人気ブログランキング |

<   2009年 09月 ( 46 )   > この月の画像一覧

Macのメールの設定が上手く行かず、初心者Aはうろたえている。まだ直らないんだから、とやるべき仕事を引き延ばしている。同時にAはヘルプデスクを独占するヒドい顧客でもある。受話器の傍にスツールを3個並べ、Mac、Vaio、一番低いのに自分が腰を降ろす。あっと言う間に午後7時を回り、担当者が焦ったような口調になっている。きっとデートに遅刻するのだろう。

いまAは3カ所の重要な連絡先に、メールが滞っている。一つはインドの翻訳会社。「校正」納品の受取りと支払い。二つ目は某コンサルティング会社。そこへは今日電話で用件が済んだ。三つ目は自分のカウンセラー。不思議な事に、そこへは受信もされていなかった。電話で用件の1/3が済んだ。そのヘルプデスクの話では、フリーメールサービスの管理を香港の別会社に切り分けしたので、問題が多いのではないかと言う。そこへ超初心者Aの登場である。問題が起きない訳が無い。嗚呼。
9月29日(火)続

それは『Figaro Japon 2009年3月20日号』の特集名。古本屋で買った(300円)。

ジェーン・バーキン(62歳)、この人しか実は私は知らない。けれど何か昔と顔が違ってる。

あとは初対面。イザベル・ユベール(55歳)、ジュリエット・ビノシュ(44歳)、サンドリーヌ・ボネール(41歳)以上女優、アニュエス・ルテスチュ(48歳)バレエ、イネス・ドウ・ラ・フレサンジュ(52歳)モデル、ミレーヌ・ドウ・プレモンヴィル(60歳)プレス、ダニ(65歳)歌手、ドーフィーヌ・ドウ・ジェルファニオン(51歳)スタイリストの9人。ああ、全部書いた。まだちゃんと読んでいないけれど、きっといい記事だ。幸運なことだ。こんな美人が世界にいるという事実は。共通項目、皆自分の仕事をしている、私は?

その店ブックオフ白金台店まで歩いてしまった。犬を健康な方の肩に吊るして。次のバス停の手前にDOG ESTという8月オープンの犬屋があった。空腹を訴えたので犬用の菓子を見ていたら「写真撮りましょう」と言われて、犬が白い背景のセットに立たされた。震えてしまった。気が小さいのだ。もの凄い枚数を撮られ、そのうち2枚をもらった。あまり空腹そうなので、コンビニでドックフードを1個買い、歩道で食べさせた。それは今日のカウンセリングの帰り道だった。

昨日一日は、メール送受信の不具合の修復に丸半日を費やした。そのためか、夜半に肩の強い痛みがあった。肩について。天婦羅屋の女店員が今日私にこう言った。「それ鎖骨骨折ですか?」私は目を丸くした。今まで世の中で「手、どうしたのですか?」という質問しかもらった事がなかったから。だから、ええっ!「この天婦羅屋はもしかして外科の女医さん?」と疑った程だ。「クルマに轢かれちゃったんです」「キャー怖い」その仕草も可愛い偽女医さんだった。日本人にだって美人はいる。内面美人もいる。
9月29日(火)

水難事故が2件発生し、本当に幸運なことに二人とも無事に救出された。どっちも6時間もの立ち泳ぎを継続したからだ。27度の海水温とはいえ。体力もさることながら精神力に勝るものは無い。このニュースは魂を掴むほどの力を与える。まるで自分自身が生還し、新しい人生をスタートする合図をくれたみたいだ。

昨夜10時半過ぎに、病棟の公衆電話が私のラインにとても短い信号を送った。
「大丈夫、ここにいる間は飲まないよ」そう? よかった。電話を切ってから、あれっと思った。それって、、、。

今日も平凡な一日が巡ってくる。
友人の家の本棚に福音館書店の『ことわざ・名言事典』があった。ヴォルテールのそれを私が読んだ。「男にとって愛は生活の一部だが、女にとって愛はその全部である。どう?」それを聞いて友人がにやりと笑った。

今日もまた平凡な一日が巡ってくる。海水を厚めのタオルで拭き取って、次の仕事をする。全部? 一部? そういう違い? だったら私は女かもしれないけれど、男でもある。
9月28日(月)続

どうしてるんだろう。あっという間に元の木阿弥状態なのか。意思の力がなんぼなんやろ。

迷ったあげく、病棟に電話すると、夜のAAに出かけていると看護師が答えた。私から「電話があったこと」の伝言を依頼した。そこまでのサービスが可能なのだ。

とても分かり易いが、それでいて理解不能だ。
「いいんだよ、ビール一缶なら」と酒の神様がGOサインを出す。「あ、そうね」
「一缶じゃ足りないの? いいよ今日は多目にみとく」「あ、そうね」
「まあ、いいんじゃない週末だし。もうちょっとくらい買えば」「あ、そうね」

「美味しくなんかなかった」「けれど、飲まずにいられなくなるんだ」それと現実が結び着かないのだ。きっとこういう事。4、5人の大男に羽交い締めにされ、路上で口を無理矢理開けられて、その液体を注がれているも同然なのだ。毎日毎日それが続く。

私はと言えば、甲斐甲斐しくアパートで家事をこなし、また今度倒れた時もなんとか面倒見てくれそうと思わせたかも知れない。私の持ち株なんかの話をして金の匂いで相手のどこかを安心させたかも知れない。私の愛の通った表情や許しの同意意見が、酒カミサマの声の通りをよくしたのかも知れない。

「飲みなはれ!」「あ、そうね」

まだ電話が来ない。すごく眠い。でも電話が来ない。今日一日、(彼が)飲まずにいられたことにではなく(それは私の守備範囲ではないから)、生きていてくれたこと、単にその事に感謝する。

9月28日(月)

前のブログを読み返していた。その中にそういう文言があった。安心した。
それとそれは誰のせいでもない、という風にも考えた。
ハイアーパワーについても、実は昨日話した。時間がたっぷりあったから。
「マッチ箱ひとつだって神さ」と私の友人が言った。

「へえ、それって古いね」
「今無いもんね」
「誰が言ってたの?」
「あそこの病院で。イラン人が言っていた。(アル中でなく)別の病気だけどね」

でも「そんな風には考えない」と断言した後の会話。私はわからない。無力にもなるし、神にすがる事だってあった。つい最近。

お馬鹿なお人好し。アルの皇帝の奴隷。週末だけの酒なんてまた言ってる。
「永年連れ添った恋人みたいなもの? 離してくれない、、、」
「30年以上だ。そう簡単に別れられないさ」

とっととクニにお帰り。このろくでもない用無しのお嬢ちゃん、って言ってあげて。
9月27日(日)

「酒飲ませてくれ」と友人が言った。

ふたりで、インド料理屋の店先に立っていた時。それは、あまり思いがけなかったので返事が出来なかった。ただその時の真剣な表情と強い語気だけを再現する自信はある。

知っていた。だって自分から告白したのだから。「昨日の夜、あんたに電話して寝た後に夜中の3時頃、缶ビール1本買いに行った。今日は今まで寝てた。朝、もう2本を買いに行ったからね」インド料理の前はカラオケ屋に行った。ソフトドリンクを飲んでいた。インド料理屋の店頭のメニューにネパールアイスビールの小さな写真が載っていた。それが火付け役? 私はどうすればいいの? 「アル中が勝手に飲んでるのさ。気にしない」でも。

「今からウイスキーの小瓶買いに行って来る」
レストランから戻った2時間後、わざわざ私に告げた。反応を確かめるかのようだった。首を振った。「あんたは嫌だろうね」その言葉の余韻と私自身が数分間、その部屋に取り残されていた。しばらくすると、インスタントコーヒーで割ったその酒に、私も手を伸ばしていた。「私もいい?」「いいよ」だってとても疲れた。第5ラウンドの途中くらい。その少し前に小さな声で私が言った。「帰らなくてもいいの?」びっくりしていた。「何で? 急にどうしたの?」下を向いて落ち着かなかった。「豹変するわけじゃないから大丈夫さ」それも聞き取れる程度の低い声だった。どこか救われた。だから一緒に味わった。

夜中に、しかし彼はタバコを吸っている。ベッドの中で私が時計に姿を替えていた。とても長い。朝起きると、小瓶がもう一つゴミ箱にあった。「うん、夜中用に買っといたんだ」その時、前と同じと思った。

でも、どうしても自分にも責任があるというイメージがつきまとう。「週末どうでしたかって聞かれたら、彼女が一緒にいてそいで飲みましたって言う」最初はそんな話し方を理不尽とも思っていた。でもそれは途中で変更になった。「しらばっくれるさ」という変更。「飲んだって言って。私のせいにしていいから」「いや、言わないと思うよ」そのやり取りは長く続かない。「いまの余計なお世話、、だよね」「うん」

私たちは、週末を共に過ごした。ゆっくりとした会話、コーヒーとお茶、レストランの夕食、音楽、睡眠と午睡、散歩、シャワー、料理とデザート、ただし必要でない酒。それと、もしかしたら、、、。

仰向けにしか寝ない男。動かない四肢。イビキと寝言の殿堂。疲れ切った病人。その段々になった腹や外側を覆う背や腕や掌を私の指がそおっと伝う。不本意な感情。「もしかして今日が最後っていう事だってある」という声が見知らぬ裂け目から聞こえるのだ。いつだってそれは普通にある。残酷過ぎるけど。

大好きなのに、いつ急に何万光年遠くに行ってしまうのかも知れない。それは、大好きなのに相手として、永遠にそれに気付いてくれないと思うのとまったく同じ事だ。
9月26日(土)

彼岸の時期、墓参りを予定している。母と父の墓地、そこをを私、姉、義兄、息子、甥そして犬が訪れる。1年半前に逝った母、あれから何度目になるかは分からない。まだ若い仏だ。それに比べ50数年前、年若い地球物理学者であった父は私が1歳の時に海底火山の噴火の調査により、その火山活動の犠牲になった。殉職だった。明神礁の事故を知る人は少なくなった。30歳の写真の男だがパパと呼ぶ。違和感は無い。献花、花鋏、線香にろうそく、軍手、新聞紙。それらを揃える時、母の声が近く遠く聞こえて来る。じゃ、後でね、と心の中で目配せする。

「お兄ちゃんと一緒に行くんだよ」と犬に言い聞かせて一足先に主治医の診察を受けに、私は出る。墓参りが終わった後、また犬を息子に頼んで友人の見舞いに行く。それはどちらかと言うと「愛」だ。息子は外泊の留守番を気持ちよく引き受けてくれる。「迷惑代」は課金されるが。「愛」と「金」。仏教のカテゴリに書くには、もうちょっと清心な心を混ぜ込まないとNGかも知れない。
9月25日(金)続

キャンドルを付けたまま寝るなんて。平気だって言う、そんな男を識ってる。

さっきその友人が1泊目で家にいるはずだ、と思いついて電話した。固定も携帯も出ない。AAに行っているのかも知れない。そのことを考えるのはやめよう、と思う。

「あなた、××さんをもう追いかけるのやめたら」と亡くなった元カノさんが言っていた。イエス(英語だとノー)。しない。

完全に私と友人を入れ替えて想像してみた。

もし自分が依存症で入院中、毎週見舞いに来てくれる異性の友人がいたら、嬉しいと思うだろう。週末毎にその人が夕食をご馳走してくれて、手をつないで帰り、一緒に泊まってくれる。お茶とコーヒーだけの2日間。取り留めの無い会話。飲まない生活がそこから滑り出す感じがするかも知れない。

でもその人は余りセクシーじゃないとしたら。あるいはロマンチックな気分にほど遠い、と感じていたら。もしくは病気のせいで自分がまだ充分リラックスしていない。無理に相手に合わすって大変なことだろう。でも最近、そうしてくれている。だったらその気配りに心から感謝しなくては。

数日前、3人を知っているある人にメールを送った。専門の援助者なのだが、その返事が来ない。迷惑メールに入ってしまったか、本当に迷惑で困っていらっしゃるかのどっちかだろう。つまり、彼女のことが頭を離れない。一人の人の死とは、腕で抱えてみるには労力を要する大きなことなのだ。私はその人の「死」をも含めて、どちらかと言うと「生」を受け止めたい。ただそれだけの理由で、そのメールをしたのだ。

ふと去年の秋を思い出してしまった時。
9月25日(金)

郵便局に行こうとして目黒通りにバスを降りると、非日常的な風景がそこにあった。数頭の馬が人を乗せて駐車場の様なところに待機している。近くに寄ると、馬達はピーポちゃんのアップリケを付けた覆面を纏っている。警視庁騎馬隊だった。旭章も留め金にあしらってある。そしてお題は当然交通安全パトロール。先頭馬は落ち着かなく、回れ右して信号の替わるのを待てない。2頭目の馬上には赤いジャケットの女子。ヘルメットの飾りが天になびく。つい先導する2人のクイーンスターズも陰ってしまう。

「あ、ボロした」先頭馬から声。4頭の後ろを行進する「ボロほうき担当」のお巡りが歩み寄る。ちりとりに入れ「ボロゴミ箱担当」に「蓋をあけよ」と命ずる。一件落着。そして出発。タスキ掛けの人々が後に続く。「自転車事故根絶!」ののぼり。私のことだ。

私がグランドレベルから馬を見上げていると、何処からとも無くザワザワとした弱い心の渇望が忍び寄る。ああ乗りたい。小淵沢がいい。それに上総一宮だってOKだ。きっと早足だって出せると思う。あの細長い馬たちの顔と澄んだ眼を見てしまった。
人参は忘れませんから、どうか乗せて下さい。落馬の脳震とうはいただけませんが、それは馬のせいでないです。コツコツと舗装路を歩くなんて。でも羨ましい。

通り過ぎて行った。私は郵便局に入り、納付期限の過ぎた電気代を納めると次のバスを確かめるために急に降り向いた動作をした。自転車の爺さんがよろよろと私の掌にわずかに接触した。「あ、すみません」二人して謝った。高齢化社会なのだ。だから自転車事故はなかなか根絶できない。
9月24日(木)

10キロの土嚢を幾つも運び終えたような疲労感だ。欲張って4つの用事をこなした。結果は疲れた犬と自分が残った。で、それと同じく重い記事。でも軽く読んでいただけたら。

あくまでも「友人」であるという間柄は何を意味するのだろう、と思う。

今日の家族会には、大変遅刻をしてしまった。受付名簿を記入したとき、多くの「母」という間柄に混じって「友人」と書かれた人が私の他にもうひとりいた。とても気になったが、最後まで誰なのかは判らなかった。
「皆様のお話をお聞きするだけにします」とことわり、あわてて自己紹介するのも忘れてしまった。

最後の一人の参加者が喋っていた。「つまりですね、自分のことを息子は好きではないと思うんです」

それは笑いを誘う喋り方だった。私自身も笑った。自分と重ね合わした。自分自身と母。次に私の友人と私。全てがキレイに重なった。同じ位の年齢だろうか。旦那さんの話が出てこない。ウチと同じく二人家族なのだろうか。

「私だって、親子じゃなかったら、この人の世話を一生続けるなんて、本当もうごめんと思いますよ」その同じ参加者がジョークを込めて発言していた。赤っぽいスカーフが垂れて服の裾を穏やかに飾っていた。今日は皆リラックスしている。

「家族」って何だろう。私と友人は一つ屋根の下で暮らしていない。私は余り世話はしていない。私は皆のようにイヤな思いを余りしていない。つまり、結局私は「家族」ではなく、「友人」(知人?)なのだ。だから、遠距離恋愛のように時間と距離が邪魔して、感情がまばらで希薄になる。逆に考えるとひょっとして、それは「回復」にとっていいことかも知れない。

家族会終了後、私は一人喫茶パインでチキンライスを食べていた。「上に来なかったね」タバコを吸いに来た友人が私を見つけそう言った。いつもは、まずD42病棟のナースステーションに私が上がり、そこで友人に会うのだ。「うん。これ注文しちゃったから」また笑った。私だけで。濃いオレンジ色の料理を犬がねだった。「食べたがってるよ」私の真似をして、直接スプーンで犬に料理を与えていた。犬を愛撫する。「土曜は何時頃来れるの?」突然友人が大き目の声で聞いた。2泊外泊が明日の夜から始まり、2泊目の夜は一緒に過ごすことになっている。

カップルなのかも知れない、けれど、、、。アルコールの問題が別離に向わせないでいるのは、カップルなのかも知れないが、同時にそうでないからなのかも知れない。つまり私は、相手がケンカする度に明言する「暇つぶし」の相手だから。「家族」でもなく、もしかして「恋人」でもないので、別れずにやって行けているのかも知れない、と思った。

退院まであと1ヶ月だ。(続)