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7月31日(金)続

コーヒーを淹れた。正確には朝落としたコーヒーをカップ1杯分だけ小鍋で温めた。今日の午後、裏がタオル地になっていて、表はブルー地に白抜きの草花のプリント生地の帽子が気に入ったので200円を払って買った。家に帰り、それを被ってみた。派手なキャミソールのボトムにデニムを履いていたのだが、暑いのでオシッコをしたついでに脱いでしまった。キャミとミニのワンピのどちらとも取れる丈の服だ。ブラも外し、腕時計も。この家ではエアコンを殆どかけない。

デュラン・デュランが懐かしい。今日買ったTSUTAYAのこの中古CDをかけながら、毎日「するべきこと」を20件ペーパーに書き出しているのだが、それを横線で抹消していく。楽しい作業だ。今日はそれが15件消えた。(この投稿で16件になる)

今日の買い物の重点施策は「友人のアパートの復旧」これが約束事。
7つの提案。

1.部屋の消臭(次回、次々回に実施)  ←部屋中がトイレ兼ゴミ箱だった!
①バルサン(12~16畳用)を購入した。
②芳香剤(パヒュームリフレッシャー)を購入した。クール・ナイトという香りを選んだ。
③コーンタイプのお香(ナチュラルピュアインセンス/フッレシュオレンジ)を購入した。

2.水周りの復活(古い用品の廃棄を含む)  ←ここは便器じゃないっ!
①歯ブラシ立てを購入した。
②くすんだ黄色のホーローマグカップを購入した。

3.クロス類(家から持参する)。
4.食器用洗剤・ハイター・石鹸(これから購入する)。
5.食器類の消毒(次々回予定)。
6.ガステーブル類の清掃(未定)。
7.世田谷保健所にネズミ対策について相談する(ちょっとやりすぎかも)。

13時32分の公衆電話から着信があった。それを3時間も後に気づいた。しかし例え1分後でも、折り返せないので同じ事なのだ。私の場合、肝心な時にケイタイしていないのがケイタイなのだ。
7月31日(金)

雨、は一応は降っている。私の家の二階の貸間にミニチュワ・シュナイザーがいる。それが音程の高い鳴き声で飼い主に何かを訴えている。彼女の出勤時間なのだろう。私の犬はシャア専用悩ましのクッションの上で寝ている。セイラさんがお気に入りのようだ。私は病院から持ち帰ったトランクスを漂白液に漬けたところだ。2時間後を忘れずに!

シュナイザーの飼い主が博多和牛(雌と書かれていた!雌雄で味が異なるのだろうか?)のお中元をくれた。夕食のため、それを冷凍庫より冷蔵庫に移した。心を籠めてお礼のカードを書こう。

昨夜7月30日(木)の夜半は、実は予定が無くも無かった。「生態系と生物多様性の経済学」(TEEB)のキックオフ集会、木曜ステップ勉強会のスピーカーズ・ミーティングの二つがあった。しかし電池切れで動けない状態であった。つまり昼間のお見舞いで。ぼちぼち行こう。精神的には、しかし不思議なことに、「澄んで」来ている。
7月30日(木)続

往きの道すがらホームレス男にすれ違った。飲んだくれて緑道にあっけなく崩れた姿は、その友人に重ねることがいとも容易だった。

だいぶ良くなって見えた。しかし病室から出られない。「血栓があるから、病室から出てはいけないんだ」

その場で髪を剃ってあげた。
暫くの間、しっかりと下を向いてじっとしていた。床に敷く新聞紙は看護師にもらったが、洗面器と液体石鹸は洗面所から勝手に借りた。洗面器は少し汚れた感じだったが、お漏らしのパンツを洗った後だったので、もう気にならなかった。使い捨て剃刀を3本ダメにしたが、出来栄えはまったく大したことは無い。だが喜んでくれた。「ハゲの爺さんが男前のニイサンになったよ」とお世辞を言った。「疲れたよね」と言うと本当にそのようだった。

駅まで行き、ATMで預金通帳の残高をチェックし、「オール読み物」と紙オムツを買った。豆大福を食べたいと何回も繰り返す。前回は飴玉だった。今日は飴玉への興味は失せていた。だから次回、豆大福は忘れ去っているかも知れない。黙っていればいい、と言う。しかし私は融通が利かない。律儀なタイプの人間なのだ。

「前2回電話掛けてくれたのは?」「あの時はまだ血栓の処置をされていなかった」それでこの2日間は点滴こそ外れたが、公衆電話もかけられず、トイレにも行けず(病室に便器も尿瓶もある)、髪も髭も剃れない。もちろん風呂も。「血栓が脳に行くと脳血栓になって死んじゃうんだってさ」

膝上ストッキングを良く見ると、それは図らずも医療用のようにも見えた。ベージュで、足先が無い。ちょっとずれた場所から、風船のような指の付け根が見えたので、私がそれをずらした。

またあの話をした。「もし入院しなかったら、この夏を越せなかったですね、と言われた」と言うアレ。「そうだよ。よかったんだよ」と私は続けた。

面会の前に久々に家族会に出た。一巡した後、私は劇症肝炎について質問していた。劇症肝炎と脳症の関係について。違った職種の4人と自分も経験者である、という家族の男性が親切に教えてくれた。そこでは意外な質問があった。「××さんは、それを知ってどうするのですか」と聞かれたのだ。「ただ知りたいからです」と私は答えた。不思議なことだ。それは以前の「あんた、どうして診察に同席したいっていうんだ?」という本人の質問と、どこかとても似ていたのだ。
7月30日(木)

ノラ・ジョーンズのMore Than Thisを聴いた後に、ジョン・レノンのBeautiful Boyが続いた。ノラのはToyotaの「クルーガーV」、レノンは資生堂のCM、ショーンが出演したとクレジットされている。お買得の100円。暑い一日が始まっている。お気楽な退職者だが、仕事が無い訳ではない。とても個人的なものではあるが。

昨日の投稿に<  >書きでもう二言三言書き加えた。

(×沢病院にお見舞い。そこにいる、と思うけれど)
7月29日(水)続

後12時間後には、私は友人に会うために、殆どその片道にいるだろう。しかし、今はそうではない。彼は言った。「当分、毎日こんな風さ。毎日、(アルコール病棟の)この部屋でこうして動かないでいる。あんたに連絡もできない」「だいじょうぶ」即座に私は笑ってそう応えた。だからその、延長線上に今があり、私は落ち着きを供にしている。そう解釈する。

スポーツクラブのスタジオで『ルーシー・ダットン(仙人体操)』をした。半分も上手く出来ないが、それもちょうど良い(講師がとても可愛い)。その後、日比谷通りをチャリで走った。私はその相手とどういう関係性を保っているのか、考えた。三つある、と仮定した。一つ目と二つ目はどちらかと言うと、説明不能な領域。

一つ目、相手はある意味、強く正しい存在である。だから私は従順に行動する。聞き逃しの無いように、その指示に従う。理不尽な排他や搾取があっても、一応はそれに応ずるべきである。自分からの要求は行わない。
<~してちょうだい>

二つ目は自分自身の問題性。つまり自分はあまりに欠陥のある人間である。ただそれだけ。
<アホ女>

そして三つ目は、それらとは無縁である。大変見つけ難い、相手の中のたぐい稀な性質。人間として異性として認める価値。ただし、自分自身の存在価値とは無関係である。つまり自分がそこには今までもこれからもいないのかも知れない。残念だがそれは仕方ない。
<興味ない>
7月29日(水)

今朝は朝一で「目黒区特定健康診査」を受診する。家から数分の場所だ。無糖の飲み物はOKなので、コーヒーをガブガブお代わりしている。やるべきことを済ます。

昨日は、色々なことを済ませた。まず、みずほ銀行のATMに久しぶりに寄ると、友人からの月々の借金の返済が入金されていた。普通なことなのだが、「えらいな」と思った。次に不動産屋に行き、隣接する銀行を往復して、退去者への礼金の残金とリフォーム業者への施工費の支払いを終了した。契約サービスの確認は常に要求される。

その後レンタルビデオ屋へ。DVDの遅延は1日1本300円とは高い! そう言えば入院中の友人は病気が原因して「数万円になっている」と薬でラリった声で呟いていた。その時、それを返却する手伝いをしたが延滞料は払ってあげなかった。それを思い出して、昨日は自分の1500円の延滞金を支払った。DVD『プリシラ』を100円で借り、同じく100円のCDも2枚購入した。クイーンやドナ・サマーのオムニバスとリー・リトナーで、まだ聴いていない。

シェリュイへ寄り、窓越しにエコパンの籐製のトレイを眺めると、目当ての食パンがあった。手に取るとそれは耳パンであり、50円だった。「不思議なものがありますね。でもこれも美味しいんですよね」「美味しいんですよ」店員が笑って合わせてくれた。

祐天寺から学芸大に向かい、もう一度MUFGで金を下ろし、リサイクル屋で200円の服を買う。目黒通りに出て、もう1件のリサイクル屋で50円の温泉玉子器を買う。アフリカ系の客がいて、いつもの店員が明るく喋っていた。

碑文谷ダイエーで消臭剤、ドッグフード、夕食の食材を買う。最後に行き着けの自転車屋に寄り、エアを入れてもらい、タイヤとブレーキパットのチェックをお願いする。この店は近々移転すると聞いていた。「いつまででしたっけ」と聞くと「今日までです」と言う。都立大を少し下った場所になるらしい。少し遠くなる。場所は、「すぐわかる思いますよ」と言った。

さて、クリニックに行く時間だ。午後に竹橋まで行く。その時持っていく資料のプリントアウトもまだ手付かずだ。
7月28日(火)続

がん患者の生活苦のTV番組をやっていた。身体的、精神的、経済的苦悩を抱えて参って行く。その社会問題を国谷裕子が伝える。がん、は深刻だけれど、いま私の身の回りにいる人間は別の病、アルコール性肝炎だった。私は「劇症肝炎」という文言をウィキぺディアで調べてみた。一体どんな病気なのだろう。完治するのだろうか。脳症という傷病名が現れた。その脳症とは一体何なのだろう。歩行困難はそのとおり。それも治るのだろうか。

昨夜は夢の中で友人の見舞いに行った。概ね、よい筋書きだった(今はもうその程度しか記憶していない)。明日も、現実的に病院には行けない、と思う。本人には明後日の木曜の家族会に参加がてら、見舞いに行くように言ってある。私は必要なのだろうか。あるいは、そうでない? 私自身の抱える不安が、そこいらに無い訳ではない。しかし、それを見せたいとは決して思わない。もしきっちりと、面会の間隔を空けることが今必要ならば、喜んでそうしたい。

2日間誰とも会話しないと、向き合うのは自分自身と犬だけだ。事務的なものを除いて、まともな会話をしていないのだ。しかしそれは、ちゃんとした食事をしていないとか、十分な睡眠を取っていないとか、財布が空だとかいう訳でない。まったく気儘な「怠惰さ」だけに由来する。

だから、この女はこっそりとブログなどを書いては、一息つく。怠慢に怠慢に生きているのだ。もう何があっても、露わにした心を辛い風に暴れさせたりということは無いようにする。心配はとても心配。しかし、血栓防止のために膝上までの女物のストッキングを両脚に履いたあのオッサンの、今は一番の親近者です、と名乗ろう。スカトロみたく、お下の話ばかりでごめんなさい。不快な思いをさせてごめんなさい。私をずっとずっと愛している、例えば亡き私の母へ。こんな日記をたまには書く。

当たり前のことだが、私は役にたっていない。
7月28日(火)

明日はFPとの面談予定があり、今日はそのための宿題を一夜漬けで行う日だ。そこで前回納品された計画書を改めて読む。ぼんやりとした骨格はわかる。うーん、横軸の単位の最後が91歳か。誰か他人のモデルのようでもある。それを読んだところで、、、。つまり肝心の宿題だが、その宿題とは、ある種のエクセルのグラフを作ってみましょうというものだったが、、、。まったく頭脳明晰な顧客だった。仕方なくFP事務所にメールし教えを請うた。次に金融機関に電話して、郵送されたレポートの読み方を聞こう。

朝で、比較的涼しい。昨日はお盆の時期に予定して取った航空券をキャンセルし、今朝はホームクリニックに電話し、区の健康診断を申し込んだ。この2つに関連性ゼロ。

ところでファイナンシャル・プランニングとは、夢と現実の架け橋的な仕事である、と最近知った。その援助を得ている。91歳、愉しいオバアチャンライフであるといいが(こんな話って寝言みたい、ですかね)。
7月27日(月)続

午後NHKBSで老人介護番組『そりゃ あんまりだ!「介護の負担 もう限界!」』を観た。政府の福祉政策の移行で予想される様々な負担を介護者や専門家が語る。介護者自身のケアにどれだけ税金を投与し、システムを構築できるか、それだ。

アルツハイマーの症状で、もう60歳近い息子に対し「高校生である頃の認識」に戻ってしまっている父親。「どうして高校をサボっているのか」と怒鳴る、と言う。それを繰り返されると、頭で理解しても心が付いて行けない。思わず手が上がる。一言一動作が問題を起こすのだと言う。多くの誰もに関係する。また老人問題は、精神疾患患者への家族の処遇というテーマの大きな一隅を占める。ここでも社会という大きな器がやはり必要なのだ。

すると次はアルツハイマーへのDNAワクチンの開発が望まれる昨今だ。死ぬまでボケない老後は、人々の羨望に違いない。しかしあんまりピキピキに冴えている老人も如何なものかと、自分自身の姿を想像する。程々に。え、あなたの場合そのご心配は無用です? でしたか、失礼しました。

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前線の影響で降雨が続く。午前中に中目黒のプレッセとカルディーで買い物を済ませてある。昨日やっとポップアップタイプのトースター800円を中古屋で見つけた。変な時間だがそれを試してみる。食パンを投げ入れると、ちょうど『アジアンキッチン』の番組でセンレック・トムヤンクンを作っていた。タイの松本サンと言うお母さんが。目黒と言うが、何処の店だろう? ああ、食べたいよう(インスタントは今日買ったが、本物を、、)。ところで今晩のおかずはモモとカレー、サラダでもう大体出来ている。
7月27日(月)

今朝このDVDを観た。借りている期間中2度目だ。アルツハイマーの妻、施設の面会に通う夫。しかし、妻の記憶が「家中のブレイカーが一部屋毎に、つぎつぎ落ちて行くように」失われていく。クロス・リレイションの人間が最も苦しむのだ。本人は別にして。たちまちやって来る。いると思っていた。その誰かがいると信じていたその居場所に大きな空隙が出来る。どちらかというと役者の演技力に酔う作品だ。

最期のシーンで、まるで夫を想い出したかのように(彼自身がそう理解した)妻の口から流れる台詞が泣かせる。私は何度か、リビングとキッチンを往復して、映画を観つつも、忙しくコーヒー、朝食、デザートそしてコーヒーを手に入れる。最後のシーンで、その時キッチンクロスを手にしていた私は、不覚にもそれを顔に当てようとした。ごわごわとした肌触り。あんたこそ、アルツハイマーかい? と布巾に心配されていたのだ。

さて、9時15分だ。10時までに返しに行こう。1日遅延してしまい、次回延滞料を課金される。色々とニューロンが弱っている。