人気ブログランキング |

2010年 07月 30日 ( 3 )

7月30日(金)

宣伝会議の一つの講座をショッピングカートに入れた。
その前に、ふと「修了生割引」の事を思い出した。9万円以上支払った人が条件らしいが、私は既に3本の他の講座を受講していたので、20〜30万払っていた。そこで入学金の1万円が差っ引かれた。


午後6時に今日カウンセリングの予約が取れていたが、そこに向う途中、チャリ屋で後輪のブレーキパットを取り替えてもらいギリになった。
「あなたはこれからどう生きて行くのですか?」この質問に実は詰まった。「普通の人は何て答えるんですか?」というお馬鹿な逆質問をしていた。


今夜のセッションで一番気になったことは、一つあってそれをここには書けない。


少しだけ楽になった気がした。
重たい部分は重たい部分でそもそも沈み鈍く広がったままだけど。
でもこの時間を得たことはありがたい。
だって気付くことって自力でないこともあるのだ。時々だけど。


それとは別に、今日私のケイタイに友人さんからのi-phoneの着信があった。死んでる人がケイタイをした!? モチロンそれって、ご親族が間違ってかどうか、、、操作したに決まってる。


けれど、そのディスプレーは突然私を幸福にした。
私はずっと友人さんの着信表示を見ては精神的に「イッテ」いた。
大好きな男からケイタイが来る度に。
そんな想いをくれた男だったのだ。
たった5年間だけど、私にとってそれは一生分くらい長い時間だった。
7月30日(金)

相当嫉妬深い女なのかも知れない、と思う、自分のことを。
もうとっくに亡くなった、アルコール依存症だった元カノさんと、最近亡くなった友人さんが愛し合っていたかどうか、まだそんな風なことを考えている。


「最初の2、3年はね」淡々と答えていた。
それで、いいんじゃないの?
どうして、その答えで不十分なんだろう?


「一日に菓子パン1個しか食べていなかったんだぜ」
その話は、何十回も聞いた。


「ねえ、もしかしてその人って連続飲酒してたんじゃないの? だって今の△△と同じだよ、食べないのは」
ごく最近の私はそんな事を相手に言っていた。
何も答えなかった。


「まっすぐ歩けないんだ、あの人」
「ついててやらないと」
どうしてそんなに親切だったの? 私、自分に対してはその親切、一度も見た事ない。
「あんたは健康だ」
そう言われても、、、悩んだ。



「最後にすぐ来てと言われたのにそうしなかった。××ちゃん、あの人今頃死んでるんじゃないか、って思っていた」


私はそれらの話を半分聞き流していたのかも知れない。
半信半疑で。
かつては想像も出来なかった。


今は違う。
本当に心配だったのだと思う。
彼女を愛していたのだと思う。
つまり、、、彼なりの特別な方法で。
だって愛のかたちなんて、人間の数ほどの種類があるでしょう。
f0204425_119717.jpg
7月29日(木)

朝4時半に起きた。5時に朝食を取り、それはトーストしたパンにバターを塗ったものとコークだったが、6時前の電車で小田原駅に向いJRに乗る。
f0204425_0505774.jpgそこから元箱根行きの1番バスで宮ノ下で下車した。富士屋ホテルの辺りで少し雨が上がったような錯覚があり、浅間山に向って登った。頂上付近だけは雨が止み、また鷹巣山の頂上付近もそうであった。他は豪雨に近かった。それでも草花の写真を撮りながらR1に向って降りた。途中1ッ箇所、精進ガ池の休息所もありがたかった。バイパスを行くバスで小田原に出、新宿経由で家に着いた。午後1時半であった。


山の自然が私の一部分を治した。f0204425_052271.jpg
f0204425_0512728.jpg私は20代の頃、山に親しみ、それ以来独りで歩くタイプであった。何か別の新しい事を試みる時もたいがいは一人であった。相談する人が近くにいない時、山の自然が私を真っ先に癒した。地図を見る。そして歩きに歩く。

話す事、それも同じように大事だ。



昨日会った知人(「彼はあなたに決して一緒に来てくれとは言っていないわよ」と私に言った人だったが)はその日私にこう言った。
「話し相手、なくして淋しいわね」
「ええ」
そう、確実にその人の言う通りだった。
お互いが「話し相手」だったのだ。


ジムを少しして夕食も軽く口に運んだ。南青山にチャリで向った。
農水省所管の『南青山会館』に集まった120名の若者に宣伝会議は「コピーライター養成講座」を勧めている。しばらくはそこに身を置こう。
たぶんそうすることで「話し相手」にはならないだろうけど。