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8月31日(月)続

おーいソースネクストさん、サポート電話が全然通じまへん。SSID(って何?)が何なのか? 暗号化のレベル、暗号化のキーを教えてもらうためだ。その「ゼロ」のオフの仕方をバッファローのサポートに教えて、マックにまた電話する。こっちは3万円支払っているサポートなので0120なのだが。

肩までバスタブに漬かる入浴に取り掛かる前に、服を脱ぐと上半身に数箇所の傷跡があらわになった。今朝、病院で絆創膏を剥がされたので、初めて鏡で自分の傷を見入った(医師はデジカメに撮っては小さな画面を私に見せていた)。右鎖骨の金属棒が入っているそのトンネルの出入り口のような括弧型の傷に、薄いテープだけが貼ってある。傷は赤黒く、それぞれの長さは4センチほどだ。首に近い方は全体が腫れて熱を持っているようだ。その下、ちょうど乳と肩の間に、鉄こてで当てたような5本の黒い線が鉄道レールのように扇状に降りている。まるで「クルマに轢かれました」というセンテンスがそこにある。「蔵王に行って来ました」みたいな。それらの擦過傷は問題ない。私もデジカメで数枚写真を撮った。記念に。

風雨が緩慢に強弱を繰り返す。驚くほど涼しいので、薄いロングスカートに下にスパッツを履く。カーデガンも羽織っている。ケガのために前開きの服を集めては、それらを着ている。電話があり、明日の午後保険会社の担当者が家に来ることになった。

一番辛いことは、、、、歩行者として町中にいる時、すれ違うクルマなどにまた轢かれるような気がする、ということだ。交通事故は、、、体験していないのだが、どこか戦争に似ている気がする。人という皮膚と筋肉と骨や血液でできているひ弱い物体が、高速で稼動している鋼鉄の固まりに苛まれる。状況や理由はどうであれ、人が負傷したり死んだりするのは、自然災害は別として、自分たちの作った弾やマシーンのお陰であることが多い、と思う。
8月31日(月)
 
民主党がひとつの目標を達成した。人々はこの月曜日をかなり当分の間、記憶し続けるのだろう。

私の肩はだるく重い痛みが続き、あまり良くない気もするが決して深刻というわけでもなさそうだった。今朝台風11号の中、池尻大橋の救急病院で再診を受けたとき、主治医がそう診断した。けれど若干の自信無さ気な部分も見せた(肋骨骨折の危惧とか)。鎮痛剤を内服し土曜の整形医の意見に従おう。「今日から入浴していいよ」これは嬉しい。

昨夜は友人の所に行った。旅行はどうだった、と聞かれたので、必要に応じて話した。「ごめん、行けない人に」と何回かエクスキューズした。なぜなら、何度もこう呟いたからだ。
「いいなあ、行けて」
「行けるよ、いつか」私は直ぐに応じた。
楽しい時を一緒に過ごす、それが不可能とは思えない。どんな状況を伴おうと。それを原因と考えて「ダメだ」と制限してしまうのは残念な生き方だろう。

入院生活について、私が質問した。たぶん、そりゃ私だって気が滅入るだろう、という内容だった。おいおい、それは、、。病院内の売店で買い、毎日一袋を完食してしまうカリントウ依存の話。そんなこんな話を私はそこで聞いているだけだった。網戸を通して台風の雨風が見えた。旧式のジャズを載せた、ひんやりする空気が着ているスカートの生地を感じさせた。薄過ぎたこと。その下の両脚も、こころもち置き場の無さをずっと保っていた。

「あっ投票、行ってないんだ」突然私が聞いた。
「どうせ変わるに決まってるさ。だからいいの」
この時もちっらと笑った視線を投げかけただけだった。3時間あまりのあいだ私の方角にあまり顔を向けてくれない。正式にそうしたのは、、、開き難かったトワレの蓋がやっと開いた時を含め、たった数回だけだった。
8月30日(日)続

大層な出来事ではない。
午前11時に、ちょうど京成線に乗ったところで、入院中の友人からケイタイがあった。変わりないらしい。よかった。お土産に機内販売の品物を買ったので、夕方会うことにした。マンチェスター・ユナイテッドの男性用トワレで、フリープレゼントに記念Tシャツが付いて来るのかと思ってよく読まないで注文したが、、、。それは「ロトです」堂々と中国人の客室乗務員がそこだけ日本語で言う。申込用紙を送って抽選があるらしいのだ。まあ、それはそれで、、、。

昨夜の南アの技師は「日本は明日選挙ですね」と開口一番に言った。さすが、フランスの石油ガス会社社員は、世界経済や政情などの情報に触手を伸ばしているのか。(トーヒョーニイカナイ)日本のバカ息子に聞かせたい。

それにしても、その旦那さんは、惚れ惚れする愛妻家だった。日本の(オバカ)男性たちに聞かせたい。
家の片付け、洗濯、料理、犬の世話を一応終えたら出かけよう。少し(とても)緊張するのは、いつもの習い。
8月30日(日)

眠気がやって来ない。新設空港に極めて近いこの地域は再開発の波で相当に変わったのだろう。退屈解消がてらにウタダネ婆さんのいる1階のネット屋に顔を出すこと数回、ぼんやりやっても100円くらいなのだ。禁煙でないので悪い空気が余計にヒドい。こんな環境で中高生が深夜1時2時まで遊んでいる。ビルを出てぶらぶらすると、思ったより店があり、それらは飲食店だったが、客は少ない。

一軒のバーに入り、ソウル駐在3年で、明朝からマレーシアと欧州のどこかに出張という南アフリカの男と半時間程話をした。以前会った南アフリカ人は白かったので、何パーセント白人がいるのかと聞いたら、アフリカはすべて黒人が100%だ、あとは後から来た奴等だ、と真顔で強調した。3人の子持ちで妻の赴任先での苦労を労わっていた。エンジニアで母国語、英語、フランス語を話した。あ、コインを追加せねば。そんな話も懐かしくなてしまった。チェックインの時間を考えるべきだ。成田の天候が悪いそうだ。(投票率はどうなるのだろう)

痛い鎖骨を抱えていても、それを気にするにのは自分自身しかいない。何かの問題に関してもそうだ。それはポロリと外れて、あっという間に楽になる、って話ではないだろう。人はそれを経験値から学ぶのかも知れない。
8月29日(土)

再び私自身の力で日本語入力を可能にした。JPを探し出し有効にするのだ。それは今までは考えられないことだ。店のおばちゃんは機嫌悪かったが。全員ゲームの大人と子供だ。

ここは、国際空港に近い(車で3分)所にある不思議なビルだ。12階に部屋を取った。ツインで5000円ほどもする。無機質な内装だが、とても広く、夜景などが望められる。3階の一室がオフィスで、そこで私はクレジットカード決済をした。待っている間、その韓国人たちは日本語のメールを開いていたのだが、ふと目をやるとその内容は、おやまあ女の人の自慰について書かれていた。レセプションも無い怪しさは極限的だが、それは相当大胆にグレートを挙げた。明朝のピックアップはと言えば、7時に地下2階のエレベータを出た駐車場に集合、というのだから、それも不思議と言えば不思議だ。色々考えず、納得するする。つまり、まあそんな国なのだろう。

そのビルを12階から1階に降りてきた訳だ。夕食をまだ取っていないので、これからこのPCショップと同じ1階に数ある、12階のあの空間とは全く場違いな庶民的な店のいくつかから、選ぼう。

今日は春川の少し戻ったところにある、「人工自然観光島」カッピョンに行った。ここも冬ソナ発祥の地で、ファーストキスの場所とかがあり、いちゃいちゃしたカップルさん(観光客の9割がカップルだ)たちに喜ばれていた。2種類のリスが飛び跳ね、レストランその他の施設は上質と言えなくも無い。ひとり焼肉を楽しんだ。それが静養、だったか、そうでも無いか、わかりづらいところだが。とにかく休暇は終焉に追いついた。何事も起こらず、何事も始まらず、そして終わってもいない。

帰国したら、鎖骨の治療に専念しよう。その他のやるべき事も、順次続けよう。それは2番目の順位として。もし優しい気持ちが持てたら、他人にそれを伝えよう。それも悪いことではないと思う。
8月28日(金)続

30分程かけて、日本語入力が出来る様にネット屋のネエさんが努力してくれた。
ソウルより少し離れた春川(チュンチョン)という町で、実弟が隣でゲームに講じている。息子か? と聞いて彼女としては大変ショックだったようだ。

チュンチョン行きは、ソウル国際空港の観光ビューローの女性が薦めて決まった。彼女は行ったことが無いのだが、冬ソナのロケ地で有名になった場所だ。今日はダムに行った。まず市内のモーテルにチェックインすると、そこの従業員の男性は「エスコートします」とダムまでクルマで送迎していれた。有名な料理の店も教えてくれて、誘ったが待ち時間があったので帰って行った。鉄板で鶏肉と野菜を焼き、味噌を塗す。相当美味しい。冷麺も頼んだ。一人で、1時間以上食べた。

店の隅の席で、大型エアコンと並んで座ったようなものだった。肩から大きなバンソウコウが丸見えで、ちょっと異様な女なのだろう。肩に串刺しの鉄棒が入っていて、例えだがアスリートが競技を行っている風だ。(ううん、実は今も痛む。キーボードは、よろしくないようだ)

大きなボリュームの韓国語がどちらの席からもワンワンと溢れていた。私はずっと昔のある出来事や、半年以上前の幾つかの場面の移り変わりや会話などを心に引き寄せては、自分がかつて何に対して感動したか、何に向かって真剣であったか、などをぼおっと考えていた。

多くの旅行者はカップルだった。手を取り合っている多くの若者。あまり日本人のしないやり方、座ってお互いの腿をマッサージしているい中年夫婦。老夫婦が「長寿」というラベルの酒を、ダム湖を見下ろす席で告ぎあっていた(カメラを撮るのを請うと断られた)。そうやってヒトの関係性は奪い合うような生殖行為から、それを超えた落ち着いた愛情の日々に変容するのか、などと馬鹿なことまで、実は考えていたのだ。

そのような韓国旅行は、明日と明後日で終わる。「ニホンジンデスカ」と聞かれる度に、どんな表情を用意しても微妙に恥ずかしい気持ちが残る。それはきっと、その国のコトバを喋れない外国人旅行者であるという、いつもの同じ恥ずかしさに加えて、日本語で挨拶されてしまうというもうひとつの気恥ずかしさが加算されているのだろう。

(だんだん痛くなってきたので、、失礼)
8月28日(金)

朝の散歩とPCのどっちを選ぼうかと迷ったが、また隣の宿に不法侵入した。勝手にウインドウズを立ち上げ、JPにカーソルを合わせる。

昨夜は、そこに投宿している3人とエントランスの階段で軽い話を交わした。日本人女が2人、別々で、インドの男が一人。言語は日本語だ。彼は日本在住暦を持つ。話題は様々。私はインドの話をしたのを記憶している。「サイババはもう神になった」と男は言った。あとは、、皆韓国には興味があるのだろう。そこが共通点か。

その後、自分の宿に帰り(1分かからない)、少しお腹が空いたとその辺の人に告げると、韓国男が万頭をくれた。彼を従業員かと勘違いしていたら客であり、USに移住してゴルフの先生をしていると言った。オーナーのオバサンも暖かい食パンをくれた。怖がりや屋の小型犬がいる。

今朝は6時半に起床し、バスタブに湯を張り、髪も洗った。そして、8時から朝食が出る。あと5分だ。

そういうこととは、、、実際出来事としては何も起こらないが、私の心の中であることが生起するという話だ。その妙に懐かしい感覚。自分自身に語りかけてくる。いない相手を想う気持ちだ。

鎖骨なんてこの際、糞喰らえだ。そうでなくても十分イタい人生だ(逆に捨てたモンでもないが)。
8月27日(木)

隣のバックパッカーズインのPC(Hiragana入力が出来る!)を好意で使わせてもらっている。今のところ料金は不明だ。何という図々しさ!

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昨夜の宿は巨大なYHだった。各国旗はエントランスの屋外に高々と棚引く。客は少なく、大人しい大学生と制服の高校生が団体で利用しているに過ぎない。私の4人部屋は一人で使用した。落ち着いた内装だった。上半身を濡らさない例の方法でシャワーを終え、朝食後、日記を書くためにガラス張りのダンキンドーナッツに入ると、幅員の広い街路を見渡すカウンターに座った。目の細い太めの女の子が携帯で喋りつづけている。

海苔巻を食べ過ぎていたので、胃はその事を根に持っているらしい。盛んに抗議する。若い軍人を何人か見かける。降雨は気にならない程度だが、緩慢にして一時的に激しい。コンビニでビニ傘を買い、600円位だったのだが、いやに高い感じがした。

こうしていると、やはりガラスケースの中身が気になりだし、日本語を流暢に喋る若い女の店員にコインを渡して、チョコとカスタードのミニドーナッツを席に運ぶ。

2個目のドーナッツの粉砂糖を唇から払い、コーヒーカップを持ち上げると、私の鎖骨が文句を言ったような気がした。韓国料理の金属製の箸やスプーンを使うときも不機嫌だ。しかし、私の鎖骨は寡黙な男のようで視線を注ぐ程度なのだ。私は「まあまあ」と言って笑う。

鎖骨の方はいいとしても、問題はセボネだ。一体お前さんは誰なんだ? まだよく知り合ってないが。夜中に激痛を1、2回もくれる。まあ、いずれよくなるだろう。

9時55分、そろそろ2泊目の宿に向かおう。メトロ1号線のアンゴック。そして明後日の列車の切符を買う。チョンゲ川沿いにぶらぶらするのは、きっとその後だ。


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チョンゲチョン(清渓川)を歩き終え、スターバックスでぺリエを抜き取って金を払った。窓越しに中年女がいやいやする犬を引き、犬は生まれ育ったソウルの地に限られた日常を送っているのだろう。当然のことだ。
そこから、また意味のない歩みを繰り返し、中心街に出た。市場の屋台でモツのようなもの食べたり、理解不能の韓国語を沢山耳にしては「アンニョンハセヨ」と手を振る。ひとりで風景や見知らぬ人々に対峙すると、たちまち自分を省みる動作に切り替わる。それを文章に表現することはするが、ここに書くべき内容とも思えない。だからどうなの? のハナシになります。

まったく通じない言語同士の者のテーマがある時「ぺ・ヨンジュン」だった。すると笑いながらも、なんと首絞める動作をしたのだった。隣の席のオッサンは! ははっ!! と私も笑った。
そろそろ暇しないと、、、。そんな風なタビの日常。
2009/8/26

このHOSTELには、日本語softがなく、私は日本語を書き留めることができません。

興奮させてください(excite),yahoo!英和辞書 を使用して、このツールで、私はそれらをコピーして、それらの先、そして、絶え間なく、私は試みました。
あなたは、知り始めましたか?????


ソウルの最初の夜はとても良いのではなく,それほど悪くはありませんでした。
私はこのすぐいつか,この良い夜に関して書くつもりです。

私の悪筆をお詫びします。
どうぞおやすみ!
8月26日(水)続

エホバの証人の女に再び会った。マックでハンバーガーを仲間と食べていた。私も同じことをした。
彼女とは京成電車で会話を交えたのだ。悪い人ではない。
4日間、ソウルのサッカースタジアムで3万人の集会があり、抽選で当選したと喜んでいた。

私が小さなカートを使ってると、空港の従業員が「痛そうだね」と言って通り過ぎた。
「折っちゃったの?」私は笑って鎖骨を指差した。彼は更に痛そうな表情を私に返した。

5分間100円、さっきコインを追加し損ねたので、10分間200円。タイピングは2度分。
搭乗らしい。