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カテゴリ:心理相談( 20 )

2014年8月12日(火)

「昨日友人と会って話をしたことを、明日カウンセラーに話すわ、と相手に言ったんです」と私は語った。私は喋り、今日ほど饒舌だったことはないと感じた。おまけにこう続けた。「友人の言うとおりなんです」と。ですが私も自分の人生を生きる、といった意味のことも付け加えた。「昨夜、気がつきました」「メマントモリ、、、」「メメントモリですか」「はい(笑」


「メメントモリウオッチが欲しくて」「それはどんな時計なのですか?」「その特殊な腕時計に自分で仮の寿命を設定して刻々とカウントダウンされていくのを見て暮らすのです。どこで売っているのか」「インターネットでしょう」「英語が苦手で」
f0204425_19501278.jpgセッションが終わり9月の予約を取った。長年世話になったこの空間も様々な背景で移転が決まり、私自身のこの空間での相談も残すことろあと1回となってしまった。元カレさん、老いた母など同行してくれたときの想い出の大きさは計り知れない。
2014年7月7日(月)

昨夜メールのやりとりで残念ながらアフリカ登山はボツになったみたい。ひとそれぞれ「期」があるので仕方ないです。今日のカウンセリングでは最後の5分で本質的なこと、最近相手さんから1週間メールが来なかった時の不安について話せました。今日はその他、Appleケアに電話し画面共有しながらメールの不具合を解決しました。
2014年6月9日(月)

区の定期検診をした医療機関に検便を持参したあと、だいたい通りみちのカウンセリングに行った。往きに時間が余ったので途中でチョコレートや菓子類を買おうと、ラップまでお願いしかけて、じぶん財布を忘れた愉快なサザエさんだと気付いた。帰りの道で信号を待っていると、見たような顔のいいかんじのカップル。私のかつてのタンゴの師匠アルゼンチン男とミカ先生だった。彼はブラックフレンチブルドックを肩に載せていた。「ゲンキデスカ?」と日本語で私に言った。すれ違って少ししてから帽子を忘れたと気付き再びすれ違うことになった。二人に会えて懐かしい気持ちがじわじわ来た。財布を忘れたけれどSuicaはあったので、いつものように回転寿司をつまんだ。夜半にまた激しい降雨に変わった。
2013年12月17日(火)

今朝、渋谷Apple Store,one on oneの先生がAOLメールサーバーをきれいにリセットしてくれた。最後に今回の問題メールを一緒にまじまじと見ると、やはり犯罪性の高いモノであることがわかった。ようするに送信元をちゃんと見なさいよ、これって個人名でしょ、ってな感じ。さすがです。


晴れ晴れとした気持ちで、次の白金のカウンセリングも終え、家に再びもどり、さらに二つの仕事を終えた。母の七回忌のプランを寺に予約して姉とも内容を共有したこと、二軒目の某ハウスメーカーと明後日の面談予約を作ったことです。これだけ済ますと、もう今日は力は残ってないす。
2013年11月27日(水)

港区長への意見要望書を郵送しました


一利用者よりの意見

私はNPOヒューマンサービスセンターが運営する港区コミュニティーカフェの相談業務にかれこれ5年お世話になっております。こちらのカウンセリングが私の人生にどのような利益をもたらしたかを言葉で説明するのは、とても難しい。それほど有意義で適切な時間を提供していただいたのです。


ある時私は恋人を、ある時は母親を伴ってその雰囲気のいい、話しやすい空間の扉を開けました。話が終わったあと、多少の緊張感を伴ったようで、彼らは疲れているようでしたが、それは彼らにとって無意味な経験ではなかった、と思います。あらゆる人々は大なり小なり問題を抱えており、カウンセリングを必要としている人は決して少なくないと私は思います。そして恋人や母親との三者面談は巡り巡って私自身にとって有意義であったことは言うまでもありません。そのような、公的機関では考えられないような柔軟なセッションも可能にしてくれました。


いっぽう私は、習慣ともいえる毎月のサービスを受けることで、精神的に不安定な自分の人生に何よりも安定をもたらし、最終目的であります豊かさと思慮深さをも身につけました。どのように落ち込んでいるときも、また様々な突然の厳しい出来事が私を襲った場合でも、私のカウンセラーは冷静沈着な態度でいらっしゃり私は「自分は最低ここでは守られている」という重要な理解を持つことが出来ました。それが可能なのは、まぎれもなくこちらの相談業務の技術的な水準のおかげです。


どうぞ港区コミュニティーカフェの機関の末永い存続をお願いします。私自身にとどまらず、深刻な状況におられる女性男性の個人的な安全機関を守って下さい。このような有能な人材の能力機関、特色ある業務機関をどうぞなくさないで下さい。
2013年10月8日(月)

今日の午後、いつもの2時間が終わろうとした少し前に私のカウンセラーが言った。「最後の5分間をもらえますか?」「もちろんどうぞ」私が答えた。この場所のクロージングの予告の話だった。行政側から数ヶ月前にあった。そうだとすると、私にはこうした場所が無くなるのだと思う。遥かに深刻なクライアントさんの場合、少し違った意味を持つ。同じかも知れない。残念なことにかわりはない。


帰りがけにBOOKOFFに寄るとここも今月いっぱいで閉店だという。CD2枚を30%引きで購入出来たが。
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しかももう一つ、今日ケータイを家の前の公道に落としたままチャリン子で出掛けていた。その30分後それがそのままの場所で奇跡的に見つかった。不幸中の幸幸幸い。午前中腹筋457回。
2013年5月13日(月)
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ここのところかれこれ7年ほどお世話になっているカウンセリングの月1程度のセッションが今日あった。私が言った。「あのう、もしここが××大学心理相談室だっらた、今日が最後ですかね、って言われそうです、、、つまり、私はもうこちらに通う必要がないのでしょうか?」「それはご自分がそう思われるのなら、どうぞ」という意味のことをカウンセラーさんが言われた。

今日のいちばんの重要なやりとりは、遺作展のオープニングパーティに関しての私の感想だった。「何か場面が替わったみたいな感覚でした」つまり、それまでは相手さんの死を重く受け止めていた、しかしあの雰囲気、相手さんとはまったく面識のない多くの人々が私の「遺作展開催」というアクションに共感して明るく振る舞ってくれたことにより、つきものが落ち、つまり喪が明けたという晴れ晴れとした感覚があったことを私がカウンセラーに告げ、その方が理解されたことだった。即座にしかも正確に!

すべての会話はいつもどおりで落ち着いた温かみのある雰囲気に包まれていた。次回の予約もいただき、スリッパをラックに揃えてから靴を履いた。それは、いちおういつもの流れとして。
9月12日(水)

私はこの一年間武蔵野大学の心理臨床センターでトラウマティックな認知行動療法に準じた(しかしどちらかというとごく一般的な)セラピーを受けていた。しかし前回のセッションにおいて私のセラピストは「あなたは最近どうやらご自身で問題を解決しつつあるように思えます。この時期でセラピーを終了するのはどうでしょうか?」と提案し私も異論がなかった。1ヶ月後の今日「最後のまとめ」としての最終セッションがあった。私は数種類の質問に回答した後、自分からいくつかの新しい考えを述べた。そのうちの一つは他人の生に対して全ての責任を持てないのではないか、と考えるようになったこと。自分自身を変えることは可能だが、他人と過去を変えることは出来ないというラインホールト・ニーバーの言葉に触れた。もう一つ施錠された鍵を開けた話を例えで話すことも出来た。


待合室にいる間に持参した茶がポットからこぼれケイタイが壊れかけた(まだ故障したかどうか不明です)。帰り道のチャリで昭和通りから第一京浜に出るあたりで血の凍るような場面があった。ゼブラ帯に逃れつつ「ほっ」。午後7時半に家に戻るとワン子が寂し吠えをしていて、おまけに室内には寂しシッコまであった。ごめん、、。
8月8日(水)

不覚にも私の新しいカウンセラーはこう言った。50分間のセッションの始まってまだ20分くらいの時間帯だったと思う。内容はもうこれ以上私のカウンセリングを継続する必要はないのではないか。あるいは中断するのはどうか、私はあなたが自力で「喪が明ける」ことをやりとげつつあるように思うので、というものだった。躊躇なく私はそれに同意した。「今日は表情がいいですね」と彼女が言った。私は彼女のリクエストに応じ自分の意見を述べた。ふたつの理由。出版物の作業進捗。客観的に故人を捉えることが出来つつある。もう一つは新しい出会い。それは充分に冒険的なもので一期一会である。しかしそこには「安全」がある。また自分をポジティブティンキングに導く。したがってもし今日でそれが終わったとしても、、、たぶん自分にはプラスであるという意味を語った。


次回の予約も含め予定時間の10分前に今日のセッションが終わってしまった。余った時間、私は気になっていた質問をした。「暴力の連鎖はなぜ起こるのか」と「DV加害者はなぜ特定の被害者を惹き付けるのか」など。二つ目には自分の答えも述べた。それは「従属せざるを得ない立場にいるから」だと。「そのことを当事者(被害者)だけは言っていいのだと思う」とも。


やっと往復のルートが頭に入ったと思ったとたんにそれが終わりになった。新橋駅前ビルのチケットショップに寄って暗い国道を家路に走った。あともう1回。
7月19日(木)

二つ目にこの場所があり、今日は昨日のセッションの結果まで話が出来るのは幸運です。何が私(の連続した体験談の会話)を妨げるのか。

1.同情を買うような内容に我ながら違和感(こんな目に合いました、、)
2.話をしている自分を相手さんが干渉している感じ(おい、いつまでこんな所でうだうだ俺のことを話しているつもりだ????みたいな)
3.もう亡くなった人を悪くいいたくない(世間一般の概念)この3つが「起こった事実を淡々と述べることを阻害している」。
だいたい私が私小説を書けない理由もこの辺にあります。明日は故人の命日で三回忌に当たります。今日は供養のための生花と酒を購入しました。明日の未明に向けて(もうちょっと遅くなると思いますが)今まで避けて避けて来ていた故人のアパートへの道をチャリで行きます。