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7月31日(土)

途中、素敵な一本の樫の木に出会った。
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霞町教会という場所があった。一匹のネコが寛いでいた。
「ご自由にお持ち下さい」と積まれた書籍があり”New Testament Bible”という書名だった。
目次の前に「折にかなう助け」とあり「助けが必要な時、ここを読んでください」とも記されていた。すると真っ先に「愛する者が亡くなった時」とあり、『マタイによる福音書 5章4節』『コリント人への手紙第二 1章3、4節』が選ばれていた。
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六本木という場所は不思議な空間がある。私はまだ多くを知らない。
7月31日(土)

午後、四谷のメリノール宣教会に行った。4時開始の少し早めに着くことが出来た。私が時々行くBBF(ビッグブックファミリー/アルコールと薬物依存症者の家族と友人の会)。
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「今日は早いですね」と一人が言った。「ええ」と笑った。お茶の用意を手伝えない理由を言った。
「すみません、することがあるので」と。
ソファに座り8枚あるユニセフのシール(それには氏名と住所が印刷されている)の余白にケイタイ番号とメルアドをボールペンで記入していた。そしてチェアマン(女性クローズドなのでウーマンだった)たちに自分は今日から休むので挨拶だけで帰る旨を伝えた。
そのうちの一人には「彼」が「死んだんです」と告げた。


「話はいつも苦手なのです」私は簡単に10分間程度話をした。
「こんな私と5年間付き合ってくれて感謝しています」と結んだ。
その前に「愛情は、私が100で相手が1くらいのカップルでした」とも説明した。だから「こんな、、」という。「皆様にお会い出来たことの感謝」を最後の最後にした。
ユニセフのシールはチェアマンに預かってもらい、頭を下げ部屋を中座した。
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教会を出るといつもの風景があった。
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乃木坂トンネルを抜けてみた。
トンネルをチャリや徒歩で抜けるとき、たいてい特別な感情が湧く。
(つづく)
7月31日(土)

「彼の苦しみは終わった」そう書くと不思議な気持になる。


言葉として「とにかく彼の苦しみは終わりましたね」と誰かが私に言い、「そうですね」と答えるのと少し違う。そうですね、その通りですね、そう言う意味ではよかったんですよね、云々。


「苦しいの?」「どこか痛いの?」と聞くと「ううん、ただ酔っぱらってるだけ」と電話で答えていた。「、、じゃあ、、、」と次の言葉が見つからない。「一日置きに電話していい?」と聞き「いいよ」と答えた。ある時は「電話しないで直接来てもいいからね」とも言っていた。一日置きが二日置きになってしまった時に、、、、、亡くなった。


彼の苦しみが「終わった」ら私の苦しみが「始まった」。
(彼の苦しみとは私に向けられた攻撃の何百倍もの威力が彼自身に向けられ続けた苦しみだ、と昨日分かった)


でも、たぶんそんなことは死んだ彼にとって「(あんたがオレの死を苦しむかどうかなんて)オレには興味のないこと」だ。だったら馬鹿馬鹿しいかも知れない。


「謙虚」になるって、傲慢になることかも知れない。
「はいはい、お疲れ様」という挨拶とか。
「私はだいじょうぶだから」という笑いとか。
「フン! アル中め、冥土でも飲み過ぎないでね」とか言えると、、、。
7月30日(金)

宣伝会議の一つの講座をショッピングカートに入れた。
その前に、ふと「修了生割引」の事を思い出した。9万円以上支払った人が条件らしいが、私は既に3本の他の講座を受講していたので、20〜30万払っていた。そこで入学金の1万円が差っ引かれた。


午後6時に今日カウンセリングの予約が取れていたが、そこに向う途中、チャリ屋で後輪のブレーキパットを取り替えてもらいギリになった。
「あなたはこれからどう生きて行くのですか?」この質問に実は詰まった。「普通の人は何て答えるんですか?」というお馬鹿な逆質問をしていた。


今夜のセッションで一番気になったことは、一つあってそれをここには書けない。


少しだけ楽になった気がした。
重たい部分は重たい部分でそもそも沈み鈍く広がったままだけど。
でもこの時間を得たことはありがたい。
だって気付くことって自力でないこともあるのだ。時々だけど。


それとは別に、今日私のケイタイに友人さんからのi-phoneの着信があった。死んでる人がケイタイをした!? モチロンそれって、ご親族が間違ってかどうか、、、操作したに決まってる。


けれど、そのディスプレーは突然私を幸福にした。
私はずっと友人さんの着信表示を見ては精神的に「イッテ」いた。
大好きな男からケイタイが来る度に。
そんな想いをくれた男だったのだ。
たった5年間だけど、私にとってそれは一生分くらい長い時間だった。
7月30日(金)

相当嫉妬深い女なのかも知れない、と思う、自分のことを。
もうとっくに亡くなった、アルコール依存症だった元カノさんと、最近亡くなった友人さんが愛し合っていたかどうか、まだそんな風なことを考えている。


「最初の2、3年はね」淡々と答えていた。
それで、いいんじゃないの?
どうして、その答えで不十分なんだろう?


「一日に菓子パン1個しか食べていなかったんだぜ」
その話は、何十回も聞いた。


「ねえ、もしかしてその人って連続飲酒してたんじゃないの? だって今の△△と同じだよ、食べないのは」
ごく最近の私はそんな事を相手に言っていた。
何も答えなかった。


「まっすぐ歩けないんだ、あの人」
「ついててやらないと」
どうしてそんなに親切だったの? 私、自分に対してはその親切、一度も見た事ない。
「あんたは健康だ」
そう言われても、、、悩んだ。



「最後にすぐ来てと言われたのにそうしなかった。××ちゃん、あの人今頃死んでるんじゃないか、って思っていた」


私はそれらの話を半分聞き流していたのかも知れない。
半信半疑で。
かつては想像も出来なかった。


今は違う。
本当に心配だったのだと思う。
彼女を愛していたのだと思う。
つまり、、、彼なりの特別な方法で。
だって愛のかたちなんて、人間の数ほどの種類があるでしょう。
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7月29日(木)

朝4時半に起きた。5時に朝食を取り、それはトーストしたパンにバターを塗ったものとコークだったが、6時前の電車で小田原駅に向いJRに乗る。
f0204425_0505774.jpgそこから元箱根行きの1番バスで宮ノ下で下車した。富士屋ホテルの辺りで少し雨が上がったような錯覚があり、浅間山に向って登った。頂上付近だけは雨が止み、また鷹巣山の頂上付近もそうであった。他は豪雨に近かった。それでも草花の写真を撮りながらR1に向って降りた。途中1ッ箇所、精進ガ池の休息所もありがたかった。バイパスを行くバスで小田原に出、新宿経由で家に着いた。午後1時半であった。


山の自然が私の一部分を治した。f0204425_052271.jpg
f0204425_0512728.jpg私は20代の頃、山に親しみ、それ以来独りで歩くタイプであった。何か別の新しい事を試みる時もたいがいは一人であった。相談する人が近くにいない時、山の自然が私を真っ先に癒した。地図を見る。そして歩きに歩く。

話す事、それも同じように大事だ。



昨日会った知人(「彼はあなたに決して一緒に来てくれとは言っていないわよ」と私に言った人だったが)はその日私にこう言った。
「話し相手、なくして淋しいわね」
「ええ」
そう、確実にその人の言う通りだった。
お互いが「話し相手」だったのだ。


ジムを少しして夕食も軽く口に運んだ。南青山にチャリで向った。
農水省所管の『南青山会館』に集まった120名の若者に宣伝会議は「コピーライター養成講座」を勧めている。しばらくはそこに身を置こう。
たぶんそうすることで「話し相手」にはならないだろうけど。
7月29日(木)

ベランダをスリッパで出て、手すりの上の灰皿を使っていた
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「あ、隣の家のクルマまだあった」
「そう? コペン」
7月29日(木)

さらに写真だけ。
小田原駅ホームf0204425_15494312.jpg 
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決まって『箱根そば』だった








さらにそこで決まって飲むお酒 
7月28日(水)

その後で一応祭りにも行った。
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その後、と言うのは、情報センターに寄ってブログの更新を行い、たまたま隣にいた男性から自分のケイタイ番号を書いたメモを受け取った後のことだ。それはしっかりとした太い鉛筆書きで、もらったすぐ後で私は無意味な笑みを浮かべた。


今日残念なことは、友人の最後に近い撮影作品がゆうパックに入って来てここにあるのだが、素人眼にも見劣りすると言う点だった。
どうしてなのだろう。


タイ国の出家僧の日常を写した興味深いテーマであるはずなのだが、、、。


追記として、いくつかの写真があり、今日寄った芦ノ湖ピクニックランドという所のドッグカフェの看板犬、それと景色。
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7月28日(水)

書き始めの順は逆になる。

「兄の斎壇の部屋でどうぞ少しでも一緒に寝てください」
札幌のご親族から電話があった。四十九日に同席しても、、、という信じられないほどありがたい言葉だった。


それと。


「まあ!! ですけど一緒に来てとは絶対言ってませんよ彼は」
この土地の知り合いがはっきりした声で私に言った。つまり、天国とか地獄とかいう意味だろう。


「で、見せてください。それどうなってるの?」真鶴駅の階段を一緒に降りながら私の犬の袋を覗き込む女性がいた。小田原からのJRで向かいの席に座っていた。職場の同僚のような女性と二人で。いつも何人かの乗客は私の犬に気がつく。


「うちのも同じですよ。黒のプードル」と話しかけてきたバスのドライバー。緩やかな話し方の男だった。今日は大涌谷経由で箱根園方面を往復した。


私の場所に戻ると、少ししてゆうパックが届いた。配達の人もまた感じがよかった。
「汚い字ですね」恐縮して私が言った。
その私のサインを「大丈夫!」と判定した。
もうすることと言ったら、家から持ってきたUSBをテキスト専用PCに落としたので、それを清書するとか、そういったことだけだ。


祭りもまもなく終わってしまうようだ。