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6月30日(火)

昨日の自転車屋の件は、こういうことだった。
全て、チェーンが外れたのを自力で直せない私が問題だった。特にああいう自転車に乗っている人は。以上。


ところで「いい人」は「いい人」でいるみたいだ。昨日、私があるリサイクルショップの店頭に並んだ香水のミニボトルの香りを嗅ごうとして、キャップを誤って床に落としてしまった時「あ、いいですよ、探さなくて」と咄嗟に言う声がした。それは活字にしても表現できないような素晴らしく温かみのこもった声だった。それでもなお私が探し続けるとこう続けた。「本当にいいんですよ、それ取れやすいですから。後で見つけときます。お気になさらないで」社長と呼ばれる65歳位の男は横向きに座り、ゆったりとTVを観ていた。私は侘びを言い、別のボトルを1本だけ買って帰った。

あるいは、その後の道で無灯火のチャリが私のチャリと角で擦れ違う時、ニアミスという程でもなく単にすれ違ったとき。「あ、ごめんなさい。ごめんなさいね」と繰り返した男。そんなに謝らなくたって私だってよくやることだ。そう思った。数秒の出来事。何かが単純にコトリと心に届く。

つまりそうした人たち。生まれつき「いい人」なのだろうか。私の身内では無い、その人たち。一緒に過ごすとしたらどんな毎日だろう。例えば私が「しゃぶしゃぶをご馳走するね」と言ったとき「まだお腹空いてないから、小さな安いコースでいいよね」と言う私の意見に同意してくれるかも知れない。もし「体の具合は大丈夫なの」と私が聞いたときに「心配してくれてありがとう」と言うかも知れない。「何時に旅行から帰ったの」と私に聞くかも知れない。その人はもしかしたら、ビールやホットドッグや果物に対し、単に「ご馳走様」と言うかも知れない。

でも、これらはすべてひとりよがりで馬鹿げた記述! だって、つまりアノ原因。お酒の神様がそうしている。それどころじゃない、ってこと。とてもとてもシンドくて、体調とかすべてがきっと。

だから当分「いい人」は自分が演(や)ろう、と思う。
(今、こう書いている自分は、もしかしたら物凄く「嫌な人」だったりして、、、)

そう言えば、重要なエクスキューズを今思い出した。頻繁に耳にしていた。
「いまあんたの付き合ってる男がうつだって事、忘れないでちょうだいね」
、、、、、、、、、はいよ、、、、、、、、、。
6月29日(月)続

「で、どうして経堂に来たの?」少ししてから、その特別の友人が私に聞いた。
その質問は「メシ食わせてくれ」という電話の前の時刻に、私が家を出ていたから。

「クソやかましい」と低く呟いた後だった。私の挨拶、開口一番に「大丈夫?」と尋ねた私にそう応えたのは、まるで銃創を負った野生動物の唸りを連想させた。それよりはほんの少しだけ和らいだのだ。
「果物を渡そうと思って来たの」「そう」

新幹線のデッキでは、こんな感じの電話だった。「夢ばかり、ヒドイ夢ばかりだ。眠れない、、、」土曜の朝2度目のコールだった。だから心配を形で示したかった。

今日の午後、私はサクランボを2種類にブルーベリー、それとライムをプラスチックカップに詰めて持っていた。店のテラスでは何故か足元にそれは置かれていた。私たちは暫くの間、コーヒーショップでビールを飲んでいた。たまにチリドッグの中身の豆をフォークですくって口にする。それを私はぼんやり見ていた。すると、彼は指を折って数えてからこう言った。「4日ぶりだ」「なにが」「外出は4日ぶりだ」と言った。「毎日毎日酒だけさ。蕎麦1食とね」膝の下部に2センチ程度の円形をした黄色の化膿傷がある。酔ってチャリで転倒した時のだと説明した。「シャツに汚れがあるね」と言うと「これは胃液を吐いた時のさ」だから緑色。

「このシャツは、木曜から着たままだ」「そう、どうして」「沢山あるんだけどね、着替えるのは面倒だ」
気がつくと、足の傷から一筋の血液が流れ落ちて足首に達しようとしていた。摺ったからだ、と説明した。飲み物のお代わりを一人分頼んだ。タバコを買いたいというので、300円あげた。「歩いて来たから、今日は転ばないよ」と言っていた。「そう」とだけ私は言った。グーと肘、その後にもう一度グーを合わせるだけのカジュアルな片腕の挨拶。笑った振りをするのも、どこか怠惰な感じがする。堕落した、というか。

喧嘩したことも、殴ったこともすっかり忘れているみたいだった。

家に帰る途中に私のチャリのチェーンが外れた。通りがかりの見知らぬ自転車屋に寄ると、修理費に法外な料金を告げた。腰の酷く曲がった老人だった。高いと思います、と言うと態度が変わった。罵倒した。「何言ってるんだこの野郎、何だと思ってやがる」小さな黒い両眼は強い光源を放った。

誰にも接触せず生きて行くことなどは不可能なので、人は知らず知らず様々な耐性を身に付けるのだろう。「良い人と悪い人が世の中にいるんじゃないよ」夕食のテーブルで息子が私に言った。「それぞれの人の中に、両方がいるんだ」「どうしてそんなこと知ってるの」
その答えは私にとって意外だった。「アニメかな」と言うのだもん。
6月29日(月)

仕事を辞めてから、月曜は私の好きな曜日になった。週末の小旅行の3日目だったり、東京にいる時も、トレーニング・ジムが休みなので、1日がゆったりとした午前から始まる。以前がどうだったか、つまり多くの人々にとってイヤな曜日であることは知っている。十二分にそれを経験しているので、こう書くことも許していただきたい。とにかく、またその月曜がやって来た。

朝を夜行バスの中で迎えた。羽生インターで。そこまでは、青森の能代という駅から出発した。午後7時、そのシャッター街で1時間をつぶすために、駅員に色々聞いた。「砂防林まで行けますか?」「たぶん、絶対無理でしよう」その後、1軒だけ明かりの付いている店を見つけた。近づくと薬屋だった。薬類の篭った強い臭いがした。主がいない。数秒後、白衣を着た老人の後姿があった。わざわざ通りに出て、近くにいるはずの客の姿を探している。挨拶し、道を教えてもらった。開いている店がまた1軒あり、そこで30分だけひとりでカラオケをした。

土曜日、北秋田県阿仁地区の文化センターには150人ほどの人々がいた。知り合いを見つけ、沢山の初めての人々を眺めた。『ブナ林と狩人の会「マタギサミットin阿仁」』というイベントだった。新たに知り合いになった人もいた。出会った印象が強かったのは二人だった。ひとりは弘前に住むフリーのツアーコンダクターの女。二人目はアイオワ大学の準教授の男。「また会いましょう」と言って、それぞれ別れた。

このイベントの趣旨は以下のとおりだ(主催者テキストのコピー&ペースト)。
<<東北芸術工科大学田口氏の研究活動がきっかけとなって、日本に点在する「マタギ」と呼ばれる伝統狩猟者が一堂に会し交流を始めて本年で20年目となり、毎年各地域での持ち回りで開催されてきた「マタギサミット」が今年は阿仁での開催となりました。
 この間、狩猟者の高齢化、狩猟人口の減少、中山間地域の衰退、農作物被害、人身被害、クマの異常出没、大量捕殺と狩猟自粛等、狩猟環境・住環境は大きく変化してきており、毎年開催されるマタギサミットにおいても、狩猟の役割、中山間地域の生き残りや野生動物の保護管理のあり方等について議論されてきた。以上のことから、「狩猟と駆除」をテーマに、国内外の狩猟環境とその課題、伝統狩猟の位置付けなどについて議論を深めたいと思います。>>

私が、そこに参加した理由は、知り合いの猟師さんたちへのお礼の挨拶だった。学生として研究していた1年半前に、聞き取り調査に快く協力して下さったことに対して。が、気持を伝えることに成功したとは思えない。それは換言すると、することが途中だ、という意味かも知れない。

犬と自分のシャワーを終え、コーヒーとパンケーキだけの遅い朝ご飯を『奥様は魔女』を観ながら取ると、月曜はもう半分どこかへ行ってしまった。残りは、まだちょっとだけあるのだが。
6月27日(土)

昨夜遅く旅行の用意をしていた。土日に秋田の阿仁に行く用事があった。乗り物の情報をプリントアウトする。着て行く服を決め、ショーツとブラと靴下、それに別刷りの自分の記事を20~30部デイバックに入れた。携帯があり私は掛け主を知っていた。
彼は、、、昨日の電話のやりとりの記憶が限りなくゼロに近い。それは急速に減退しているように感じた。今、どんな状況にいるのかがよく判っていない。打撲の怪我を負っている。不安を抱えていて、深い孤独の中にいる。

>>少なくとも、あなた(誰か)を必要とした。
びっくりしたことに、その電話は、そのもの、だった!!

「動けない。家から一歩も出れない。だから、あんたは来るべきじゃない」
つまり、それはどういうこと?

そして、どこでどんな風に怪我をしたか。DVDの延滞料のこと。数万円になっていると言う。入院がどんなにイヤか。夜何時かになるとタバコが吸えない。だからずっとこうしてここにいる。それが楽チン。どうして楽チンなの? そんなに辛そうなのに、と思った。

1週間前はこのテーマで長い時間怒っていた。「オレを××ちゃん、と呼ぶな」というサブジェクト。でも私にとっては、可愛い××ちゃんなのだ。そうでも思わないと「怒り」、多種多様な怒り、を受け止めることは至難の業だから。
6月26日(金)

昨日、近所のリサイクル・ショップにあった青色の現物は案外気に入ったが、ヤフオクにあった小さな写真の姿も選択の範疇にある。カウンセラーへの返事を考えた。

>>すこしづつ自分の意見を伝える。確実に、意識的に、検証しながら

相手に自分の意見を言うことは、彼の暴言のスタート合図になるかも知れない気がする。例え心からの真意を含んだものであっても。まるでそれが、理不尽な発言であり、彼を痛めつけている言動であるかのように。どのような意見も、例外なく。 
例えば、、、、恋人として私が相手に、体に触れ合うこと(手をつなぐこと、キスやハグ、もちろんセックスも!)への控え目な「・・・していい?」とか「・・・して欲しいの」という言葉が、きわめて強い「嫌がらせ」と取られる。いま言動上では、少なくとも。


>>少なくとも、あなた(誰か)を必要とした

暴力を受けると、その後遺症が心配だ。顔は困る。眼とか歯とか。もしそれが無ければ、需要に応じてもいい。でも、たぶんそれはあるし、そこに至る過程もとても怖いのでアンビバレントだ。借金や酒やタバコを与えることなどの需要も、とても困る。「回復」という用語を使うことが正しければ、ダメですよね全部。今書いたことは、病人同士のはなしでしょうね。


>>大切にしていることは、尊い事

大切にしていることとは、何なのだろう。私の一方的なものと、相手にとっての大切なこととは、同じなのだろか。年月が経って、それが判り、でももう遅すぎた、ということでは無く。本当にそうだといいのだが。
6月25日(木)続

今日の昼間はプールや自宅で、長い付き合いの女友達と一緒に過ごした。デリバリしたランチを一緒に食べて、寛いだ。「これから、30分6千円のカウンセリングに行くの」と彼女に話すと、「ええ? 6千円? じゃあ私が5千円でやってあげる。きっと、スッキリするよ、どう?」と繰り返す。黒っぽい両眼が悪戯っぽく笑った。

午後6時。不思議に自覚してなかったのだが「汗かいてらっしゃいますね」と言ってその援助者がエアコンのスイッチを入れた。犬は私の左背後でゆっくり仮眠に入った。話した事は「私はいいちことキャスターマイルドを買って持参して行くべきか、悩んでいるが」という愚かな相談だった。私がそれを話し、援助者がひとつの意見を話した。私が共感し、援助者がさらに掘り下げ、次に私は自信の無さをほのめかしたが、援助者は、結論はどこにも無いのだが、どこか助力を与えたいようにすら感じた。そして、約束の時間が終わり、私は「着信がまたあったので、寄ってみます」と伝えた。「何かあったら連絡してください」という言葉を少し遠くに聞き取った。

事実、途中で何度か酒屋の看板が目に入った。オオゼキに寄って、酒も何も買わずに出た後で、折り返しの電話をした。留守電と同じ内容。「あんたの忘れた化粧品と、TSUTAYAに返さなくてはならないDVDを自分のポストに入れてあるから、ついでに返してくれ。家から一歩も外に出れない」というものだった。

最初はとても悩んだ。それは決して「犯罪」では無い。いいちこを買うこと自体は。しかし、その酒は買わなかった。何故かと言うと、電話の向こうはすでに酷く泥酔した声だったから。痛々しかった。その時お代わりの酒など持参したいとは思えなかった。アパートに到着し、ポストの中にあった化粧品とDVDを受け取り、単にその旨を事務的に電話した。部屋には寄らなかった。

留守電の件への私と援助者の合意した判断、つまりきっと私に会いたいのだ、という推測は誤りだった。(もしくは病いがすべての事象を追い抜いて行った)

何のどこが変なのか。

私の持っている天秤の片方の皿はずっしりと重い。もう一方には、いまは何も無い。何かが揮発してしまった痕跡だけがあるみたいだ。言われた通りを全てする訳ではない。その一部分、ボランタリーな性質のものは、行う。命令に従う。どうしても従う。自分の意見を言わない。どうしても直接言えない。どうしてなのか、わからないがどうしても。
6月25日(木)

今日の夕方あるカウンセリングのためのノート。
私が今望んでいることは、このようなことです。

1つ目、彼の生存。そして病気の進行が遅くなること。祈り、無力を受け入れること、感謝。
2つ目は、私自身の不安をあるがままに受け入れること。
3つ目は、専門家の意見に耳を傾ける。
4つ目は、12ステップを自分で行ってみる。
5つ目は、その他の方法。思いつくままに。

書いてみると「望んでいること」は、たったひとつで、2から5(1も)は、方法や手段だった。

目覚めた時、夜中は夢だらけだった。寝付く前は、こんな感じだった。何時だったか、家族会に参加するために病院へ向かう道路の風景。安心があった。帰りに病院からアパートに向かう風景。破線で示されるような不安。どちらもたちまち溶解して行く。
6月24日(水)続

昼過ぎに雨が止み、蒸し蒸しした日差しが一挙に押し寄せた。午後、私は千代田区にある産業振興型ビルの1階のコーヒーショップで、打ち合わせがあった。プラスチック・カップに入った2杯のアイスコーヒーを小さな盆に載せて運んだ後、その角に配置されたソファーは小型犬が熟睡するのにちょうどいいデザインをしているのがわかった。帰りに出光美術館に寄った。そこでは「やまと絵の譜」展をやっていて、それを観終わってビルの外に出ると、「わかりました?」という声がした。制服姿、薄っすらと見覚えのある顔だった。思い出した。数十分前に道を聞いた隣の「農中ビル」の守衛の男だった。

今日、言葉を交わしたのは、何人の人間だろう。とても少ない。他人のために生きられない。書くことも含め、どうしてもそうなってしまう自己中心的な考えから、1ミリでも自分を離したい。
6月24日(水)

昨日カウンセリングの予約を行った。明日の、そのチャンスを大事にしたいと思う。話すことをまとめてみた。
私が昨日、彼のアパートに行くべきか迷った。「いいちこ」と「キャスターマイルド」と「サトウニシキ」を持って来て、と言われた。淡々とした口調だった。急いでそれらのリスト通りの買い物を終え、ドアを入りそれらを手渡す。「さくらんぼ、これでいいの?」とかだけ語りかけ、「それじゃ、元気でね」とだけ言い、たった数分間で退出する。それをするべきか。その時こう考えていた。

1.彼の役に立ちたい。自分は命令に従うべき存在で、それ以外には価値が無い。
2.断酒を始めていない状態の病人に、突然酒が無くなると、苦痛があると思うので一時的にだけ助けたい。
3.言われたとおりにしないと、怖い。

以上はすべて常識の範疇を逸している。最近、依存症の相手に酒を持参したり、一緒に飲むのは止めましょう、と彼の主治医などに言われていた。病気が進行し、もはや料理を楽しむための酒では無く連続飲酒を支える目的だけの酒になっている。さらに私はもはやデートの相手では無い。必要なもの(酒)を入手する便利な相手、もしくは何の興味も与えない存在。病気がそうさせている、と理解している。

私は昨夜アパートに行かず、ずっと家で過ごした。かわりに別の事を行った。とても勇気が必要だった。不特定の方々に対して、ある掲示板に自分のブログの記事を投稿させてもらった。ウェブ・マスターに心より感謝している。
6月23日(火)

マネー・フローの逆流? 今日の値動きは、3ヶ月で利益を回収した、と考えてのヘッジファンドの買戻しが原因という説がある。ミセス・ワタナベって、それ聞いたことありますよ、と私はどこかの会合で笑った。ちょうど習ったばかりの時だったが。

まったく別の話題。特別な友人の病状や安否。それへの関心が閾値に達した。そこで今日の夕刻に電話した。2週間ぶりに声が聞けた。思いがけず、それも「変わりない」という言葉。切ると頬に涙が伝わった。再びコールバックしたとき、酒のリクエストがあった。私には何も出来ない。たったひとつだけ、砂袋(サンドバッグ)? それでもいい。たとえば、「下らない日記」そう、私もそう思う、本当に。

どこかの子供が、家の前を走るスニーカーのぱたぱたという音が2度往復した。さっき取れなかった携帯の着信に、掛け直そうかとても迷っている。