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4月30日(木)続

今日友人が退院した。3ヶ月のお約束を自身の決断で1ヶ月に短縮した。

私は、午前10時に退院の会計手続をする友人に会った。その後、いつもの家族会に出席した。終了後その足で彼のアパートで落ち合い、近所のイタリアンレストランで昼食を取った。

一つの賢明な助言があった。私という存在とは「あまり接触しない方がベター」という助言。その理由は「患者の感情の起伏を招き兼ねないので(再飲酒につながる)」というもの。そのメッセージは当初ドクターから本人に向けられたものであった。それが本人の口を経由して私に伝えられた。
「わかってる」熱過ぎるパンに指を絡めながら私は応えた。
そう、お酒を止めることが至上の目的なのだ。何にも増して!!! そう、それは「わかっているわ」

ところで今日の家族会、「本人」が入院中の最後の家族会。その席で皆に聞き漏らした事が幾つかあった(大抵そういうアイデアは終わった後に唐突に浮かぶのだ)。医療側は、患者を飲酒に導くストレスを与える可能性のある対象として、パートナー又は夫婦の相手のみを指して言うのだろうか? 他の血縁家族の存在(例えば両親)は別格とされるのだろうか? もしそうであれば、その理由は?

もうひとつ。家族会の参加者に、本人の父親、そして配偶者やパートナーが少ないのは何故か? 若年齢だから? 離婚? 多忙? あるいはそれ以外かとも思う。最終的には母親しか後始末してくれない。妻は夫を見切り、夫も妻を(一部はまったくそうでは無いと思う)、そして子供達も母あるいは父を捨て去る(一部はそうで無い)。

そんな話はひとつの呟きであって、決してそれ以上ではない。だって私はたった3年間だけ付き合った異性の友人を、まるで家族のようにも感じることがある。

会っている時に感じてしまうあの特別の淋しさを超えた何かを、胸の奥にふと感じる時があるのだ。何か説明しづらい暖かいもの。どうしてそうなのか判らない。まるで極地の海水中の出来事。
4月30日(木)

2009年4月1日分から書き始めましたこのブログはまだ実験中ですので、URLは4月10日にごく親しい15人にだけにお知らせいたしました。その後、4月15日にエキサイトブログのある先達がご好意でリンクを貼ってくださいました(通風孔が開いた?)。ブログが一つの店構えだとしますと、今まで自分自身ロム中心の顧客でありましたので、、、こんご接遇勉強いたしますがそれ以前に失礼がありましたらご鞭撻を! 昨日などは10日前に頂いたコメントをやっと認識しました。もはや頂けない「コメント」と思い込んでいました。ありがとうございました。のちほどお返事しますね。

そんなこんなで公式コンテンツ応募の日は遠いのです。ジャンルが混沌カオス状態であります。

・・・・・恋愛・犬・アルコール依存症・野生動物・仏教・旅・・・・・

また初対面の皆さま非公開コメント大歓迎です。どうぞよろしくお願いいたします。

ジル
4月29日(水)

日光で。初日に私達はベランダの塗装を数時間でやり終えた。私達、つまり私と飼い犬。作業員は一人で監督が一匹。監督、毒気にやられんといてな! で、クレオソートは頭のタオル、軍手、シャツ、ズボン、下着まで褐色に変え、おまけに数回目薬のような動作までして作業員をビックリさせる。そこまでしないで、ね、お願い! で、一応ゲームオーバー。夜、度入りサングラスVS星座。星座が勝ち誇っていた。

二日目、私達は始発のバスに乗った。往き慣れた近くの丘陵を散策する。魚肉ソーセージ1本とチョコの乗ったドーナツ2個にオレンジジュースを日当たりのいいベンチで取る。牛の姿が無くチト淋しい。看板によると放牧は数週間後らしい。別荘地に下った。日光の有名人のひとり、扉作家は孤独な作業の真っ只中にいた。そこで私は声を掛けずに通過した。
東京から1本だけ受けた電話は電波が気が遠くなるほど弱い。またもや一つの訃報。それを掛けた人の事を心配してしまう。次の電話を待ちながらベランダに出た。度入りサングラスの目に星座はますます勝ち誇っていた。

三日目、ごみ捨て場まで行く途中、数軒先の敷地から4頭の雌シカの群れがこっちを見つめている。アイラブユー! ユー? ユー! そう奥さんがたでんがな。 とにかく達者でな。
4月27日(月)

ドブのような臭いがする。クシャミが止まらない時は、またそれにお目にかかれるかと期待するけれど、今までたった一回きりだ。白っぽい灰色をしていて、豆腐よりカテージチーズに似ている。

協力する立場にいよう。そこに心地よさが招待される。

小一時間したら、栃木に出かけようと思う。株主切符があるし、ベランダのクレオソート塗装にいい時期だ。この老犬にあまりストレスを与えないように、何たって他の哺乳類の種なんだから。でも言葉が通じる時はある、3、4歳程度。思考回路は不明。

大好きだという点に変わりない。犬は私を好いてくれているのかな、よく分からないけど、それはそれ。
4月26日(日)

私は太っていない。
私は太っている? 否、多分そうでない。「私は太っている」と書いたのは、私は痩せているので、仮に私自身のこの誤認を、そのまま特別に親しい人が厳しく受け取った時に、それは特別な傷付けを行うという意味だ(ぜんぶ喩え)。

Larry Carltonの音楽がMacのItunesから流れている。今日友人が得た「特別外出」の狭間の昼の1時間。病院食を摂るために一時的に15分で帰れる病棟に戻って行った。旧いアパートのたった1畳程のキッチン(床が腐りかけていいるのかも知れない!)に、病院食の後に一緒に食べる予定の鍋の用意がある。包丁で切ってザルに盛ってある。

さっきコーヒーを1杯飲んだだけなのに、留守中オシッコに3回も行った。3人の店子さんの共同トイレなので高い鴨居に置かれたポケットティッシュを使う。2回目の時にその1つのパッケージが空になり、音楽はJeff Beckに替わっていた。

「何して過ごしていてもいいよ」という意味の事を言われていた。このブログのURLを友人のMacのブックマークに勝手に追加した。

「他人の日記は読まない」私の特別の友人がそう語った。とても、とても厳しく。
「あの、ただ文章のトレーニングのために書いているの」私は階段を降りながらそう説明した。もしかしたらそのメッセージは「どうしてブログなんて書くの?」という意味だったのかも知れないと感じながら。
4月25日(土)

これはFigaro Japon最新号のキャッチコピー。どうですか?
私はこんなシンプルで旧き良きフレーズ(僅かにクサイ?)にめちゃめちゃダメです。午後四谷に向かいました。

虎ノ門で路線バスを降り、溜池経由で外堀通りを小雨の中歩きました。赤坂見附の交差点から、ホテルニューオータニまではお堀の脇の道です。高速道路が屋根になっていて傘をたたんでいいんだ、と気づきます。視線の下方にある弁慶橋のボートハウス。そこから紀尾井町にある目的地のカソリック教会まで、雨脚が水面に描く無数の細波に眼を奪われます。緑と水。なぜなら話を聞くというだけの仕事。何人かの顔見知り。そんな半日は緊張の要求ゼロです。

生きるって素敵なこと。
胃が軋むような話を聞いても、それを語る人は「少なくとも今は」胃が(そんなには)軋んでいない。
風穴がほんの少しでも開いているのが窺える。そしてその話に耳を傾けている私は、そこから何かの種類の力をもらっている。
4月24日(金)

「12ステップ」とは、例えばアルコホーリック・アノニマス(AA)メンバーの回復への道具の一つである。昨夜『ステップ勉強会』という集まりに行った。参加者の属性を問わない、単にステップに関心がある人間なら誰でも参加OKという間口を持つ。EさんというAAメンバーがスピーカーだった。落ち着いた理知的でステキな女性であった。帰りの山手線で初対面のひとりの参加者と少し話した。「こうしてたまにでも出ているうちに、(ステップのやる気が)毛穴から入って来るんじゃないかなって」その男性は笑って新宿駅のホームに降りて行った。

彼女からもらった言葉。通勤(してないけど)電車(朝の乗り物か徒歩)の中で「今日一日」を祈る。不正(不誠実)・傲慢・自己憐憫を行わない(でした?)。それは割りと簡単そうで試してみる価値があるように耳に届いた。
4月23日(木)

友人の見舞いのチャリでの帰り道は毎回同じルートだし、することも毎回一緒。松沢病院の正門を出て(今日は面会受付票を守衛さんに返すのを忘れてスルーしてしまった。考え事していた!!)、右に行き八幡山駅手前を右折する。そのまま甲州街道に出てもいいのだが、犬の排泄を済ますために最も近い都市公園に立ち寄る。そこから上北沢駅直前の京王線踏み切りを渡り、甲州街道に出る。そこには以前犬を預けていた『上北沢動物病院』がある。そこでも1回オシッコをする。

そこから笹塚方面に環七まで甲州街道を行く。途中『サンライズ』というリサイクル屋がある。もとロードバイクの学生チャンピオン、つまり日本代表選手だったイケメン店長さんがいる。もう一つのリサイクル屋は環七を少し過ぎた所にある。

そして入院中の友人に「昼はどうするの?」といつも聞かれる、そのインド料理屋に向かう。大原交差点付近、環七沿いにある『スカーレット』。サティヤ・サイ・ババの額が飾られ、「オー・マニ・ペメ・フーム」という歌詞を繰り返す摩訶不思議な音楽がかかっている。そこでテイクアウト用のチープなランチを取る。今日は珍しく店内が混んでいたので、と言ってもテーブルが2つ椅子が8つ位しか無いけれど、道路にあるテーブルでスパイシーなチキンとシシカバブを食べた。その後、幾つかのルートで駒沢通りに出て家に向かうのだ。そこいらはもう初夏の空気。

早く退院したいという友人の気持を聞いた。入院なんて楽しい訳ないもの。早く帰っておいで、元気なら。娑婆はいつでも大歓迎なのだと思う。
4月22日(水)

朝、スポーツクラブに行く途中、道路で冬眠明けのクサガメの世話をしている父子に会った。10歳で年上なのにウチのカメよりふた回り程小さい。微笑ましい風景だ。それに冬眠とは、、羨ましい!

25mだけ泳いだ。それだけであっと言う間に疲れた。おまけに都心にチャリで向かう途中、三田5丁目付近でピカピカの画鋲を踏んでしまった(遅刻30分とパンク修理費1500円也)。さらに急速に疲れが増した。帰ると茶色の封筒がポストで行儀よく私を待っていた。

分厚いハンバーグが肉汁たっぷり・・・・。NHK『ためしてガッテン』をつい観てしまった。既に疲れる一日だったのに、これで胃腸もどーんとお疲れ様っていう感じ。でもサラリーマンの方々のお疲れ(ほぼ24時間収奪されてますよね、されてました、つい数年前まで)に比べたら、ほんとうは恥かしい寝言です。
4月21日(火)

昨日に引き続き、飼っているクサガメを庭に放した。たった10分間程度の土と植物、雨と風の感触をそこで味わったのだ。私は束ねた髪と首の場所に雨が冷たいので、カメのために持参した雑巾をそこに当てた。その時その動物は以前、小さな池のあった場所に向かって進んで行ったような気がする。まあそんなことより、今日は散歩が終わった後の方が、よけいに騒いでいるから困ったもんだ。水槽の中に仁王立ちになってからわざとらしく突如、真っ逆さまにゴトンと水中に墜落する。耳障りな小声でキーキー嘶く。
「おぉい、さっきの散歩もっとしてぇよお~~! さしてよ、さしてよ~~!」

そりゃね、椿の茶と紅の斑の絨毯や羊歯と何んかの単子葉のおっきな葉っぱが、オイチニオイチニと前進する度に行く手を阻んで来るのは、たまんないだろう。私は時計を見るより先に、外の暗がりに眼が行く。18時10分。「だめだ」また明日だね、ベイビー。

今、犬は一人で2階に行っていて、たぶん私のベッドで仮眠しているのだ。階下で呼んでも降りて来ない。その犬のいつものクセだ。クセというよりは、やり方(way of living)?

「そうなの。考えさせて」と電話で言えばよかった。そのかわり、すぐ「だめなの」と言ってしまう。これは、正真正銘、私のクセでそれは(考えようによっては)あまり素敵では無いと気づいた。