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5月31日(日)

湿ったままの洗濯物がガラス越しに質量を誇示している。お誕生日1回無料キャンペーンのハガキがデスクの上にあり、その紙ペラは時間をそこで費やすことを勧めている。電話に出た。

「炭水化物しか食べてない」「家から一歩も出たくない」「酔っ払ってない」「そう金も無い」「イチゴ買って来てくれ」「×××××」
「失礼、なんて言ったの?」
「フルーツずっと食べてない」

「だったら、イチゴ一緒に食べてから私一人で温泉行く」
「そう」
あれトーンダウンしてる。ショーガネーコノオッサン。置いてくよ、だって。(続く)

*******

イチゴdozen/アメリカンチェリーの入ったフルーツのカップ/手作りのスペアリブ1本/付合せのサラダと漬物/朝の野菜カレー少量/ゆで卵1個/ドーナッツ1個/鰻1串を用意した。そして。

そして、これから起こる事をシミュレートしてみた。
1.ドアが施錠され部屋に入れないし、ケイタイも通じない
2.持参したフードをぶちまけ、暴言を浴びせる
3.持参したフードには関心を示さず、暴言を浴びせる
4.持参したフードには関心を示さず、退屈に過ごす
5.持参したフードを受け取り、退屈に過ごす
6.持参したフードを受け取り、ごく普通に過ごす
7.持参したフードに感謝してくれて、親密な時間を過ごす

(正解は3)

******
何度も何度も起こる。どうしても慣れない。
厚木で。おばちゃんたち4人とお喋りした。一人は往きの送迎バスの中で、一人は湯船で、後の二人は帰りの送迎バス。午前中、私の心の半分は何かによってスポイルされていたので(でも病気がそうさせた、と自分に言い聞かせています)、応急的にそうした。バスを降りた二人の老人は10メートル程ゆっくり歩くと、もう息が切れたのか「休憩しようか」と道端の低い敷石に座り込んだ。その少し前に、赤信号を渡ろうとした私に強めに注意を促した。駅への道順を非常に正しく、明解に語った。親の年代の人たちだった。
5月30日(土)

遅い午後、BBF(ビッグブックファミリー)のミーティングに参加した。今日は女性クローズドで、私の、始めてのそうした種類への参加だった。数時間前に私のカウンセラーにその事を話した。そうですね、男の人がいない分、話し易いという面もあるんじゃないですか、と言われた。もっともだ。実際、その場の雰囲気も大変良かった。輪読に使ったものはある有名な臨床医による、「アルコール依存症(という病気)が行う、(本人の)思考と心的なものへの影響」たぶん、そういう意味のテキストだった。分かり易く、容易に心に届いた。私も生まれて初めて自分から挙手し、短い分かち合いを行った。皆がすごくやさしくて、涙が出そう、、!

実際にそう感じたのは、その数時間後の話だったけど。
5月29日(金)

昨日落としたコーヒーの残りが未だ耐熱性ポットに少しあった。それを暖め、8枚切の食パンを1切れだけ余熱してあるトースターに投げ込んだ。サニーサイド・エッグを焼き、生のトマト2切れと6Pチーズ1片を皿に盛り合わせた。茶色になりかけたトーストを2つに切り、バターとミックスジャムを塗る。

雨がリズムを伴って軒に音を伝導する。ごく簡単な朝食は赤色のプラスチック盆の上に並んだ。BSを付けると自然界の音量はたちまち陰に吸い込まれる。不条理はそこいら中にある。理路整然とした明快性は作り事だ。世の中、遣り切れない馬鹿さダラケだ。どうにもならない。祈る? 他力ではない方法で。祈る、とは? 全てを受け入れ、同時にそれらを咀嚼し吐き出すことかも知れない(吐き出すって、まるで嘔吐を連想する)。

昨日の真昼間、渋谷の駅舎の階段で手摺に寄り掛かりながら、胃の内容物を大量にぶちまけている浅黒い肌の外人男がいた。友人もまた同じ話をしていた。「一昨日吐いた」「単なる胃酸過多さ。その日は酒止めた」「いや、苦しくは無いさ。一瞬のことだ」私はゆっくり瞬きしただけだった。実は溜息もちょっと吐いた。そして思った、嘔吐が辛くない筈は無いよ。

話を戻すと、ボン教のある高僧は、彼の智慧をこう説いた。「誰もが呼吸をしている。それが行になる。息を吸うと同時にポジティブな質を吸い込み、吐くときには、害となるものを吐き出すように心がける」この本を開くと、訳者である梅野泉氏のお茶目な笑顔をどうしても思い出す。
5月28日(木)

平成21年5月28日という日にちを今日、何度書類に書き込んだのだろう。私が世話になっているFP氏は「資産管理とは一つの会社の経営に似ている」と説明したが。今のところはどちらかと言うと指示された通りのことをしている。だから準バカ殿のようなものだ。それにしても眠い。

(雨なので東横線と井の頭線と京王線で)家族会(1時間半)、(30分の徒歩で)友人のアパート、バーガー店でランチ(計2時間)、(小田急線と井の頭線と東横線で)自宅、(降雨の中チャリで)証券会社(およそ2時間の事務手続き)、(再び豪雨の中チャリで)自宅、(降雨の中、徒歩と走りで)動物病院、(徒歩で)スーパーと自宅という経路だった。すべて老犬連れであった。犬は犬ですごく疲れたのだと思う。ごめん。

早々と家事その他を終えてベッドに行こう。

追伸;今日はアルさんと一緒にランチビールをラージグラス一杯だけ飲んでしまった。小銭(千円札1枚)も貸してしまった。
本当はどちらも(まったく!!!!!)したくなかった。今、私の部屋の窓の外を降る金属製の雨のようなエピソードだった。
5月26日(火)

十和田市にいた。焼山という名称のこの町にはネット屋はおろかローソンもセブンも無かった。万屋さんはあって、しかしドッグフードはそのどこも置いていない。「ウチの犬のでよかったら使うが?」こんな風に特別親切な人々が多い。結局旅館の料理から、魚と肉をご飯に混ぜて与えた。だから結構水ばかり飲んでいた。

昨日は十和田湖周遊道路で犬をチャリの前籠に乗せ、次に手漕ぎボートで緊張させてしまった。カヌー犬ガクには程遠い。初めてペットOKの宿に泊まったのだが、とても良い所だった。露天風呂も感じがよくて、1泊7300円だった。朝晩に犬と草地を歩く。不況で寂れた温泉地の草地。でもオシッコをするのには東京よりずっと気持よさそうだ。

今日は、奥入瀬渓流に立ち寄った。初日、すでに犬のリードをどこかに無くしてしまったので、子の口という十和田湖の畔まで探しがてら、往復を5時間程歩いた。新緑が様々な緑色を表現して爽やかな小道だった。クルマバソウ、ニリンソウ、キクザキイチリンソウ、ズダヤクシュが美しい。まだ晩夏でもないのにカツラの樹木から甘い香りが漂って来る。たちまちこの樹種が好きになった。

この日私は、どうやら内藤選手の「しょっぱい試合」を見逃してしまったらしい。

5月27日(水)

最後の日は蔦温泉に寄った。整備された散策路があり、沼に面した木製のデッキのような場所で寛ぐ。左右の天然のスピーカーから生の蛙のソロとエゾハルゼミの大合唱が大賑わいだ。一軒宿があり、聞くと意外に安く8000円から泊まれるという。そこの温泉は格段に興味深い。500円であった。三沢に住む同年齢の女の人と二人だけでゆっくり入った。焼山までぼつぼつ歩いていると「あれ! どこ行ってたの?」と散策路で会った八戸の老夫婦がクルマを止めて乗せてくれた。酸ヶ湯温泉に入って来たという。千人風呂という混浴がとても良いと話す。「一緒に入りたかったよ」とお父さん。奥さんは長い道中ずっと20代の頃の登山話をしていた。

犬の福利向上委員会主催の今回の旅行だったが、実は飼い主の福利厚生だけに終わってしまった。当然といえば当然の帰着。
5月25日(月)

昨夜は雷がヒドかった。今日から(別荘以外では)初めて犬連れの旅行に出るので、簡単な支度とアラームを設定して風呂にはいっていると、犬の爪音が風呂場のガラス戸を叩く。寝室に上がっても、雷は鳴り止まず、PCを膝にした私の横で体を密着して震えていた。今朝は大丈夫だ。

そろそろ始発バスに乗って出掛けよう。新幹線は好きではないが、連れの哺乳類が疲れないためにはベターかも知れない、と考えた。青森に向かう。

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"Blueprint for Progress"P57-59 感謝Gratitude〈設問〉「1.ハイアー・パワーからの贈り物について」1(1)(2)(3)2.感謝する機会(5)(6)3.感謝の気持を表現すること(7)(8)〈見つけたこと〉について上野-八戸間の座席で行った。(4)だけはある理由によって飛ばしたが。

1時間程で終わった。例えば、(3)トップ10とは別のことで(トップ10とは(2)で聞かれた私がいつも感謝しているトップ10のもの)、日々の生活の中で、自分が感謝していることを5つ挙げよ、であった。
穏やかな深い睡眠/日々の活動をこなす体力/美味しいと感じる食欲/モノを書こうとする意欲/他者へ注ぐ愛情、を書いた。この作業で得た一番の収穫は最後の〈見つけたこと〉であった。(1)から(8)までそれぞれに対応した「課題」が書き出された。そのどれもが複雑過ぎるような気がする、と最後に書いた。
5月24日(日)

朝の時間で、日射しも戻って来た。雨樋をコッコッと垂れる音、カラスの声が非常に遠い。髪を洗った時に洗濯機に衣類を放り込んだので、ローブを引っ掛けて暫くぼんやりとDVDを観ていた。

昨夜の電話を思い出している。
「犬のウンコだ」
繰り返していた。「犬のウンコだ」「犬のウンコだ」「犬のウンコだ」読経のような電話だった。以前にも一度聞いた記憶がある。オーケイ、間違いなく私が犬のウンコだ。そうオーケイ、凄く不味い、犬のウンコの姿をした史上最悪のファッキングバナナチップスが私、それでいいよ。

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今日の午後、四谷のメリノール宣教会に向かった。ブループリント・フォー・プログレス"Blueprint for Progress"(進歩への青写真)を使ったお試しミーティングに参加するためだった。オープンミーティング(アラノンメンバー以外でも広く参加OKのスタイル)で60人ほどの人々がいた。そのワークブックはアラノンのステップ4の棚卸しのためのものであり、実際にUSで使われている方法が、ウエスト・ヴァージニア州在住の女性から紹介された。「感謝Gratitude」のところの分かち合いを挙手をしてくれた数人の仲間が行った。
時間を作ろう、明日にでも。そして私もこのプリントを使って。しかし、最後に釘を刺されてらした。皆様くれぐれもStep1,2,3をスキップしてはいけません、という意味のことを。
5月23日(土)

今日、青山UNU(国連大学)で、一日がかりの会議がある。市民レベルでの運動を心ある人々が考えている。私も興味を持っており、参加する。

ついこの間も、日光で「蛇の成る木」(何らかのヘビの好む化学物質を放出するのかな、とある人は説明された。たわわにヘビのぶら下がった木があるなんて!)の話を聞いたりすると、嬉しくなる人間だからである。その話は又聞きなのだが、私に話をしてくれた人は、一人で沢登りをしていたら、堰堤を攀った場所に、うじゃうじゃと100匹ほのヘビがいて、気持ちが悪くなったそうだ。うーんそれもすごく怖いけど、でも見たい。

以上の話は、単に私が動物好きという話題で恐縮だったが、市民社会が主体のこの新しい情報発信組織の紹介がこのテキストの目的である。Japan civil Network Convention on Biological Diversity (CBD)は、2010年10月に名古屋市で開催予定のCOP10(生物多様性条約第10回締結国会議)開催に向けた、市民レベルの運動体である。今年の1月に出来たてであった。自分はサポーター会員に登録し、ある作業部会に興味を持った。

さきほど書いたヘビなども含み、侵略的外来種が開発や気候変動などの影響も同時に受けながら、様々問題を顕在化させている。他にも種の絶滅、持続可能な利用、遺伝資源の公正な分配など、もろもろの幅広い、深刻なこの生物多様性条約のメッセージをどう人々に伝えるか。

ある人は今日こう表現した。「生物多様性とは生活の安全保障だ」と。できることは何か。そしてその結果は憎いほどヒトという種自身に帰って来る。
5月22日(金)

朝の決まった仕事。切花と庭木の水遣り、お仏壇のお水換え、行儀の悪いクッションを整え、食器に号令をかける。キャビネットへ! と。数分間で終わる。犬の散歩と給餌。簡単な朝食の用意をし、それを頂き片す。コーヒーを落とす。松岡を掛けながらPCを開く。今日一日の予定を書き出す。今日一日を祈る(それは九分九厘忘れる!)。

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「もしもし」「はい××です」「もしもし」「どうしたの?」「あの、何でもない。今何してるの?」「晩御飯を作ってる」「晩御飯?」「うん、豚足煮てる。タイの屋台料理みたく」「、、へえ」「出来たら食べるけど、出来なかったら玉子ご飯だな」「一人?」「当たり前じゃない。誰も来る訳無い、こんな所」
笑った。嬉しい、凄く。笑った。どうして嬉しいんだろう? 1秒間だけ。紙製の2万分の1地図の最奥から聞き取れたみたいな感じだった。でも音声だけ。後のものは段々と忘れかけている(それは九分九厘忘れない!と思う)。

待ってる。良くなるなら、それまで。
5月21日(木)

「今日を一番の日にしたい」どういう意味だろう?
「ああ今日はいい日だったな」とある人は言う。一日が終わりベッドに入る前に。よくわかる。
でもラオスのその少年は、一体何を基準にそう言ったのだろう? 
(5月19日の日記にNHKTVの放送内容を書いたこと)

投機的なまとまった収入を得る? 仕事の新しいチャンスをつかむ? ステキな異性や同性に巡り会う? 家族や馴染んだ周囲の人間と上手くやる? 新しい決意や発見? 自分を変える仕事とか。 後戻りではなく、立ち往生でもないこと。
すべてが容易いことではなさそうだ。そのどれもに自分の労力や誠意が必要とされるだろうから。

アルコール病棟の家族会に参加するために、一時間後に家を出よう。

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「ハイアーパワーだと思う」
「何が?」
「今日、お家の傍を通りかかったときに、電話くれたこと」
「そう」
偶然だった。家族会の帰り道、アパートから数十メートルの所でケイタイが鳴ったこと。
その直前までの私は「安否」に悩み、区役所の地域保健センターに行こうかと病院スタッフに本気で相談していたのだから。「死んじゃった訳じゃないさ」私の留守電を聞いたのだろう。「別に来てもいい」その電話の主が続けてそう言った。数分後ドアの内側に私は入った。佇んだまま少々会話を交わした。

「飯でも喰いに行こう」あのキッパリした言い方だった。いつものやりかた、トランクスの上にアウターを履き終わるのを見ていた。そして私達はフレッシュネスバーガーの店に寄った。私はホットドッグとコーヒー、その特別の友人はサルサバーガーとビールを注文した。店員から「ワンちゃん用のお水もお持ちしましょうか」と促された。乾杯はしなかった。

「日焼けしたね」「そう? この間はもっと黒かった」「いつだっけ」「家に来たの、忘れちゃった?」「あそうか」
「お代わりは?」と聞くと「いい」と断った。酒の量も以前より少ない、と自己申告した。「別に何も問題ない」「そう、よかった」
「またね」片手を挙げて掌を勢いよく合わせ、サヨナラした。相手の力強さに驚いた。生きていた。大丈夫だ。

今日が一番の日になった。