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2月28日(日)

津波が何を考えたか、私の予定にぴったり合わせてやって来るらしい。
昨夜、表参道を暫く歩いて疲れたので、今日の散策は湯河原の吉浜あたりでお茶を濁そうと考えていたのだ。
しかし、こんな時は海鳥だって逃げるだろう。
窓の外の降雨、二枚の暖かいブランケット、湿った生きている犬の毛皮と鼓動が朝寝坊を促していた。
津波はともかく、後1、2時間で東京の家を出ると思う。


どこでもいいから(海岸以外を)ブラブラして夕方までを過ごす。
食材は僅かであればあるだけ正解かも知れない。
昨日、東横線を渋谷駅で降り宮益坂を上っていると、突然薬瓶の様な臭気を頭の中で感じた。
今、その時の引き攣るような、自分にはどうしようもないはかない気持を思い出した。
「5時頃着くから風呂を沸かしておいて」と一昨日その薬瓶男が言ったので、その瞬間ちょと「???」と思った。


先週そこ(私の週末用のマンション)にお財布を忘れたので「来週も行くの」と自分の予定を言うと「行けると思うよ」と続けた。
自然な気持なら全然構わない。
私が「高台」で、日々「津波」が到達するというのなら、どうぞたまにここに避難してください。
2月26日(金)続

変更したのはこの程度。
もうすっかりback upは取った。
まず馴染みのword textで。その後htmlのweb archiveを使い、最後に念のためにpdfにも落とした。その間にprint outまでし、それでもまだ削除していない。私は一体何をしているのだろう? と自問自答する。

うーん、こうなったら登場人物に相談してから削除を決めるのかな。
2月26日(金)

トップスケーターたちは凄かった。誰もがそう感じたのだろう。
もし彼女が「感情曲線」を描いたらどうなるのか。
今日の銀をぜひ上部に描いて欲しい。

「ネットが通じない」とオッサンが電話で言っていた。
「金メダルどうだった?」
何か普通に興味があるって安心した。ゴメン。

掃除、洗濯、料理、買物、犬の世話をしながら半日は過ぎた。
世の中には「一日一生」と言う生き方があるらしい。
それだと、今何歳なのだろうか、と思う。

今日、スー・チーさんの上告否決される。自宅軟禁はいつまでだろう。
後1日か2日でこのブログをリニューアルしようと思う。
2月25日(木)

今日のグループカウンセリングは「私の感情曲線」というお題だった。「誕生」から「死」までの時間を横軸に、その時の感情の善し悪しをゼロを中心に縦軸にして曲線で描く。こう説明しても解りづらいと思う。実際、作業は誤差だらけになって口頭説明でかろうじて補完出来る。書き方の一方法として、エピソードをまず点で記し、それをつなぐという方法もあると言う。

私の「口頭説明」それ自体が、ダメであった。二重に解りづらくなってしまったわけだ。

それはともかく、行ってみる価値のある作業に変わりない。
こうして意識的に自分自身をグラフ化や図形化する。めったに無い機会と言えよう。
つまり良い先生と出会えた訳だ。


ところで往きに、友人の家にほんの少しだけ寄った。
家で、このブログをウェッブの姿でプリントアウトする作業に嵌っていたため、やっと全部が終わると(4時に出かけるのが)5時半になってしまった。


「あっという間に帰っちゃうんでしょ?」そう言えば、昼の電話でそう言っていた。
私はこんな風に返事をした。
「え、あの、あっという間に帰らなくちゃダメなの?」
「(笑)」
「(笑)」
結局その通りになった、自分のせいで。
急いで来たので暑かった。ベランダの椅子に座りガラス戸越しに話をした。
私には分からない何かを特別に遠慮しているみたいな気がした。


"ぼちぼち"の人生、と私は自分のソレを命名したのだけれど、それは二つの点で評価された。
現在が良い感情の時期と感じている点と未来が、同様によい風な圏内にいる点。
その中に、たぶん友人もいるのだ。
今日のセッションでは話題に出さなかったけれど。
2月24日(火)続々

「でも日記って怖いもんだな」と息子は笑って言った。

会社から帰宅して、夕食を済ませた息子と一緒に「雲ジイ」の録画番組を観た後、私はその少し前から行っていた母の家計簿の処分作業を続けた(処分など結局出来なかった、ほぼ全部保存)。
さっきの息子の言葉は、死んだ後にこうして遺族に読まれるという事を差していた。

「あんた毎週千円、おバアちゃんから個人献金貰ってたね」と言う私の発言が皮切りになった。「ウソだい、あっお手伝いね」そうか。

交代で音読しては大笑いした。1980年あたりから2007年。
麻原彰晃、阪神大震災、イラク戦争、ホリエモンなども登場するが、何と言ったって私たち家族に対する「心配事」が大部分を占めるのだ。悩んで悩んで悩み抜き、とうとうガンになってしまった。
2007年の8月あたりからはこんな感じだった。

「朝便出る」空欄 空欄 空欄「下剤」空欄「出る」「出ない」空欄 空欄「普通便出る」空欄・・・空欄「BEN」空欄・・空欄「BEN」空欄。

2008年1月4日が命日だから2007年11月18日の記載が「家計簿日記欄」としては最後になる(その他のノート類もあり、大事に取ってあるが)。

それは「自然BEN出る」。

「最後が自然BENとはね!」と息子が言った。

「おバアちゃん可哀想だね」とっさに私が言った。
「どうして?」
私は20冊程の家計簿を年代順に揃えた。
どれもべとべとした感じがした。ここで何かを言うべきだろう。

「人間は可哀想。寿命のある生き物は」さらに付け加えた。
「私は永遠の生を授かったのじゃよ。ふふふ」
「そうかい。よかったな」

そろそろ飼い犬が二階で眠る時間だった。
2月24日(水)続

私にはテレビの無い友人が三人程いて、そのうちの一人は確か、、、アイスダンスファンだった。私がその事に気付いたのは、それらの競技がちょうど終了した時間だった。私自身が女子フィギアを気になった段階でやっとその存在を思い出したのだ。
「TVは買った?」電話の最初の挨拶で私は言った。
「ううん」彼女の生活の方針に変化は無かった。

ライブ放送を一緒に観たかったが、それは彼女のスケジュールに合わなかった。
彼女のための録画をセットし、一人で楽しむ事にした。
勿論ですとも、もともとはそうなのだし。


日本の女子3人の応援を終えた後、夕食の料理を仕上げるために幾つかの食材を買いにスーパーマーケットに行った。調味料、野菜、魚、ヨーグルト、果物など一杯になったバッグを玄関に置いた後に犬の散歩に出た。今ドーナツとコーヒーを持って二階に上がっている。

今日に限ってその店のフロアは柔らかい温かみを私に与えただけだった(普段、ほぼ100%スーパーマーケットの中で私は悲しい気分になる)。真央、美姫、明子の3人が氷上で微笑んでくれたからかな。テレビを持って無い別のもう一人が昨日の電話で優しかったからかな。
2月24日(火)

こんな設定は考えられない。
原因は忘れたが、私はきっと悪い人間だった。
ある人は、、、彼女はこん棒を振りかざして私を打った。
その先に、鋭い釘のような物がついていたのでその部分が恐ろしく、そして悲しかった。

それが振りかざされると、何回か繰り返され、その度に私は叫び声をあげた。

目を覚まして、隣に寝ている犬が驚いて一瞬目を覚ます声を聞いた。
2月23日(火)

ピリオドを打ち損なった。
日記のプリントし始めたので。
まあ4月から8月で本日分終了。

読み返すと、そこにあるのは単に莫大な風景だけだった。
ボーイフレンドの家や精神病院(2カ所は同方向にある)にチャリを漕いでいる時の。
自分を穏やかに受け入れたり、滅多にそんな事は無く、大体は突き放し引き裂き、緊張させるもの。

それでもそれらの風景を私はまだ纏っている。関連する出来事からたとえ多くの時間が流れたとしても、私はそれをずっと纏い続けているような気さえする。
2月23日(火)続

もちろん、まだ沢山あって、それを今朝、歯科医の待合室で考えた。
こんな事。

・「なんで掌が黒っぽんだろう」と言ってそれを眺めていた、私のそれと見比べた
・「体温調節が出来ない」と言って極端に寒がったり、暑がったりしていた
・椅子から立ち上がる度によろよろしていた
・着ていた服を洗濯機で回すと、2度洗いしても真っ黒な液のままだった
・その洗濯物の話をすると「俺を洗濯して欲しいよ」と言った、湯船に一緒に入るとみるみるうちに一ヶ月分の垢が沸き上がって来るのが判った、2人して暫しそれにみとれていた
・「何もする気が起こらない」「眠れない」「食欲がない」と言った、タフな毎日だと思った


・私が言った「アルコール依存症には、コバンザメがサメに付いてるみたいに、一人に必ず一人のお世話焼き係がくっ付いてるんだって」「ふん、そうでもないよ」そう答えた、付いていないサメもいるってこと?
・その日の読売新聞の『人生案内』に「一度キャバクラに行ってから急にエロオヤジになった夫の相談」があった、精神科医が「痴呆症の初期症状で性的にだらしなくなることもある」と書いてあると言うと「じゃあ、俺もそうじゃないの」と言って笑った、それは大量のエロ本に没頭する日々があった事を差していた


・自分の部屋が散らかってしまうことについて話をした、家具にぶつかって転んだ時に肋骨の下部を強く打ったと言った、その時の事は良く覚えていないらしく、2度ほど転んだらしいが、、、、亡くなった元彼女さんのお部屋もそうだったの、と聞くと「自分の寝室はいつもクリーニング屋から帰って来た衣類とかでメチャクチャだけど他の部屋はそうでもない」「家具が倒れるんじゃなくて彼女自身が倒れてるんだ」と説明した
・私が道路のゴミ箱に誤って捨ててしまたウンチの付いた衣類の袋、実は私がその袋を作った、を取り出して廊下の外れに置いた、けれどきっとずっとそのままだろうと思う
・私が道路のゴミ箱に誤って捨ててしまったかも知れない2万円の入った茶封筒を、一つ一つのゴミ袋をかき回して私がもう一度点検している間、私の犬を抱いて道路の反対側に座っていた


・旅行先のベランダと東京に戻ってからの道端で白っぽい嘔吐をした
・「2日以上は人と一緒にいられない」と言っていたのに「もう一日ここにいたい、帰るのが面倒だから」と言った
・「ケンカしなかった、よかった」と言うと「そんな力も無い」と応えた


・ずっと非常に悲しそうな表情をしていた
2月23日(火)

たった昨日のことなのに、何百年も昔のようだ。
「書き残し」というカテゴリの最後(から2番目だと思う、たぶん)にそれを行う。

昨日の日記記事に「書き残し」たこと。
・ウエストが無くなっていた、それとお尻も無くなっていた
・背中を丸く円を描く様に洗ってあげると、じっとじていた
・「もういいよ」という言葉を私は待っていたのに、ずっとじっとしていた
・頭も洗ってあげた、石鹸のままで「いいよ」と言われたけれどシャンプーにした
・髭を剃らなかった
・タバコの吸い殻は100本位あった
・ドライプラムを数個、チョコを2片、豆腐を一掬い、生鱈をほんの一欠片、生ジュースを一口、インスタントコーヒーを1、2杯、翌日も入れて、翌日はポーションを1個、アスパラを1本、グラタンを2匙摂ってくれた、それといいちこ1本、牛乳1000ml
・2回入浴してくれた
・睡眠導入剤なしに数時間熟睡してくれた
・私は財布をその家に忘れて、お金を貸して欲しいというと「そういう関係はイヤなの!」と私の口まねをして、それは演技たっぷりに上手で、それから笑ってとても綺麗な千円札を差し出した
・ジャケットをハンガーに吊るそうとすると、ずっしりと重たかった
・「歯磨きは?」と言うと「3日に一度」という、たぶんもっと全然してなくて、「歯磨きして」と言うと「色々言わないでくれ」と少し怒った
・乾いた洗濯物を手渡すと「別にいいよ」と言った、それはここに置いておくという意味だった
・私はこう言った「お酒がちゃんと止まったら、ここに引っ越したらいいよ」それを聞いて何か考えていたけれど、結局何も言わなかった
(つづく)