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カテゴリ:被災地( 27 )

2015年4月27日(月)

ネパールの友人は無事のようだった。バイバー電話のサービスが役にたったみたいだ。嬉しい。私はフェイスブックに日本政府の緊急救助隊の記事をシャアしてみた。

Japanese government sent the International Emergency Aid Unit consist of 70 people. They left NRT to KTM on April 26.
ネパールに緊急援助隊70人…自衛隊派遣も検討‐政府は26日、大地震で多数の死傷者が出ているネパールに向け、国際緊急援助隊を派遣した。・・・・・f0204425_5561622.jpg
NEWS.BIGLOBE.NE.JP

緊急の延命につづき、非常に貧しい国なので急速に不足している水、食糧、トイレ、医療、電気の供給がのぞまれると思う。

2015年4月26日(日)

日本時間の午後3時にネパールで大地震があった報道を私は昨日、軽い気持で聞いていた。またあの滞在中にあった程度のものか、もうちょっと強いものだったのかな、と。夜になりそれがひどく大規模の災害だとわかってきた。自然災害それ自体に善悪はなく「不運」。さらあえて言えば都市計画のずさんさ、もともとのインフラの脆弱さ、人口の急増と集中化、それらがいっきに負の結果をまねいていた。愛すべきこの国の人々の映像を見ていてもじっさいを想像するのが難しいのだ。アメリカの友人はBBCの安否確認検索サイトを利用して、数人の友人と連絡を取っていることがわかった。私はたんにそういったインターネットの画面を眺めることしか出来ない。知っている人々のいまだに届かない生死がなんといっても一番きになる。
3月22日(木)

「どうすれば全ての人に危機感を与え逃げてもらえるのか」津波にかんして気象庁、報道機関はこれらを目指しシステムを変更し見直しを試みていた。原発にかんしては5万人の避難(3km、10km圏内)が出た様子など。どちらのケースも現地の住民からの感想(主に不満)を交えて番組構成している。いま自分は果たしてこの国に安心して暮らしているといえるのだろうか、と思いつつこの特番を見ている。
3月3日(土)

今見ています。被災地番組は(私が先に書いたような)感傷とは無縁だった。復興とは国の予算と当事者の気概、それを応援するその他地域の人間の3つで進行する。その当事者たちはこの番組でライブ出演されている。何と言うか、、、私たちも同列にいたい。震災1年後まだまだ瓦礫と浸水の中におられる状況、、。
3月3日(土)

「7時半からの録画しといたよ」と息子が言った。「今また違うのやってる」
私が見たその番組後半では浪江町の避難やその背景を取材したものであった。明日からもこういった特番は続々とある。
私の福島の人々との交わりは、日光市を二次避難所とされた南相馬の住民と3回だけあった。お一人の男性は新潟にバスで避難したときの話やご遺体と一緒に寝泊まりした話を私にしてくれた。今はみなどうされているのだろう。こうした番組を見るたびに考える。
9月11日(日)

今日が東日本大震災からちょうど半年の日なのでYV番組はその特集を組んでいる。自分のボランティア体験で多少見慣れた石巻市の日和山公園やガレキの更地、そこで炊き出しに並ぶ人々。おおくの人々の表情が浮かぶ。


「いいのかな、わるいな、これもらっちゃっていいの」と服や靴下を手にしておっしゃる謙虚さ。商店街。花屋さんが、ガランとした(津波がそっくり全部持って行ったあとの)店構えの一番手前で、仏壇用の花束だけを売っていた。その方に私は軽く会釈した。南相馬の避難者の方々もそうだ。私が犬を抱いて栃木県にあった二次避難所に入った時「いちおう許可うけてよ、そうじゃないと我々が文句言われる」と教えてくれた。


4月、日和山公園から被災した風景を見下ろす人々の交わす言葉は小さく力は無かった。6月、駅前のショッピングセンターに移設再設された石巻市役所に職員と窓口のテーブルで向かい合う人々。私は自分がその場を通り過ぎることの恥ずかしさを感じていた。
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被災した犬猫の世話をするボランティアをした最中も、自分の犬の健康のことをよく考えていた。中途半端でもあったわけです。今朝はそのグループの「捜索犬猫」の顔写真や津波で別れ別れになった時のコメントなどをずっと探して読んでいた。シッポが短いとか、どこにオデキがあるとか、何の病気の処置をしたとか。それを投稿されたご家族の想いを近くに感じながら。


復興、続いて行くと思う。Keep in contact.やることはずっとあると思う。
8月4日(木)

今日から4日間栃木に行く予定を立てた。その目的は通信機能のないMacと犬を抱えて取りあえず山荘に到着すること。山荘からあまり出ないで過ごすのだと思います。ところでアナログ放送の件ですが、地デジ化以前にTV自体がぶっ壊れていますからまったく問題ありません。


しかし一つだけ気になることがありました。それは7月下旬まで山荘の近所の公共施設に避難されていた南相馬の方々のことでした。ざっと耳に入れていた新しいご引っ越先にうかがえたらという希望があったのです。ところが今日東京から市と福島県に電話をしますと、それは出来ない相談だとわかりました。


もうすでにバラバラになられて住まわれているようです。旅館、寮、ご親戚など。数世帯ごと、と聞きました。
ただただ皆さまが現在もお元気でいらっしゃることを心の中でお祈りするだけです。
6月13日(月)

昨日の午後、日光市の「交流促進センター」に寄ることが出来ました。南相馬の方々の2次避難所。1次避難所は中禅寺湖のアジアンガーデンホテルだったのですが病院が遠くて大変でこちらに移られたそうです。8組のご家族計16名が避難されていました。


私の日光でのボランティアのスタイルはワンちゃん連れでお話に混ぜていただく、という趣旨なのですが。先週うかがう予定が、商売道具の犬が急病になったため、一週間後のリベンジだったのです。
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私の犬は犬好きの方々3〜4名に抱っこされて、最初は落ち着かなかったですがそのうちに眠ってしまいました。以前飼われていた犬の話、こちらの施設や以前の施設の話、ご家族のことなど1時間ほど雑談に混ぜていただきました。また時々お寄り出来たらと思います。f0204425_21482632.jpg
5月28日(土)

f0204425_86272.jpg「石巻動物愛護センターに行ったの」ともう一人の別の友人が昨日私に言った。
「ええっ、そこ私こんど行くかも知れない」とびっくりした私が答えた。「いつ頃?」友人は目を丸くした。「それが7月下旬」まだまだ予定なのだがそんな計画もある。


「専門職よりも一般の人の方が実は手が足りない。行けば喜ばれると思う。朝夕の犬の散歩が主だけれど、経験あるから大丈夫ね」と彼女は笑った。知っている人がそこに行っている、というのは本当に心強い。犬好き同士だけれど、同じ場所とは!


「被災して迷子になったイヌネコや、避難所で犬を飼えないので一時預りをしているワンちゃんとか」「朝10時の散歩に間に合うように訪れれば大丈夫。宿舎もシュラフ持参なら雑魚寝で無料。仙台からだと時間のロスが大きいから、宿舎泊まりがベター」などと情報をいただく。本当に嬉しい限りだ。たった2,3日でも大助かりだと聞いた。どんなスタイルであろうが、、、ボランティアはまだまだ必要なのです。
5月28日(土)

被災地の話をもう少し。
昨夜は半時間以上、その友人と電話で話をした。田んぼの「泥かき」の話だったのだが。とても興味をひかれたのは、そこから色々なものが出てくるとう下りで、その一部はもしかしたら地元の方々にとって意味のあることかも知れない気がしたからだ。「絶対重機では出来ない、人間の仕事があると思うよ」と友人は言っていた。そのとおりだったらしい。


その日本財団のボランティアは『足湯ボラ(=被災者の方を足湯にお連れしてお世話をする』募集だったので参加者70〜80名のほとんどが20代前半のフリーター女子だったらしい。しかし実際は足湯の他に「泥かき」のウエイトが大きく重労働だったという話だ。「でもみんな本当によく働くんだよ」と友人は私に言った。


往復バス無料、宿舎も超低料金で提供され、24時間シャワー完備、朝夕はびっくりするほど美味しい食事、昼は特大手作りおにぎり。さすが笹川財団、私の参加したPB(ピースボート)とは格差がありますな。でもPBも最近は宿舎提供とHPにあります。しかし私たちはさらに「都民ボランティア(東京都ボランティアセンター主催)」の方にも関心を寄せてしまうのです。f0204425_7505566.jpg

まあどっちにしろ、バケツの中の一滴の水滴なのです。