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カテゴリ:アラノン( 12 )

7月17日(土)

月に1、2度の土曜の午後は四谷のメリノール宣教会に向う。晴天ならチャリで50分の道程だ。
BBF(big book familyの略)、アルコール薬物依存症の家族会である。クローズドの週だった。
今日のお題は「自分の生き方がどうしようもなくなった時、何によってその事を知るか」だった。
私はすぐにピンと来た。私の順が来て「相手の自分に対する無関心がその事を私に教えたと思います」と言った。会が終わった後、数人でお茶を飲み、中座した私は暮れかかった午後7時の都心を漕いだ。

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弁慶掘の夕暮れ
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 ショーウインドウの美女
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都ホテルと朧月


今日の感想。
その店で私は数人の仲間にブログのお話をした。名刺を渡して。自分を厚かましいと思った。
でもその後の判断は、その方々がお決めになる。


家に戻ると「あんた、買物依存症だよ」と息子に諭された。
鉄火丼、カンピョウ巻き、コロッケ、豚薄切り肉、焼き鳥、ベーコン、ローストビーフ、スイーツ2種類、カレーパン、甘いパン、サンドイッチ用食パン、インゲン、大根、ズッキーニ、アスパラ、みかん、モンキーバナナ、イチジク、ビワとともに帰宅したからだ。すべて半額なので、家計に響くことは無い(筋肉には響いた)。ただし、料理に時間を取られ外食や中食の機会が減る。
それも事実だ。


そしてやっぱりそうした事は厚かましい、と再び思う。
そのカフェで、自分の飲み終えた食器を下げ忘れてしまっていたし。
7月3日(土)

土曜日の夕方、4時から6時に毎週ある。
第1週と第3週はクローズド、つまりアルコール依存症の家族友人のみが参加出来る(たまにAAメンバーが間違ってふらっと訪れ、全員の了解を得て参加を許される)。今日は10人ほどのに女性と1人の男性。


「友人がアルコール依存症の××です。遅刻してすみません」と私はいつものように自己紹介する。数ヶ月ぶりであった。
その少し後に自分の番が来た。何を喋っても構わない。
「随分久しぶりになってしまいました。皆さんのお話を聞きたくて今日は来ました」後は何時もながらまとまらない「最近の事情」を語った。心配があり寂しさがあった、と思う。焦りはなかった。ここにいる人々に一体何が伝わっただろう、という気持がこぼれるように後に残った(つまり、、、無駄に終わった?)。


それに引き替え、数人の方の話は身を乗り出してしまう程に惹き付けられるものがあった。「酒の病気の本人が近い過去にどんなであって、今はどんなに(少しずつ)よくなった」という話。それが聞きたかったのだ。事実そういう話をしてくれる人も中にはいた。また「自分の問題が整理出来て来て相手を受け入れられるようになった」という話も聞けた。


それはどちらかと言うと単に「最近どんな風に人生を楽しんでいる」とか「昔はこういう辛い目にあった」とか逆に「私こそが問題で家族にヒドい事をしたと思う」といった話とは少し違うように私には思えた。


前者のような話を、自分自身が出来るようになれたら、と思う。
もし私がまだその会合に出るチャンスがあれば。
「また来てくださいね」
ビジネスミーティング(運営会議)の開始を前に失礼した私に優しい言葉をかけてくれた人がいた。
片手を伸ばしているのに気付いていないわけではなかった。
どうしてかその握手を受けないで私はその部屋を去ってしまっていた。
一人メリノール教会を出た。
その時四谷の街に、雨は弱く落ちていたかあるいはまだ降り始めていなかったか覚えていない。
6月5日(土)

暖かいコーヒーを自分の部屋に運び、そこで小1時間を過ごす。


今11時半で、12時にゆっくりと出かけれる用意をすれば、渋谷に1時という待ち合わせ時間にちょうどいいと思う。最初の待ち合わせ時刻はその1時間前だったのだけれど、9時半頃にメールがあって少し延びた。


そのメールがあって本当によかった。私はその時間にジムと買物に出ていたので、ケイタイが通じない事で気を揉んでいた。朝一に「2時だっけ?」というメールを朝もらい(えっ 2時? 12時、、、だったのに、、)、すぐに返事に送ったのだが、電話が通じず、私の最後のメールを読んでくれたかどうかまでは判らなかった。実は今日から1泊か2泊の小旅行の約束をしていた。来てくれたら本当に嬉しい。


セレニティプレイヤーを替え歌にしてペダルを漕いでいた。
そのときのとはちょっと違うけど、こんな感じ。


セレニティ音頭


はあ〜 あんたさん、落ち着きなはれ
あんたさん

自分で相手は変えられへんで
それをわからんとあ〜かんわ ソレ

変えられることは自分のこころ
それはできるよ勇気を持てば

あ〜 ごっちゃにしたら あかんのよ
自分と相手 相手と自分 
賢い女は 賢い男は 生きていく


しかし、、、我ながらアホみたいな唄ですな
(つづく)
6月2日(水)

たまたま時間が空いたので、自分の部屋の本棚の整理をした。
左から二番目に一つのファイルがあり一体何と名を付けようか迷ってしまう。「AA」とした。その名称の付け方は正確ではない、と感じながら。だがまあ、自分だけ判ればいいのだ。


その中で、いささか重たいテーマになるが「共依存」、「共依存症ってなんだ?」という二つのレジュメに目が行ってしまう。どちらも筆者不明である。特に後者の論旨はピンと来ない。前者の方は、、、ご自身の立場に触れながら援助者向けのレベルで書いているが、、、私はその内容を自分自身の生き方と刷り合わせる事が出来ない。


「共依存」の説明でよく言われている「私が悪いから、、、」「自分がいないとダメ」「相手の世話が生きがい」などの3点セットを持っている人など本当にいるのだろうか? 依存症者本人ならいざ知らず。依存症者ならそのうちの一つ(や二つ)くらいを持っているかも知れない。


私はこう思う。「相手の飲酒は自分とは関係無い。本人が勝手に飲んでいるだけだ」「自分がいてもいなくてもこの人は飲むし、当たり前だけど一人で生きて行く」「酔っぱらいの世話はうんざり」と思う。だから「私が悪いから、、、」「自分がいないとダメ」「相手の世話が生きがい」など胸に手を置いてもこれっぽっちも感じ無い。


医者や援助者(の一部)やアラノンメンバー(の一部)は、家族や友人に〈共依存ステレオタイプ〉を重ねて自覚をうながし、回復を用意する。でも、それこそが「自分たちがいないとダメ」を実践しているようにも私には思える、医者は別として。ただし、アル中さん本人にとってのAAは「AAに行かないとダメ」=「AAはこのアル中さんにとって絶対必要」でいいと思います。


そうしたら今、そのファイルボックスの中で3つ目のレジュメを見つけた。それはAKKセミナー(H21.03.08)あさくさばしFCR 野口洋一とキチンと記名されていたが、その中の「(3)3.嗜癖概念への視点④「人から必要とされる必要」が必要ない人はいない」、同①「イネイブリングは、家族の健全な機能である」に共感する。


なんか偉そうに書いてしまったが、野口さんのレジュメの中で、もう一つ共感を呼ぶ表現があったので、、、。
(2)1嗜癖とは何か①行きづらさへの対処行動として嗜癖は始まるⅱ)・生きていこう(前に進もう)とするからこそ必要になる、という下り。
反論もあると思う。生きていこうとして連続飲酒して、なんぼや? って。 
それは私にはわからない。
でも、それは間違いなく一つの生き方なのだと思う。
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私にかなり依存する愛犬/
愛犬にかなり依存する私
5月20日(木)

昨日のサブジェクトをお二人が見て下さったらと思う。
もしご覧いただくと、どのような感想をお持ちになられるのだろう。
AAメンバーの知人はどうだろう。


やはり私は相手に対して、とても迷惑をかけている感じがする。


だから多くの依存症者の家族や友人たちはミーティングに通い、それを毎日に近く行い、場合によってはプログラムにつながり、そして一人になる時間を作らないようにするのだろう。たぶん、一人になるとだらしなく依存症者に限りなく近づき、自分たち二人とものリカバリを遠ざけるのかも知れない。けれどそれは、全く会わない、というのとも違うと思う。両方を行ってもいいのかも知れない。ミーティングに通い、ときどきデートもする(ここのところずっと前者をサボっている)



降雨だが、できればジムと整形外科には行こうと思う。
5月19日(水)

私がもしBBFやアラノン、病院家族会、区の依存症家族講座などに出るとしたら、その「分かち合い」の順番に、こんな風に言うのかも知れない。


私の友人はアルコール依存症です。今もお酒を飲んでいます。
私とその人との交際は、不安定です。

その理由は、いくつかあると思います。

一つ目は、いつかはその人の具合がとても悪くなるに違いないと常に感じていること。
二つ目は、その人は病気なので自分のことで精一杯なこと。
三つ目は、何かを伝えたくてもそれが出来ないこと。


そしてそれぞれの理由に対する私の気持はこんなです。

一つ目に対しては、不安な気持になります。
二つ目に対しては、淋しい気持になります。
三つ目に対しては、勇気が足りません。


残念ながら私たちは「家族」ではないので(つまり西原先生と鴨ちゃんの間柄とは少し違い)、主治医の処方にも実際あったのですが「離れていること」が将来的な二人の「回復」につながるとかは思えません。事実、時間を共にすればするほど、不安で淋しく怖い気持が忍び寄ってきます。
けれど私は私としてここに存在し、相手は相手で立派なアル中さんとして別の場所に存在して、私はお互いのその感情(負も正も)の入れ混じった総体を受け入れています。


そして、誰もリカバリを望まない訳はありません。
それを得る方法が神様のご意志にしろ、本人の努力にしろ。
4月1日(木)続々

BBF(ビッグブックファミリー)で手を上げて、1枚のCDを受け取った。
ある年配の男性援助者が依存症家族へ向けた講演のテープ起こしだった。
私自身そういう仕事は馴れている。
講演は私自身聞いていないが、内容的にも興味があった。
No.5とあり、15分ぶんなのだが、途中に何故だか音楽演奏が被っている。


その先生の話(私の担当する部分/最後のほうらしかった)を要約するとこんな内容だった。

自分の人生を変えようとする時、今自分がどういう状況にいるのかという自分の「必然性」に気付いていないと回復できない。うんと手間がかかって、えらいこっちゃ、という人を選ばないと、自分の「特技」が活きないというのが多くの依存症者の家族の「特性」だと気付く。
そして二つ目は、集団の知恵の中で回復して行くという事。


最後に自己否定観を自己肯定観に変える作業が重要。これをやると「次の事をやろう」という気持になる。

もう一つ大事な事は問題と人間を分ける事。
、、、、、けれどここの途中で、私のCDは終わってしまっていた。
問題と人間、つまり病気と病人という意味だろうか? だとすると自分がスゴく惨いひとに思えて来る。一瞬でもその逆を行ってしまっていたとしたら。
3月27日(土)続

朝7時をとうに回って起床した。掃除、洗濯や雑用を済ますと、私は午前会員なのでスポーツクラブにいる時間は1時間分しか残っていない。そこから戻り、買物を済ました後、遅い昼食を食べると、何と午後3時近くなってしまった。四谷に午後4時に到着していないと。今日のその日は、BBF(ビッグブックファミリー)のスピーカーズミーティングで、少し知り合いで、とても興味深い方のお話が聞ける日だったので。言ってしまえば、その会(正確には、その兄弟のような会の方)を紹介してくれた方が、今日のスピーカーを紹介して下さり、そこを知ったワケだ。やや、ややこしいが。


チャリで、しかしゆっくり外苑西通りと青山通りを往く。間に合った。日が延びていたので、5時を回っても窓の外はまだ明るさを保っていた。
今日のスピーカーの話はとてもよかった。少し知っている人だけに、伝わる力が強かった。ここにその内容をある程度書いてもよいのかも知れないが、正しくそう出来る自信がない。終わった後に、7、8人でコーヒーショップに寄った。


今日の特別付録、それは10分間の休憩時間に、私は隣に座っていたAAメンバーと雑談した。ソーバー(アルコール依存症の方がお酒を飲まない生き方を選び、それを継続している期間)2年半の方で、その方は私にこう言われた。
「僕たちみたいなアル中と付き合っていて大変でしょう?」
最初の切り出しを私は意外な口調に感じた。どう応えたらいいのだろう。


「つまり予測出来ない事ばかり起こるでしょう」「ずっとイライラしてますからね」
ああ、そういう意味ですね。だったら分かります。
しかし、どちらかと言うと挨拶に近い、短い幾つかの会話の後にその方はこう結んだ。


「でも、回復されたら変わりますよ。愛情深く変わります。相手をとても大事にする生き方に変わります。きっとそうなります」
本当だったらスゴい。だから、、、都合よく頭の中にその言葉がそっくり残っている。
、、、、愛情深く変わる。、、、、大事にされる、、、。


それには、まず自分自身がそうしなくては、と思う。まずやってみる。たぶんそれで何も起こらない(変わらない)と思うけど。
3月13日(土)続

何もしない予定でも、少しばかりやることはある。
2時40分に表参道のある店へ向った。それはブラインドデートが午後3時から行われる会場だったけれど、私は参加するのではなく、主催者に預かっていただいてある、私自身の落とし物のSUICAの定期券入れを受け取るためだった。路上で、という指定だった。2時40分きっかりにそれは遂行された。そのあと、、、。


そこは青山通りに近かったので、チャリでそのまま永田町方面を目指した。
BBF(BBFについての詳細は3月6日の記事参照)の会場へ向った。なぜなら、その時は、今もそうだが、人の話を聞きたかった。自分はあまり喋りたいと思わなかった。さらに私の順番は最初から2番目だったので、ちょうどいいと思い、いったんパスした。

オープンミーティングだったので、アルコール依存症の本人も数人来られていた。印象的だったのは、自分の気持に忠実に話されている事、傲慢さからは程遠い姿勢である事(つまり謙虚である)、明るさやユーモアさえ感じる事など、だった。重たい内容であるのに、不思議に活き活きしている。だからそこに参加した私は「力を貰えた」と感じる事が出来るのだ。ただし、今日はこんな意見もあった。


「あなたは病院や医療スタッフによって洗脳されてるんだよ」と(アル中のパートナーが)言っていたとある参加者が言った。「アル中は治らなければならないっていう考え自体が怪しいんだよ」とかも。ああ、そうなのか! とその時私は思った。


ただ単に飲みたい人が、自分で飲んで自分で死ぬ。私はそれが見たくなければ見ない。我慢出来れば正視する。そう言う事なのかな、と思う。悲しいけれど。
3月6日(土)続

今日の夕方、四谷メリノール宣教会に向った。BBF(アルコール・薬物依存症者の家族・友人の会)に参加するためだ。最初に『Big Book』(正式書名は『アルコホーリクス・アノニマス』)というAA(無名のアルコール依存症者の会)の基本テキストの数ページを音読する。それが始まる直前にケイタイが振動した。

「ごめん、今、ビッグブックを読むところ」
「今日自転車買ったんだ」それから小声で少し話を聞いてからそのアルコール依存である友人のケイタイを切ってもらった。
わかち合い(順番に自分の考えている事などを数分間話す)が数人終わった頃、また振動する。
「え、まだなの? 自転車買った事だけだけどね」
「まだなの。ごめん後でね」


ホームまで帰り、地下鉄が一本行ってしまったので、掛け直した。
「おう!」この返事は好きだ。声も大きくて元気がいいし。
「今終わったの」
「遅いね」
「ビジネスも出てみた、初めて」
「俺明日は一応自転車乗ってみたい」
「そう、わかった。じゃね電車来る」


最寄り駅から徒歩で歩いた。小雨は気にならない程度に軽く、心が晴れ晴れした。
きっと数時間前の事だが、BBFで一人の感じのいい仲間に会えたからかも知れない。それに違いない。生活の感じ方などが似ている、と思う。彼女はペットショップに待つ犬を迎えに行くのに、その事で本当はとても急いでいるに違いないのに、心を周りに合わせてくれている。


私は、どうだろう。相手に十分合わせる事が出来ているとは思えなかった。
その事に気付いたので、家に着いてからもう一度電話した。寝ていて出ない電話であったが、素直にこう言いたかった。「自転車買えて本当によかったね、その事」とだけ。