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10月31日(土)

決定した。今日から栃木で3日間を過ごすことにした。犬とだけ。
それ以外は、ジムも整形外科も女性クローズドのミーティングも、それから友人の見舞いも諦めた。特段の予定がある訳では無い。私の場合それは、そのどちらの選択肢にも同じ事なのだと思う。
10月30日(金)続続々

迷っている。
明日どうするか。友人の住処に行くか【大掃除】、それとも栃木にするか【山歩き】。
要するに、昨日はこう言って別れた。
「じゃあ、土曜日にね」
「うん。あれ明日は」
「そうだ、明日ね」
「土曜だけど、私行けるかどうかわかんない」
「そう」
しばらくしてから私はこう付け加えた。
「明日だけれど、気が変わったら電話してね」
「はいはい、わかりました」

今日、会えたら明日は栃木にしようと思っていた。けれど今日は何の連絡も無く、すっぽかし。だったら先方は特段、明日会いたいという訳ではないだろう。みじんでも会いたければ電話するのが筋というもの。健康なひとたちは、、、。

つまりは、、、こうするしかない。明日には明日の風が吹くっていう、風任せ。
10月30日(金)続々

昨日、それを体験した。家から八幡山方面を往復する際に。
その事は、心はずむ出来事と言うにはあまりにも平凡だが、ついそう言いたい気持になる。

とりあえずひとつは、「北沢川緑道」で往路に、もうひとつは「吞川緑道」を帰路に使った。最初の北沢川緑道へ入るポイントを「世田谷区全図」上で探すとそれは馴染みのある「烏山川緑道」との分岐のある池尻近辺だった。三宿通りを北上してからそのポイントに辿り着いた。比較的竣工が新しい感じがした。暗渠の傍らにせせらぎが流れている。そこは花々をあしらった極めて細長い園地のようだった。後で調べると、何と×沢病院にある池からの湧水が始まりだとあった。環七を横断する辺りで、いったん工事中の箇所があったが、その後は自転車乗り入れ禁止になっている。思ったより時間がかかったこともあり、私はその辺りで緑道をあきらめた。次回はぜひ源流である病院の池まで辿りたいところだ。

帰路は、少し離れたスタート地点である桜新町だった。そこまでは千歳通りと馬事公苑の東側の道、サザエさん通りを走った。「呑川緑道」の最初は、開渠になった吞川の脇が親水公園になっている。「北沢川緑道」よりもひなびた感じがする。人家が道を隔てて多いが、なぜかゆったりとした気分になる。

そこを走りながら、半年前の6月に通った事を思い出した。

今日この記事を書きながら、6月11日のブログ日記に、私が前日そこを通った事を書いていたのを見つけた。その日、6月10日に友人にグーで殴られた後に、偶然そこをひとりでチャリで通過したのだ。その翌月から彼の容態が変わった。非常に重度に。それが7月24日の入院につながったのは破線で描かれた奇跡のようだった。

今は、またわからない。

今日も私の家に寄ると言っていたので、夕食の一式を茶色をした木製のトレイに並べた。しばらくして共同作業所に電話をした。たぶん家にいる。でも、また固定電話も止まってしまったので。
「どちら様ですか」すでに名乗った後だったので、私は自分が友人だと言った。次に係員が静かな口調で説明した。「今日はお休みされてます」「連絡はありましたか」「午前中に電話がありました」とても控え目な口調だった。

どうしてか、緑道の紹介に徹するはずが、書いている途中で別の内容に変わってしまった。
秋の夕刻って。どうか、それが自分にとって一番哀しい出来事の背景になることがありませんように。
10月30日(金)続

あなたにまったく冷淡で、あなたの事を「便利な財布」あるいは「まあまあの家政婦」としか思っていなかったとしたら、さらに今回は、そのお相手が「アルコール依存症」という病気だったとしたら、というお題です。ですので、3nd バージョンであります今回は少し違います。

「あんたの家の近くの作業所にしたんだ」と、まだ入院中の友人が言った。
「そこがひけた後。メシ食わせてくれ」私はその一言を「素で」受け止めた。そこには心を全裸かそれに近い姿にした友人がいた。だから、何も迷わなかった。承諾した。

「お酒はダメだよ」と、随分経ってから私が告げた。つまり私の家では、飲んで欲しくないという意味だった。訪問は一度きりだが、今のところ守っている。昨日も店でアルバイト店員にこう言った。
「いっらっしゃいませ。お飲物のご注文を頂きます」
「お茶でいいよ」
店員は少し困っていた。
「あの、お飲物のご注文をどうぞ」
「別にお酒は飲まないからね」
私はメニューのソフトドリンクの場所を指差し、二人分の2種類を注文した。

たった一回だけ言った「お酒はダメだよ」という言葉を守ってくれているのは何故だろう、と推測してみた。するとそれは、まったく別の意味を持っているようにも思えた。危ういのは私の方かも知れない。つまり。もし何かあったら二人して飲んじゃうよ、とどこかで思っているのだ。だって相手は家でしっかり飲んでいる。「酒は飲んでないよ」と雑談するので「でも、お家にビンがいっぱいあったよ」と言うと「そう」と答えた。

それはともかく、むしろ「小銭入れ」は「小銭入れ」のままでいいのだ。小銭で価値のあるものを手に入れられれば、スゴい事だ。

そして「まあまあの家政婦」の方は、相手のためだと位置づけると、依存症家族の「してはいけない」項目に指摘されてしまう。

ところが、私は100%自分のためにそうしたいのだ。私の過ごす場所の衛生上の改善でしかない。そうしないと、私はそこへ行けない。
「じゃあ、行かなければいいじゃないですか」とかつてソーシャル・ワーカーが私に言った。その通りでもある。依存症者の回復という目的を前にしたら、私自身の福祉という目的性など下位にあるのだ。しかし一方ではキレイになった部屋で相手と過ごしたいという私自身の欲求だってあり、それが私を掃除婦にする。それがいいのか、、わからない。

ただ、言えることは、たぶん私自身が変わる事によって、様々なことが変わる。もし私自身が変わればの話だが。だから相手はあくまでも自分を映す鏡なのだと思う。依存症であろうが無かろうか、それは変わらないのだと思う。
10月30日(金)

あなたにまったく冷淡で、あなたの事を「便利な財布」あるいは「まあまあの家政婦」としか思っていなかったとしたら、あなたは失望するでしょう、その2nd バージョン。

昨日の「便利な小銭入れ」のつぶやき。

「いつのまにか」
確か、そう言った。その男が最初に口を開いた言葉。
「気がついたら自分の回りから金がなくなってたんだ」その男が最初に呟いたのだと思う。
「・・そう」私は口元で固い笑みを作った。
「でも来週の月曜には少し入るんだ。そこから家賃を払って・・」
「大変ね。私の(貸したお金の)口座引き落としは」
「たぶん、出来ると思う」

「そう。よかった」私は蒸し牡蠣を口に運んだ。
北海海鮮鍋を2人前頼んだ。まだそれが食べられる程度にコンロの仕事がはかどっていなかったので、男は生牡蠣は置いてあるか、とバイト店員に聞いた。彼女はいったん「はい」と返事した後に戻って来て、カキフライと蒸し牡蠣しか無いと男に伝えた。蒸し牡蠣を頼んで、それはすぐに来た。
「ありがとう」ひとつを食べた後に、もうひとつを箸で挟み、私の小皿に載せた。ポン酢と薬味の載った皿も回してくれた。
「そのこと嬉しい」
「別に嬉しくも何ともないさ」
「違う、お金を返してくれること。私が嬉しいの」
「ふうん」

食事が一通り終わった。男は最後にうどん2玉となま卵2個を注文し、それらを上手に掻き入れて、きれいに完食した後にやっと寛いだ風だった。
時間を決めて食事するのは、男の好きな過ごし方とは掛け離れていた。今日はしかし、多少の妥協に努めたのだろう。私は一時間なら付き合うと告げてあったのだ。

私はどんな風に切り出そうかと考えて、次にテーブルに向けて人差し指を下げた。その後カードを描くようにその同じ指で小さな四角を描いた。
「ここのお代は?」
「あんたが払うんでしょ」どうしてだか、急に明瞭な声で言う。私が考え間違うなんて事はないのに。
「そうなの? いいよ」
「スっからピンさ、いま千円しかない。家に帰るのに」
私はもうそんな事は充分知ってるし、それは問題じゃない。

昨夜のいつの場面だったか、こんな風な言葉ももらしていた。
「何かが、おかしくなったんだ。何時も金がない。どうしてだろう」
「理由はひとつよ」
人は、私の声は小さめでむにゅむにゅと籠っていて、いつも聞き取り難いのだと言う。
だからまた、不思議そうな顔をした。
「オサケデショ」
思い出す限り、このベストアンサーも、その男の耳には届いていなかった、と思う。

レジで支払いが終わるまでは待っていてくれた。その後「じゃ」とだけ言って、まるで通勤途中のようにさっさと別の方向に去って行った。

なぜだか急に気が滅入ってしまった。その時、もし「便利な小銭入れ」が誰の手にあっても同じだったら、別の人の財布も探して、と心の中で思っていたのだ。
10月29日(木)続々々

あなたにまったく冷淡で、あなたの事を「便利な小銭入れ」あるいは「まあまあの家政婦」としか思っていなかったとしたら、あなたは失望するでしょう。

今日の「まあまあの家政婦」の心のつぶやき。

「すこし前に週末、泊まりに行ってたよね、私」と話しかけた。
「うん」
「まあまあ、楽しかったわ。寝てばっかりいた人と一緒だったけど」全然楽しくなんてなかったわ。一人が酔っぱらって寝てばっかりなんて最低。
「うん」
「でも、自分の好きな事してた」ひとりでDVD観るのや、お茶するのもいいけど、その、部屋がね、ちょっと問題が多くて。
「俺は俺、あんたはあんたの好きな事をしてればいいんじゃない」少しは相手をしてよ。

「でも、次回はちょっとね。だってあのネズミの糞を見ちゃったから」
「そう」

「ねえ、したいことがあるの。私がするの。△△は助手でいい」
「なあに。俺があんたの助手だって」
「あの部屋、大掃除したい。いい?」本当は誰かさんがするんだよ。
「俺はしたくない。捨てるものなんて無いんだ。それに面倒臭い」
「私がするから。それに何も捨てないし、どけて掃除して元に戻すだけ。△△は口だけでいい。これはどこにあったんだっけって聞いた時に答えるだけでいいの」

「別に構わない」
「ほんとう? でも一大決心。・・・しようかな。ねえ元通りにして何も捨てないからね」
「別に構わない」

「あのう、絨毯なんだけど」ペナペナ素材の布が、ヨレヨレでドロドロで、シミシミでダニダニなのだ。これが間違いなく諸悪の根源である。
「アレは動かせない」
「ハサミで切っちゃえば出来ると思う」
「ダメだ。あんたの部屋じゃない。俺の部屋だ」あれ、モードがチェンジしている。
「・・・わかった、最小限にする・・・」でも笑顔。
悪意はもちろんゼロなのに。うーん、いつもながら悩ましい場面。

そんな風に「まあまあの家政婦」は考え始めた。

「便利な小銭入れ」は、近日登場します。
10月29日(木)続々

午後4時30分に電話があり、5時に祐天寺駅で私の鍵を返した。
「あんたが旅行に行ってなくてよかった」と言った。モツ鍋かジンギスカンが食べたいと言う。私は犬を留守番させていた。1時間だけならいい、と言った。
鍋を食べ、私が支払いをした。

明日はどうするのかと聞くと、作業所には行くし、帰りに私の家に来ると思う,と言う。本当だろうか。昨日は一日中、△△が来るのを待ていたみたい、と話したが、あまり聞いていないように思えた。

路上喫煙禁止の場所なので、さっきの店のビルの陰で1本タバコを吸い終わった男に、もう一度私は念を押した。
「あの、明日ウチに来る話だけど、、、もし気が変わったら電話してね」
「行くと思うよ」
私には何か急に、それはどっちでもいい、と思えたので、たぶんそう言ったのだと思う。
10月29日(木)続

ケイタイを家に置き忘れていたが、午後3時には帰宅した。留守電が2件あり、友人から自分の家の鍵が見つからない、今近くにいるので私に貸した鍵をなるべく早く返してほしいという内容だった。2万円入った財布をなくしたという話は一昨日聞いたが、「鍵」は初耳だった。

なくしったって? 一体、いつなくしたのだろう。

家族会のあった病院がその友人の家に近いので、12時半頃に寄ったのだ。本人は留守。私はケイタイを忘れたことが気になって、そこへ立ち寄ったのだ。

部屋はとても散乱していて、酒ビンに関しては言うまでもない。声を掛けながら厚みの乏しい布団を持ち上げると、姿が無かった。トイレも開けてみた。そこに倒れていたらイヤだな、と思って。天気が良いのに道路にチャリがあったので、それも気になった。一番近いコンビニにも念のため寄ってみた。歩いて酒を買いに行っているのかも知れないと思いついたのだ。その後、少し遠回りをして買い物をしながら帰った。

なくしたって? 鍵は2カ所ともかかっていたよ(その後思い出すとかかっていたのは1カ所だけであった)。

家に入れない、という留守録だった。もしかしてまだいるのかと作業所に電話すると、昼で帰ったと言う。その人のケイタイ(もパソコンも)は支払金未納でとっくに停まっている。だからこちらからは連絡出来ない。家の固定には何度か電話した。しかし家に入れないのなら、困りものだ。

しかし、しかし「本人が、沢山困ることこそが大事なんです」今日行った家族会ではよく言われる言葉だから、、、。

「もしもし、鍵はありました」という電話がもうじき掛かってくる事を期待している。
10月29日(木)

うつはどこから来るのだろう。仕事や金、それを失った原因である酒。それで全て余りある程だ。
今朝、ある方のブログに目をやると、どうしてこんなに酷似しているのかと思った。

BLTサンドを1片食べた。バナナジュースをミキサーで作り、昨日の残りのコーヒーを鍋で暖めた。
服を着替えて、×沢病院の家族会に行こう。それは100%自分の為だと思う。「うつのお友達は、放っておきなさい」と、多分そこの人々は考えているだろう。Yes,I do.

何が不足しているか。
平凡を手に入れたいと、前回その人たちは一致していた。私もそのとおりだ。
平凡と、その前に安心とか。
10月28日(水)続

友人は酒を飲んでいた。
「今日は行けないよ」
私のかけた電話にそう答えた。
「どうもすみません」
「そう、いいよ。具合悪いの?」
「ううん。飲んじゃってるだけ・・・」
「・・・困った坊やちゃんだね」
「うん、すみません」

午後3時には、別の服に着替えてみた。千鳥格子でウールのジャンパースカートをじかに着て、短い黒のカーデガンを羽織った。それでも涼しいのでグレーのウールジャケットをきちんと上に着た。下は黒のハイソックスを履いた。そういう服装が相手は好きなのだと考えていた。それからソファーに座ると、うとうとした。4時を過ぎたところで相手の自宅に電話をかけてみた。すでに共同作業所が終了する時間を過ぎたからだ。いいちこを飲んでいて、これからスーパーにニラレバを買いに行くと言う。明日について聞くと、わからないという。大変正直だ。正直であることは悪いことではない。

私は私で、どこかほっとした。

すぐに犬に外出を促し、チャリに乗った。まだしばらくの間、外は明るいだろう。緑道巡りでも行くかな。純粋に自分のためのサイクリング。15分程走り、三宿通りにあるFUNGO(ファンゴー)という店に入った。私はブルーベリーアイスクリームを、犬にはクッキーとガムの盛り合わせを頼んだ。私の犬は歯に問題があるので、その犬用おやつは無駄に終わった。代わりに私のアイスクリームをねだり、一緒に食べた。
店を出ると、午後5時を回り、辺りは既に暗くなっていた。歩道を少し戻ってから呑み川緑道を中目黒まで走り、カルディで買い物をして駒沢通りから家に戻った。

こういう風に考える。
私は「連れ合い」と言われたかった(一度だけ、×沢病院で、同室者にそう紹介された経験があり、とても嬉しかった。その出来事をカウンセラーに告げると、しかし別の評価をされてしまった)。昨日、どこかの局で末期ガンの夫を献身的に介護する妻の様子を写していた。二人は診察室で手を握り合っていた。そんな関係は憧れる。内科の病気なら、そんな風になれるのだろう。いや、内科の病気だって、多くの場合、精神的な病理を併発するのかも知れない。けれど、どっちかが先かとしたら、依存症はまず精神病だと思う。だから関係性はもっともっと難しいのだろう。

私は永遠に「連れ合い」とは呼ばれないと思う。
私は単に「知り合い」であって、それでもいいと思う。
私が相手にとって何なのかは、相手の決めることであって、私は何も出来ない。
そのすぐ傍らで、私は私であるだけだ。
たぶん相手は私という存在を一度も必要とはしないだろう、つまり、深い意味では。

だからそのために(そういう考えによれば)、いまも平安である。