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3月31日(水)続々

薄紙一枚を挟んだようなキスしかしたくなかった。
私が言った。
「私って、親戚のお姉さんみたい」そう、だって何かをしてあげることに夢中になれない。

「どうしたの?」
暗い表情の私に話し掛ける。コインランドリーを3往復し、掃除機をかける。もうたくさんだ!


「精神障害者だって介護保険でヘルパーさんに週2回、来てもらえるんだってさ」私が言った。別に何の反応も無い。
もう、たくさん。イナッフだ。だって、、、。
3月31日(水)続

「来てくれなくてもいい、、、」
「どっち?」
「来てくれれば嬉しい」
「、、そう」


「ベッドで寝てる」と2回言った。
(君は)何してるの? (自分は)ベッドで寝ている。だから? つまり自分は、家から一歩も出られなくて(酒とタバコを買いに行く時は別)、そのことを電話で私に伝えたい。
ベッドに寝てて家から一歩もでられない自分を。この世界のどこかに示したい、例えば私の脳裏かも知れない。それしか思い浮かばないのだ。悪いことではない。


精神科外来に関しては私の範疇に無い。


ちょっと昼食後のデザートを食べ過ぎてしまい、、、、小休止してからにしよう。
3月31日(水)

階下の模様替えをした。
カメの水槽を居間から和室に移したのだ。
家具の上から床のレベルに降ろしたので水取替が容易になる、と飼育係の息子が説明した。水槽の移動に伴って他の家具の配置も若干変わった。見慣れないのは数分間ですぐにそうでなくなった。不思議なものだ。空いたスペースに父の素描の額やガラスやプラスチックで出来た小物をざくっと配置した。

その間中ボブ・マーリーが楽曲を刻んでいた。
これで朝の数時間が過ぎ、後をどう過ごすかは自由になった。
3月30日(火)

私は今日何人の人間と話を交わしたか。

一人目、自分の息子。朝食の内容を聞かれそれに答えた。会社の様子を聞いてその返事をした。ある力士の言ったジョークの話をした。ロシアの自爆テロの話をした。出かける挨拶を交わした。
二人目、スポーツクラブで知り合いにプログラムへの誘いを受けた。マネージャーにジャグジーが非常に低温だと告げた。別の知り合いと閉館後の事について話した。総菜屋にある種の天ぷらが出来ているか聞いた。近所の犬の飼い主とその犬の年齢について話した。


友人が電話で〈深い孤独に少しだけ愛情がブレンドされた〉会話をくれた。予定を伝えた。


もう何人目になるだろう。

地先の工事現場の作業員に挨拶をされそれに答える。ある場所のカウンセラーと受付の人に挨拶を交わし、セッションを持つ。眼鏡屋に寄り、店員と調整に関して喋る。桜並木を見ながら目黒川添いに走ると犬の飼い主に話し掛けられる。自分の犬の年齢を言う。中古屋に寄り、商品を購入する。彼は客に厳しい態度の店長である。しかしまとまった金額の商品を購入したので途中から機嫌が良くなった。


その先の別の中古屋ではまったく逆にいつも機嫌のいい店員がいて今日もオマケをしてくれた。会話は非常に短い。店にいる間に自動車保険の会社から年度末で担当者が変更になったという挨拶と今後の見込みに関する電話があった。


何人でもあまりどうでもいい。

地先の工事現場の作業員がおかえりなさいと挨拶してくれた。家の真ん前なのだ。もう片付けの時間になっていた。電話が今かかり、ファイナンスの関係の話があった。今週の予定を作った。これで平日を含め、来週頭までの予定が大体整った。


今日という日の間で一番話をしたのは(カウンセラーさんは別として)私の犬である。
最近は梅干しのような瞳をして寝入っている。
大事な大事な年寄りのお嬢ちゃん。
3月29日(月)続

それは決して本質ではない。
先に書いた日記記事は表面的なことがらだった。
愚かしいハナシだ。


昨夜、私は真鶴町情報センターにいた。
静かな室内でケイタイを取った。
「今どこにいるの?」部屋のドアに向って歩きながら小声で尋ねた。
「家さ」
「いつでも来れる様にドアを開けて電気もつけてあったの、、」


午後5時半を過ぎると、有害フィルターを解除する権限を持つ職員が帰宅してしまい、ブログの更新が出来なかった。その事が分かる前に実際記事をつづっていた。その内容とは、、。


ひとつは、こっちに来てオソソをしてもいいし、バスルームが垢だらけになってもいいから「おいで」と待っている気持。もうひとつは、一日前、つまり土曜日のスポンサーミーティングで配布された『日々の棚卸表』を持って来るのを忘れたので、あるサイトからそれを取り出し、紙と鉛筆を借りて写していた事を書いた。無駄に終わったのだけれど、実はそうでもなかった。今、ちゃんとそれを思い出したし、こうしてここに書いている。


さっき、今度の土曜日に美術展を一緒に見に行こうという、別の友人の誘いに優柔不断な返事をした。「すみません、今私、とても予定が立て難い状況にいまして」
つまり、その日はルームクリーニングに行くのかも知れないし、そうしないかも知れない。


本質的な事はたったひとつ、別の場所にある。
3月29日(月)

またあの中古屋に寄り、今回はアメリカ製椅子を一脚購入した。メインのその買物以外には収納家具やらバッグ、刺身皿と醤油小注皿セットも買った。「5時前にあなたの所へ配達するわよ」と言われ、4時55分から5時15分までマンションのエントランスで犬を抱えて待った。待っている間、すごく寒かった。
「ごめんなさい、お客さん来ちゃって」と、遅れた女主人がクルマを留めた。
そう言えばその買物をした時、彼女はこう言っていた。
「全部合計するとピッタリ3千円よ。あなた、頭は良くないかも知れないけど勘はいいわねえ」よく分からないが、誉められたようだ。


翌朝、6時台に起床し家を出た。最初、犬はまだ布団の中だったが、電気を付けるともそもそ起きて来た。6時50分台の沼津行きに乗り、湯河原駅から7時すぐの「大丁橋」行きバスに乗った。一日たった1本しかない。そこから十国峠までハイキングした。1時間半程度の道のりで、後半は小雪が降っていて植生が白く化粧していた。笹の広場から姫の沢公園を降りた。


熱海駅に着くと、まだ昼時だった。マクドでご飯にしているとケイタイが鳴り、その日の帰りがけに友人の場所に寄る事になっていたのだが、何時頃になるのか、という内容の今日2回目の電話であった。「3時頃だと思う」と私が答えた。3時半に着いた。「週刊現代」とオニギリ1個を頼まれた。オニギリを合計2個食べてくれた。「後で食べる」と言うのを「目の前で食べて欲しい」と言うとそうしてくれて、しかもわざわざ「美味しい」と2回も言った。


「もう4時だよ」友人が言った。
少しややこしい話をしていた。
わたしは質問した。「最後はどうなっちゃうの?」
「最後って?」
そこには二つの意味があった。お酒を飲み続けて最後にどういう風に死んじゃうの? という質問と、ずっとお風呂に入らないでいて最後にどんな風な姿になっちゃうの? という質問の二つ。取り敢えず二つ目の方にした。
「お風呂に入らないでいると、、、痒くなったりして暑くなってベトベトして気持悪くなる?」
「ああ、寝汗はかくな」


付き合っていて、限界に感じる現在の要因は「不潔」である。
誰もがある程度はそうだと思うが、私はたぶん人一倍、その事に苦しむタイプだと思う。街でホームレスに会うと、しっかりその臭気を嗅ぎ分けたり、足の裏や衣の汚れ具合をチェックしている。無意識にそうしてしまう。そういう人たちが世界に多い事に関心があり、実際心を寄せる部分もあるのだが(つまり大金持ちよりは! という意味で)、不潔である点だけはどうしても相容れないのだ。


だから、今日も臭いが特に弱くて、気が動転してしまいそうだった。視覚的なものは、、、悟りの境地に接近しつつある。臭いは、、、。糞便の臭いがそこはかとなくして、、。しかも今日は「ハグしよう」と私が誘った。寝起きにズボンを履く時、二本の脚の筋肉がすっかり落ちて細っそりしていたのが見えたのだ。


「困った坊やちゃん、、、」
しかし自分のコートの表地にその異臭がしっかりと付いた気がした。考えてみるとお風呂に入っていないのは、1週間かそこらなのだから、それはたぶん、お酒の体臭プラスオソソをした関係の臭いなのだと思った。


その病気の症状を批判している訳では決して無く、そこをすうっと離れたい気持になる自分がとても残念なだけだ。
3月28日(日)

「先に行ってて、夕方行けるようなら行くから」というメッセージがあった。
午前10時05分。12時に友人の最寄り駅で会い、一緒に神奈川の外れに行く予定だった。
いいよ、それで。そしてたぶんそれから寝ているのだろう。


誰もが「自分の身内(自分自身)の病気が最悪」だった(である)と感じる、そう昨夜のフェローシップで言っていた。つまり個人的な体験を比較することなど不可能であり、そこに最大値を付与する。それでも「聞いて下さい」と私は喋り始めるのだ。「こうこうなんです」「それは重症だ」そう聞いて妙に安心する。


最悪の場合、不特定のAAメンバー2人と一緒に本人を助けに行く事があると聞いた。
ホームグループに私だけが顔を出してみるのも一案かも知れない。


牛乳と焼酎だけだとお腹がゆるくなる、と昨日誰かが言っていた。
解釈不能な世界だ。
口から摂取するというより点滴。
「洋輔さんコレ飲むんだ」
そう、いいんだよ、楽にしていて。
3月27日(土)続

朝7時をとうに回って起床した。掃除、洗濯や雑用を済ますと、私は午前会員なのでスポーツクラブにいる時間は1時間分しか残っていない。そこから戻り、買物を済ました後、遅い昼食を食べると、何と午後3時近くなってしまった。四谷に午後4時に到着していないと。今日のその日は、BBF(ビッグブックファミリー)のスピーカーズミーティングで、少し知り合いで、とても興味深い方のお話が聞ける日だったので。言ってしまえば、その会(正確には、その兄弟のような会の方)を紹介してくれた方が、今日のスピーカーを紹介して下さり、そこを知ったワケだ。やや、ややこしいが。


チャリで、しかしゆっくり外苑西通りと青山通りを往く。間に合った。日が延びていたので、5時を回っても窓の外はまだ明るさを保っていた。
今日のスピーカーの話はとてもよかった。少し知っている人だけに、伝わる力が強かった。ここにその内容をある程度書いてもよいのかも知れないが、正しくそう出来る自信がない。終わった後に、7、8人でコーヒーショップに寄った。


今日の特別付録、それは10分間の休憩時間に、私は隣に座っていたAAメンバーと雑談した。ソーバー(アルコール依存症の方がお酒を飲まない生き方を選び、それを継続している期間)2年半の方で、その方は私にこう言われた。
「僕たちみたいなアル中と付き合っていて大変でしょう?」
最初の切り出しを私は意外な口調に感じた。どう応えたらいいのだろう。


「つまり予測出来ない事ばかり起こるでしょう」「ずっとイライラしてますからね」
ああ、そういう意味ですね。だったら分かります。
しかし、どちらかと言うと挨拶に近い、短い幾つかの会話の後にその方はこう結んだ。


「でも、回復されたら変わりますよ。愛情深く変わります。相手をとても大事にする生き方に変わります。きっとそうなります」
本当だったらスゴい。だから、、、都合よく頭の中にその言葉がそっくり残っている。
、、、、愛情深く変わる。、、、、大事にされる、、、。


それには、まず自分自身がそうしなくては、と思う。まずやってみる。たぶんそれで何も起こらない(変わらない)と思うけど。
3月27日(土)

たぶんスポーツクラブに行くと、すれ違う度にあの話題になる。
昨日が実にそうだった。一昨日〈閉店〉の封書が会員たちに届き、昨日その話題が皮切りになった。


「え、それどこにあるの? △△通り?」
「あなたはどちらに変えるの?」
「皆一緒に移れたらいいのにねえ」そんな積極的な人々は未だ良い。


「なくなっちゃうんだそうですね」というダイレクトな会話は、どちらかと言うと名前すら知らない会員さん同士でも頻繁に行われる。決してそれは大きな声では無い。「いやんなっちゃうわよね」
この言い方は、私の母親の世代に普遍的なのだが、それより若い人たちには耳慣れない。


「まったく、いやんなっちゃうわよね」とか、
「失礼しちゃうわよね」


まるで遠い荒野にひとりぼっちで残されたみたいな淋しさ。
時々そのロッカールームでは「××さん、あの人亡くなったって言うじゃない」というニュースだってあった。でも自分はまだ大丈夫。だって仲間がいっぱいここにいるじゃない。


それはもうこうして毎日お顔を合わせることが無くなっちゃうんですよねと言う淋しさそのものだ。殆どの、そう言った人々は60をとうに超え、多分70、80歳代なのだから、人生の終焉をこんなにアクティブに過ごす世代のまだまだ走りにいる。その〈場所〉が崩れて行くとすると、全く良いニュースでは無い。
6月末日閉店なので、およそ3ヶ月間が残されてはいる。
3月26日(金)

更新するのが遅れた。
今日一日が一片のチーズケーキと一緒に飲み込まれた。
犬に感謝を込めて言った「お利口だったね、お出掛け」そう言う意味の一日、いつもと同じだが。


パンを二つ口にしてから私は出かけた。
アル中で右肩が酷く下部に落ちた格好の歩き方をする50代の男の友人の家に。
訪ねる件を連絡しなかった。ドアの中側から何回か曖昧な返事も聞こえた。むっくりと置き上がり「お酒、買いに行くの?」と聞くと「、、、うん」と応える。無言で私の前を往く。セブンイレブンの前で待つと犬がウンチをしたので、それをトイレに流させてもらう。
やっぱり、牛乳1000mlといいちこ900mlを買っていた。


私は後を歩いた。
部屋に戻り、とても小さなオニギリを作って来ていたので渡すと食べてくれた。
「食べてくれて嬉しい」私が言った。
「何も困っていない」と言っていた。その通りなのかも知れない。


落胆の入れ混じった朝が去り、午後5時に着信があった。
久々の着信だった。それも3回も続けざまにあったらしい。
大急ぎで書け直した。
どうしたんだろう?


ご親族がいらした、と言う。
そのことを私に知らせた電話だった。
私の気弱は何故かそこでリセットされた。
「とても汚い部屋だ、と言っていた」
「そう、よかったね、いらして。心配されたんだね」私が言った。


「じゃ明日ね」と電話で言っていた。
「明後日だよ」と私が訂正した。