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2016年 01月 15日 ( 2 )

2016年1月14日(木)

「明日Nの店で朝ご飯にしよう。ベーカリーでパンを買って。もしあんたが早起きしたら先に買っておいてちょうだい」と言われていたのでその通りにした。そのベーカリーはホテルからほんの1分もしない場所にあり、地味な汚い大きめの看板を見過ごしたら、ただの草木の中の廃屋だった。一歩足を踏み入れると真っ暗な中にかまどや焼く前の材料や出来上がって売る状態の数種類が綺麗に積み重なっている。シナモンロール、チョレート、アップル、クロワッサンなど。すべてたったの20ルピー(20円)だ。しかも大きめで熱々で新鮮。親子連れがいて、子供がパンに手を触れてダメよと言われていた。私たちはパン4個、ペットボトルに入れた自家製マンゴジュース持ってNの店に入った。外テーブルには、全員が黒っぽいスーツにタイをした若いネパール人が数十人もいて、カゴで売っている子からパンを買って店で注文した茶で朝ご飯にしていた。弁護士連中かも知れない。Nは買物に出かけていたので1時間ほどぼんやり待った。Nがレジ袋を持って帰って来たので4人で一緒にパンを食べた。彼女は自分の新品のザックを見せてくれた。色々な場所のポケットを目の前で試していた。1箇所、小さな場所の黄色のジッパーは頼りない感じがした。茶を会計する前に友人は奇妙な演出を私に要求した。しかし私は意味を理解出来なく上手に立ち回れなかった。結局のところ私たちは4杯分の茶代170ルピーを払ったことが彼をアタマに来させた。「クソ信じられない、彼女は代金を要求したよ」「あんたの考え方は信じられない」「パンをご馳走したのに、何も見返りがない」「昨日のレストランでだってそうさ」「これはプリンシパルなんだ」と言ったので「もう一つあるんだ、校長って意味の他に」私は辞書を開き「元本?」と聞くと「じゃ三つ意味がある、何しろ馬鹿げている」


夕食もまたNの場所でした。この時の清算はこうだった。「ヘイN、いくら?」「うーん明日でいいわよ」「え、それってタダってこと!?」と大声で言った。私たちは鶏の旨煮スープ二杯とライス540ルピーを踏み倒そうとしていた。私は自分の分を後でこっそり払ってもいいと考えた。


一緒の食事が朝夕2回あった他の時間、私は一人でチャリを満喫した。もらった地図は少しだけ参考にした。まずチャリ屋で鍵をいいのに替えてもらい、いつものコースを途中まで行ってからファーマシーストリートを左折してプリビティハイウエーを北上した。二つ目の道は最悪で、2台すれ違いがギリギリのわずかな舗装された幅員に交通量が多く、おまけに路肩は崩れホコリとゴミだらけだった。最後の最後は押してバグルンバスパークに着いた。このあたりは前にも一人で歩いたので知っていたが裏道には貧困の二文字があった。Jの店に寄ると老夫婦だけがいて、バフミートと芋の二皿を小さいロキシーで食べた。旦那が不器用に電卓を叩くと100ルピーだった。その辺りをぶらぶらこいでからチョプルンガに行き、セイフウエイで菓子と画材を買い、55ルピーの箱に入れてもらったケーキをベンチで食べた。いつもの道をレイクサイドに戻り、観光道路を舗装が終わる場所まで往復した。途中湖畔にも出てみた。宿で電話すると友人はNの店にいて「すぐそっちへ行くよ」と言った。宿で会うと彼もNのと色違いの新品のザックを買った、と言って見せてくれた。これで二人のトレッキングはバッチリ、ガイド料は踏み倒すもくろみだが自分とは関係ない。そのあと私はチャリ屋にもう2日分800ルピーを払いに行き、戻ってから歩いてNの店で合流した。友人はネパールガイドら二人を連れた陽気な南アトレッカーと盛り上がっていた。私は厨房で非常に低い籐椅子に腰掛けNとMが料理を忙しく立ち回るのを邪魔のないように見せてもらっていた。熱心に求婚している相手が複数いるらしいMはまだ19歳で、モンゴリアンの色白の可愛らしい顔立ちをしている。よく気がきき、私に出来立てのロキシーを注いだり愛嬌たっぷりに料理のつまみ食いをさせてくれた。おおかたの客はとっくに去っていた午後9時半まで店にいた。二階に上がる踊り場で別れて自分の部屋に入った。あと2日。
2016年1月13日(水)

昨夜は歩き疲れ何も出来ずベッドに入り、目がさめると午前7時半を回っていた。挨拶もなく部屋に分かれた出来事の後だったがケイタイにテキストメッセージで今起きたと送ってみた。しばらくして一緒に初めてのレストランの朝食メニューを試しに行った。持ち込みした林檎のパンを指で切り分けながら私はこれからの数日、言葉を選び控え目にしようと決めた。BのオフィスでPCを使う計画に何故だか「もし一緒に行きたいならそうしてもいいよ」と言われた。同意して歩き出したすぐあとに「あの悪いんだけど私はチャリで行きたい」と提案し、ジャイアントをもう2日間分借りて徒歩の友人を途中で追い抜いた。ニューロードで会おうと言っていたのに、電話するともうBのオフィスにいて私は「バッバティーニにいればいい」と言われた。Nと会う約束は午後2時だったし、実際会えたのは3時近かったのでかなりの間、あまり興味のないショッピングスポットの各階を一人で過ごした。まあまあ楽しかったのは、1階の酒売場を見つけ冷えた缶ビールを3階のベンチで飲みながら1年半この国に住んでいるという韓国人とお喋りしたことくらいだった。そのあといつもの1階の外ベンチに座っていると自分を呼ぶ太い声がして、大好きなビッグボスが突然目の前にいた。彼女は民間ソーシャルワーカーで非常に太った身体に黒づくめの服、無造作な長い黒髪の先を自分でブリーチしていた。肌も黒っぽくたいていサングラスをしている。紙コップのコーヒーをご馳走になりながらお喋りをしていると、Nと電話が繋がった。N、Mが到着し4人のガールズが三人分のベンチに座って茶を飲んで過ごした。その後、友人とBも合流し、6人で古いレストランに入りダルバートや焼きそばを注文して食べた。それぞれ別れたあと、私はチャリを宿まで楽しんだ。

徒歩で戻った友人はかなりの疲れていた感じがした。午後6時のS氏との約束があり、空港近くまで歩いた。「ジルさん早足で悪いね」と何度が行った。ビッグツリーレストランの前で立っているS氏が私たちを出迎え、最高のダルバートをご馳走してくれた。3人ともマンゴージュースで割ったマジックウォーターを楽しみ、S氏と私は右手指を使って食べた。帰りに友人は「あんたS氏と結婚すれば?」と冗談を言い私も笑った。信じられない量を食べた私の胃袋はまるでダルバートモンスタだったので、すぐにベッドの中に転がり込んだ。あと3日。