人気ブログランキング |

<   2009年 11月 ( 72 )   > この月の画像一覧

11月30日(月)続々

「俺、少しヘンかな?」とオッサンが言った。
「ヘンかも知れない」そう私が応えた。
今日の午後の電話で。

でもきっとそれは自然な事なのだ。
それに害がある訳でもない。
厳密に言えば、つまりジェンダー論とかを持ち出せば、決して対等ではないし、お互いの自然なやりとりから緩やかに高まって行く、一種の緩慢な水路のようなプロセスを逸脱している。だってむしろ決壊したダムのような怒濤を感じさせる。

「今すぐに君を触りたくて触りたくてたまらない」「君の××と××が、はっきりと頭に入っている」でもそれを思い出しているだけじゃダメなのだ。今スグそうしないと、と言う。ずっと、出来れば今スグそしてずっと。(言葉だけ、電話の言葉)

「一晩を一緒に過ごす」にこだわる。(自分は)帰らない。(あんたは)帰らないで。その主張。



これは依存症者の「渇望」という症状なのだろうか。酒への渇望と同じ種類の感情で、自分でコントロール不能に陥っているのだろうか。でも、セックスは相手があることで、酒屋やコンビニで手に入らない。しかも「私」という特殊なラベルの酒らしい。

「いいよ、して欲しい」と私はOKする。

私は、最後までついて行けない時があり、それを説明する時がある。
昨日「ダメだ。命令だ」と言う言葉を聞いた。静かな口調ではあったが、その時は信じられない気分がした。言葉は行為の何倍も私を脅かした。だから「その言葉、怖いよ」と私は言った。相手にちゃんと聞こえたかどうか自信が無い。しかし実際は、そんなに大変な事が起こるという訳では列して無い。


ただ、どこか不鮮明で痛々しく、場面場面が擦り切れた感情の露頭のように思えるのだ。もし私の身体のどこかが、その鉱床であるのなら、好きなだけ採掘していいよ、と思う。(その「畑」で実際何かを「収穫」することもある。時々舌触りの悪いそれを、数本ずつ飲み込むためだと言う)



しかし、いつでもどこでも私に課された非難は、たったひとつ「あなたは依存症者を手助けしていますね」この一辺倒の断言だ。

「わかりません」とこの想定質問に私は答えるだろう。
「そうかもしれませんし、そうじゃないのかも知れません」とか、たぶん。

それは単に、愛しているから、という理由では無い。
つまり過剰な性的欲求(の願望)に応ずるかどうかという問題には、逆に自分が大切にされているか(祖末に扱われていないか)どうかをいちいち確認しながら答えて行くしかないと思う。

そして。
実際そうしていない場所や時間に、私は彼の破れた感情や、使いものにならない理性が散らばっているのを見てしまう。たまには取り残された孤独が、乾涸びてその周りに落っこちていたりする。たまたま私の孤独もそこいらに落ちている事もあり、、。そしてそれらが偶然出会い、ひとつになる。
偶然、は自然だ、と思う。

(やっぱり失敗だった? 書く事って難しい!)
11月30日(月)続

ミルクティーを煎れて、マケドニアナッツをつまんでいた。犬の病院の順番取りを終わり、家に戻る。今朝は悪天候なのでたったの4番目だった。代償としては1時間自宅で寛ぐことが、私の犬に与えられた。

その犬の再診の帰りに、中古屋で耳当て付きの防寒キャップを購入してしまった程の、朝はそんな寒さだった。実は今日は帽子をもう一枚買い、それはぼやけた茶系のチェック柄のハンチングだった。それを犬にフワッとかぶせて隠しながら、ダイエーに寄った。ペット用品も見たが、結局は食料品だけを買って家路に着いた。

朝食はトーストとコーヒー、プレーンヨーグルトだった。昼は箱入りソーメンの最後の束を茹で、ハタハタを3本焼き、小松菜のお浸しとハツの肉を数個、それとウーロン茶で済ませた。それらを犬にもお裾分けした。お汁粉も作った。こし餡を湯で溶いただけだが。外はまるで雪でも降り出しそうな寒さ、と私は思った。

昨夜私は薄いパジャマだけで夜更かししたので調子がいまいちだ。アルコール依存症を恋人に持った、という同じ立場の相談ウェブページを数本読んでいたのだ。釘付け状態のように読みつつも、他人事のようでもある。そこには様々なアドバイスがあるが、基本は自分を大切にとか、その病を理解しましょうというもので的を得ている。これからの人生は大変ですよ、という警告もある。

私はその点において(アルコール依存症者と交際しているという点)漫然と過ごしているようにも感じるが、全体的な相手を視野に入れているのだと思う。関係者の好む「距離」という言葉が嫌いだ。それは一瞬にして近づくが、数分前はひどく遠ざかっていたかも知れない。その点で言えば、普通の恋愛とさほど変わりはない。

今がどういう状態かと言う説明は、ここに書くと簡単に短絡してしまいそうだ。とても特殊であって、文章で書くと、失敗してしまいそうに思うのだ。
11月30日(月)

比較的しっかりとした記憶。起き抜けにメモも取り、それを見ながら記している。

そこは高校の授業現場のようだ。校舎である建物の特異な構造も登場する人々も、馴染みが無いが。全体に広大な敷地に配置され、どちらかと言うと、どこかの独立行政法人の箱物っぽい。

2限続きの授業時間で、他のクラスは一種類を2コマぶっ続けであるので、私のクラスだけは体操と水泳の組み合わせになっていた。体操のクラスが終わった時点で、私は教室にいったん戻ろうとしていた。雨の降っている屋外を急いで通過している。

一巻きの螺旋状をした、黄色で分厚いマットで出来たスロープを這い登り階上に出ると、上部で2、3人の女子が接合部を押さえていてくれた。私は理由があって手に2本の傘を持っていた。1本はビニ傘で壊れていた。もう一本はベージュの安物だった。その後、壊れた方の傘を捨てた。

教室に入ると皆がすでに着席していた。100人以上もいる。映画スターのように背の高い魅惑的な一人の男子が、一番端の通路を一人で歩いている。彼は教師からアドバイスを受けていて、それを着席している全員がうっとり注目している。

「アパートですか? もう決まりましたよ」とその男子が報告していた。
「問題ないです。誰かさんが来て寝かしてくれないと困りますけど」と笑って言った。そして私の左隣に2、3人と一緒に立っている、髪がカールして長めの、ずば抜けて魅力的な女子に熱い視線を合わす。彼女も頬を紅潮させていた。この二人のカップルは、教室の端と端にいながら、全身で素晴らしい感情を顕していた。

それから更衣室に移った。自分たち数名の女子たちは国体の団体戦の2種類にノミネートされているので、忙しいねという話題で持ち切りだ。その中に安達祐実風の女子がいて、国体もいいけど皆で温泉旅行も行こうよ、と言う。「だって、私は皆の水着姿はもう見たけれど、何も着ていないところはまだ見ていないもん」とも言う。

私も水着に着替え終わった、と思った。すると、下着のショーツを履いたままであることに気付いた。紺色のワンピース水着を半分まだ着たまま、中の物を脱ぐのに苦労していた。
=おわり=
11月29日(日)続々

頭の中には確かなものなどは何一つなく、私は今ただ、常に冷えているみたいな両足を暖めている。

けれど、そのガスストーブが暑すぎるのか犬は少し離れた敷物の上にいる。まるで羽を休めている一羽の鳥のようだ。腹部に巻かれた包帯から縫合された患部が3センチほど顔を出している。術語の経過はよい方のように思われる。尿は多めだが、それほど水ばかり飲むという風でもない。水の量には制限が無くなった。それを「自由飲水」と呼ぶらしい。吠え声も出た。

〈依存症者への手助けの件①〉
2時過ぎにオッサンの場所に行き、4時過ぎにそこを出た。
小さな弁当箱にご飯、味噌付け、ハヤトウリの酢の物、キンピラごぼう、大根の煮付けを詰めた。味噌漬け以外は手製だった。アパート用のゴミ置場の脇にチャリを停めると、ゴミバケツに入り切らない、いいちこの瓶が3本かそこらがあった。
「ゴミ自分で出したんだね?」
「うん、出した」と答えた。

〈依存症者への手助けの件②〉
「ごめん、やることやらせて」と私はシーツとピロカバーをはがして、服を着替えさせた。それをコインランドリーに運ぶ時、そうしながら、それがどうして私なのだろうと思った。乾燥機に入れないと言うので「帰りの方が重いから一緒に運んでね」と私が提案した。4、50分後にそうした。
「こっちの道から行く」と言う。
「遠回りだよ」
「うん」古い感じのトレーナーが寒々しそうな滲んだ黒色をしていた。左肩を落とした歩き方。一緒に歩くのは久しぶりだ。
「あ、タバコ買うの?」そう、と頷いた顔は私のずっと遠くに見えた。気がつくと私たちは手もつないでいない。右手はポケットの中に隠れたままだ。左手の方は知らない。
酒屋に入って行った。
「いいちこ、ありますか? それとキャスターマイルドください」はっきりした声でそう言った。
「瓶でいいですか?」店主が暗い店の中を数歩だけ歩いた。

「僕の事をどう思う?」
「酔っぱらい」即座に私は答えた。
「ただの酔っぱらい?」少し意外そうに質問した。
「愛すべき酔っぱらい」ビッグブックに出て来るような台詞だ、と思いながら私は言った。

「君を通じてしか世界につながっていないような気がするんだ」今日もまた、そんな事を言った。それを理解しようと私は思った。理解できたら、と思う。そんな事ってあり得るのだろうか、とも思う。なぜなら自分とは何者なのかを、実はあまりにも知らないのだから。

自分の事を他者の方が知っているという不思議。
性愛も、場面場面ではその一形態のうちのひとつなのだろう。
「あんたの事は、ちゃんと知ってるよ」
困るほどに、その言葉を受け入れるしかないのだ。

〈依存症者への手助けの件③〉
少し気になったのは、最後に半乾きの洗濯物をベランダに干したのも私だった。でも考えようによっては、、、。
「あの、でも、段々といろいろ出来るようになるよね」と私が言った。
「うん」という返事が聞こえた。その数秒後に私はもうドアの外にいた。
何かが知らない所で変わってほしい、と心から思う。そうであったら!
11月29日(日)続

昨日、私は自分の家の掃除を終えていた。その時のダストタンクに溜まった塵の分量で、掃除の成果が評価できるように思う。家具の裏側まで攻めれば、あるいは椅子をずらして、その下に身を潜めている塵を吸い込めば、当然その透明プラスチックの筒が満タンに近づくわけだ。ちなみに昨日の気力は低く、達成度は低迷していた。それもよしとした。ほどほどに。

人が生活すれば埃も塵も湧いて出るもので、それはどこか皮膚の垢に似ていると気付いた。昨日病院の待合室で読んだ女性誌の記事によると、湯船に浸かる入浴を行えば、垢の90%は除去されると専門家は言う。だから普通に生活していて石けんで身体を洗うのは、3回に1回でよいのだそうだ。シャワーは知らない。だから、要するにほどほどに。

「あんたが凝り性でよかった」とある時息子が私に言った。誉められたように感じた。その時たぶん、家のどこかの掃除やら品物の整理をズンズンと行っているか、終了していたのだろう。つまり、掃除や片付けを徹底的にやるという意味らしい。しかし、それも気分が乗った時に限定されるのだが。

今はどうだろう? もしやるとしたらオッサンの家のシーツ類の洗濯とか、着ているもの、、、。しかし、それは、、、。それはアルコール依存症者に対して「本人が行うべきこと」なのだ。朝の電話でその話をした。

「あんたがいれば、俺も少しは手伝うさ」と答えた。「そうかい」と私は応じ、今日行くか行かないかは犬の診察結果次第で、と釘を刺した感じの約束にした。掃除についての記事を書いている途中にかかって来た電話で、別の方向に逸れてしまった。だが何せ、すべてほどほどに、だ。

まあまあの日和。何をするにせよ。
11月29日(日)

起床してから、かれこれ2時間以上たち、断片的な記憶になってしまった。最も印象に残っている場面があった。

豪雨の後なのだろうか、黒光した泥まみれの車道を苦労して横断している自分の姿だった。私は自転車に似た乗り物にまたがっている。その服装ときたら、泥水よりもさらに漆黒色をしたウールの上等なロングコートなのだ。おまけに襟元に同布の長く垂れたマフラーをしていた。それは見事に泥水を吸い込み、その重さが動作を妨害する。コートの裾だって大変な事になっているんだろう。しかし、その道路を横切るという仕事は、かなり切迫していたらしい。漕いでは漕いだ。珍しいのだろうか、数人の人々が私がそうするのを傍観していた。たぶん横断するという目的は達せられたが、その後も道のりは続いていた。

椎名誠とC・W・ニコルが連れ立ってカフェにいる。髪が乱れて服も。どうやら二人は歓談しているようだ。二度程も見た。だから私は少し前から気づいているのだが、声を掛けそびれていた。次のショットに替わった。

寝起きの時点では、もう一つ二つの記憶があった。しかし、もう遅い。「忘却物集積所」が累々として眼下にあるだけ。
11月28日(土)続々

逆に言うと、自分はこれからの残りの人生をどんな種類の行為に費やすのか。そしてもう一つ、そうする事で何を得るのか。この2個セット。ついでに言えば、無駄だらけで出来上がってるのが人生でしょう、だから人生に「事業仕分け」は要りませんよね。

で、それには早いはなし、自分の楽しみ方(まだ、これから始めるものも入れて)を幾つか思い出すと、それが自然と答えになっているように思う。例えば。

1.本を読む
2.ものを書く
3.共に過ごす
4.旅に出る
5.自然と向き合う
6.社会奉仕をする
7.絵を描く・書を習う
8.音楽を聴く
9.人の話を聞く
10.信仰を求める

最近思いつく「10強」のリストアップは一応終わり。(つづく)
11月28日(土)続

昨日子宮全摘出手術に成功した私の犬は、無事帰宅した。私が午後2時に迎えに行き、息子にそう伝えた通り、2時半に帰宅した。チャリのベルで合図して駐車場に面した和室のガラス戸を開けさせた。犬は衰弱しており始終クークーと微量の鳴き声を挙げている。今やっと小一時間が経過し、その声も収まりソファーのそのまた上にあるクッションの上に寝付いた。腹部に広範囲に巻かれた包帯が白い。腕にはカテーテル用のピンクのバンドがあるのだ。明日の来院が言い渡されている。

暖かい部屋と静かなBGM、家族。家。自分の家にいる感覚。
「わるくない」
そう犬が思ったかどうかは永遠に不明だ。
「決してわるくない。けれど腹が痛てえ。気分だって最悪。疲れた」
きっと、そのあたりだ。
(犬用に鳥のささみか胸肉を買いに行こうと思う。それから九州場所を観るのだろう。
私は後、風呂にゆっくりと浸かる)

よかった、まずまずの途中経過なのだから。実は今日の午後、犬の退院時間が3時から1時に繰り上げの連絡を受けた。「○○動物病院」というケイタイ着信履歴を一瞬不吉な内容と早とちりした。「××ちゃん、もうお迎えに来られてもいいですよ」という言葉に、相当ほっとした私であった。しかし、オッサンにサンドイッチを届ける約束をしていたので、1時頃を2時頃に伸ばしてもらった。

たった一時間一緒に過ごす週末。
「君に時間が無いから」とサンドイッチにはまったく感心を示さないオッサンが状況を解説した。「もし私に時間があったとしたら?」そして、その答えまでも私が言ってしまった。それを聞いて「そうだよ」と答えた。
このオッサンのすべすべだった背中の肌がざらざらに変わっていたので、その事を私は言った。ビタミン不足だよ、サプリメントはどう? と。他は以前に仲が良かった頃と少しも変わらない。病気じゃないみたい、と私が言い、否病気だよと答えた。

「随分しっかりしてるね」私が靴を履いてジャケットを羽織るのを見て、オッサンが感心した。え、当たり前です。何事も約束ですぞ。それにだって犬ですよ犬。母ちゃんを待つ病犬でやんす。早く行かねばでありゃんす。チャリンコをぶっ飛ばした。


そして手に入れた。私の黒い毛色の生き物を。
あの時、麻酔で弛緩していた両脚は、もう生命力で満ちている。
ゆっくりして。
11月28日(土)

午前5時台に朝散歩にでかけた息子がチャリをガレージから出す音が聞こえた。私はもちろんベッドの中だった。カバーの掛けていない毛布を2枚重ね、その下には足の少しばかり痛い女が横になっていた。電灯は付けずに目覚めようと思う。だんだんと、頭が覚醒して来た。その後はとても静かだ。起き上がり洗面を済ます。コーヒーを1杯とマシュマロを1個口に入れる。それから掃除機をかける前の、敷物類をどける仕事が終わり、そろそろその電気音も迷惑な時間でもないかな、と考える。

犬の水呑み茶碗を洗う。水はたった1センチ程しか残っていなかった。気付かなかった。ホメオスタシスを自分の行為で維持していたのだろう。一本のヒゲのような黒いカーブした剛毛が浅い水面に浮かんでいた。

こんなにも静かなのだ。世の中とは、券売機にコインや札を入れて電車に乗り、山奥に行くまでもなく、今ここに静寂が広がっている。


何も見ていない瞳孔。濃いグレーで塗りつぶされた円形の壷。
意識の戻った犬にしっかりとした表情で出会うために、私は昼間のやるべき仕事を終えよう。それは幾つもあって複雑なようにも見えるが、もしかしたらうんと単純な仕事なのだ。入院中の私の犬が今必死で行っている仕事なんかに比べたら。
11月27日(金)続

つくづくと見た。まだ生体から切除されていない状態の、2本の巨大なタラコを見せてもらった。それはいかにも腫脹しました、と言わんばかりの、何の大きさに例えればいいのだろうか、茄子を縦に2個連ならせた程度のサイズの房が2本。その先に茶さじ位の卵巣がそれぞれ着いている。それを目の前でメスで割いてくれた。横皺のある内壁面が見え、どくどくと暗い赤色をした血液がゆっくり流れ出た。「これですよ」と院長が説明した。「普通は鉛筆の太さです」

全身麻酔された犬は黒い毛皮の雑巾のようだった。顔は覆われていて見えない。
「早めの手術でよかったです」と言った。後2人いる獣医師と看護師がそれぞれの持ち分の仕事に専念していた。その後、完全に摘出したり、縫合するのに30分以上かかった。私は待合室と診察室を隔てるドアに配置された部分的なガラス越しに、院長の仕事ぶりを多少見る事が出来た。雑誌に目をやったり、ガラスを見たり。

しばらくして再び私は診察室に呼ばれた。

手術の成功の報告を受け、そのお礼をの述べた。その後で私は質問をした。ヘンな声で始終ないていたからだ。「先生、このテープレコーダーのような声は治りますか」と。「ええ、これは麻酔に関係するものです。醒めたら大丈夫です」

明日の午後3時に来るように、言われた。手術費用は抜糸が済んだ後に支払うとも聞いた。要するに、今夜は犬無しで過ごすことになる。

ここで今夜は、オッチャンの家に泊まりに行くという選択肢もうすぼんやりと浮かんだが、膝の痛みと漠然とした疲労感がそれに異議を唱えた。家へお帰りなさい。その声に従った。

近くにあるダイエーに寄った。豚肉、牛肉、牛スジ肉を買って帰り、4通りの料理を終えた。それらの味見のような夕食を終え、犬が家にいるかいないかで、こうも感じが違う事に、一瞬で気付いた。たぶん前回の入院、良性腫瘍であった乳腺炎か歯垢除去の手術の2つのうちの一つの時と同じ。

明日はメチャクチャ忙しそうだ。犬は今頃どんな寂し声でいなないているんだろう。私の大事なオッチャンも少し淋し気な電話声だった。「だったらタクシーで来ちゃえば?」それに対しても充分なくらい疲れている、と何回目かの説明をした。

ごめん、オッチャンさん。
早く自分のベッドで寝たい。それだけだ。