右や前方や遠景に拡散しつつ流れる道路の景色ばかりだ。心をギリギリと痛く縛ったり、気紛れに解き放つ。まずはそれを書けたらと思うのだ。


相手は必ずしも頻繁に登場する訳でもなく。何故かと言うと、会っている時間は、以前もそうだったが紛れもなく少ない。会っていない時も「排除されて」いた。ずっと「待機している」だけだった。私はいてもいなくてもいいというのとは違い、相手に取って最も「不必要な」存在で、1秒1刻も同所的に存在すべきではない(と告げられる)。しかし気が向くと声が掛かり(それを心から待ち望んでいた)、会いに行くと酷い暴言を浴びた。


その場所に向って、どうしてそれが出来たか説明し難い方法で私はチャリを漕いでいた。