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2016年 01月 17日 ( 2 )

2016年1月16日(土)

最後の1日をどう書き始めたらいいのだろう。ノックがあって「昨夜11時頃Pから電話があってすごく遅いから断ったけど朝会うことにしたんだ」「あんたは大丈夫?」と2回聞き「オーケー」と2回答えた。用事が終わる午前9時15分にNの店であう約束をした。小一時間あったのでチャリの朝散歩をした。

まず空港に行き、金網の塀が終わった坂を登り広い道を左に入った。ずっと行くと別の太い通りがありそこはよく調べると知っている病院とオレンジの店の角だった。左折してなおも知らない道下ると人々が清掃ボランティアをしている場所に出て、一人にレイクサイドを聞くととても近かった。Pの店を通ると「彼は帰ったところよ。転んだって大丈夫?」と言われた。Nの店に遅れて着きロールズを茶で食べた。次にHの所に寄ると「ジルが10日間しかいないって忘れていた。残念ながら今夜は会合があるんだ」Hを除いた家族との夕食に招待してくれた。宿にいったん戻り「Pの所へ行くよ」と言うので「ジャストユーそれとも私も?」と聞くと「そうだよ」と答えた。胸の開いた綺麗な淡い色のネパールドレスを着ていたPは奥の間でロキシーを私にくれた。私は寛いだ。お喋りしてからまたNの店に行くとNは賄い食をくれた。私はH宅への手土産の果物を買いに行ったり、すぐ近くの縫い子の店でネパールドレスを試着したり直しを頼んだりしていた。いったん宿に戻ったあとに奇妙な出来事があった。


「金の清算をしよう」と言い外のテーブルに呼ばれた。彼は初めからキチンと計算するつもりなど毛頭無かった。私が携帯のメモを出して内容に触れると、そうするべきでは無かったと知った。3千ルピーを出すと「金など要らない」と言いながら立ち上がった。両眼の奥に冷えた光があり、私はかんぜんに小馬鹿にされていた。「プリーズウエイト」と言って部屋からもう千ルピーを加えて彼の手帳のバインダーに挟み悲しい気持で部屋に戻った。数分後に泣いた顔をした私が彼の部屋のドアの外に出直すと電話中だった。私の部屋の前で再び会ったとき「ねえ私はあなたを不快にするでしょ。で、、5月にNCには行ってもいいの?」と小さい声で聞くと「いいさ、何も変わってないよ」と言われ座っている私の肩を触れるか触れないかほどの強さで抱いた。「お化粧しなきゃ」と言って今日買った紅い花の刺繍のついた白色のネパールドレスを着に着替えた。自転車屋に返却しながらHの家で10人もの家族とダルバートをご馳走になりに行った。戻ったあとに「少し一緒にいよう」と言った。


どこかのホテルで連夜大騒ぎをしている若者たちの歓声があった。この国を嫌いではない。歓迎は商売で分厚く、誠意はわずかな現地の友人を除いて薄い。それは仕方ない。それにしても、今日はかつて連れがこう言っていたのを思い出した。「俺があんたを守ってあげている、そのかわりあんたが払うんだよ」私はもうそろそろ自立してもいい頃なのだろう。「明日バスパークまで送るよ」と言っていた。日本まであと3日だ。
2016年1月15日(金)

「明日の朝はカルパーナに会うよ」と友人が言っていたので私は目が覚めたあともノンビリした。パジャマにスウェットを羽織りバスルームでオシッコをして歯を磨いた。部屋干しの衣類を触って乾き具合を確かめた。ベッド周りを整えたあとコーヒー粉と水をカップに入れて混ざっていないまま飲んだ。タブレットを開き日記を2日分書き始めた頃にノックがして出かける挨拶があった。「あとで携帯メールするからね」外が明るくなっていたのに気付いた。


午前10時を過ぎたのでチャリに乗ってサーティンツリーズにでも行ってみようと考えた。ファーマシーストリート(去年友人さんが愛想のいい薬局娘に何度かアタックして敗退したのが語源)を右に走り、バグルンハイウエーに斜め並行する道をみつけ左折した。ここはBの父親のカレッジや広大なサッカー広場、水源ポンプのある通りで去年の記憶がそこにあった。ハイウエーを走っていると携帯が鳴り、チョプルンガで会うことになった。学生用食堂で揚げたての野菜スナック、茹で卵、豆スープとミルクティーを食べた。「カルパーナとはどうだった?」と聞くと「まあ楽しかったよ」と答えた。航空会社のオフィスでのお喋り、お茶や甘いご飯。適当な時間に「Nの店で会おう」と言ってチャリと徒歩に別れた。


小一時間ほどしていつものルートにゆっくり歩く後ろ姿があったので嬉しかった。その後はチャリを引いて一緒に歩いた。レイクサイド近くで「ジルさん、ロキシーを飲ませる店なら知っているよ」と言ってまず1軒目では妙に酸っぱいのを私だけ飲んだ。つぎに小さな雑貨屋にも声をかけると「奥に座る場所があるのよ」と言われショーケースの背後に3人で座った。客が来たかどうかをベニヤ板にあいている小さな穴から覗く仕草が可愛かった。彼女は死別したネパール人夫の間に12歳の息子がいて現在の夫は詳細は不明だが帰国してしまった英国人なので英語ができた。背は高くなく丸っこい身体つきでしばしば笑顔が弾けた。一度彼女はカーデガンの前を開いて、非常にわかりやすい胸の谷間をアピールした。そんな隠れ部屋で飲むロキシーは最高の味がした。「別々の部屋に泊まってるって本当?」二人になった時、私に聞いた。「うん、その通りよ」笑って私は答えた。かなりいい線。部屋に戻ると自分でかなり出来上がっている気がしてNの店に行く誘いを断ろうかと迷った。結局庭の段差で転んでしまったが、友人が私の左腕をぎゅっと掴んで連れて行ってくれた。


Nはとても忙しそうだった。私は「ロキシーはもうダメだよ」と言われ、マッシュルームスープと白ご飯を注文してくれた。素晴らしい味だった。前に一度会った薬用植物調査をしている日本人の学部生がいてお喋りした。南アの仕事男とも挨拶した。あと1日。