人気ブログランキング | 話題のタグを見る

凶のボラ(2)「バカ」と言う言葉を私は呑み込んだ

12月29日(水)

今日は何人かの新しい入居者さんと接した。一人は先ほど書いた、赤ちゃんを抱いた老婦人だった。立って抱いたままそこにいる。「可愛いですねえ」と私は擦り寄る。もう一人の入居者があたかも話し相手のようにすぐそばの椅子に掛けている。私を入れ女性3人だ。「本当に可愛いです」私はその人形のよだれかけを直し、オムツの股の部分が一方の脚の外側にズレているのを直した。「ああ、うん」とお母さんが言う。「ちょっと抱かせてくれますか?」私は気を遣ってその子を抱く。髪と頬を撫で、つんつんする。「すごく抱き心地いい」と誉める。「あんたも抱く?」もう一人に持ち主が言う。彼女は婉曲に断る。穏やかな関係だ。彼女は大抵一人で赤ん坊を抱いて自分の部屋の前の椅子に座っていたのを見ていたので、こんな光景は新鮮だった。長い間二人は話をしていた。赤ん坊の事とか、全く取留めの無い話題に決まってる。本当に「取留め」なんて微塵も無い。ただただ一緒にいる、それだけの事だろう。


それとは全く真逆の出来事もあった。
初めて接する入居者さんでお名前も知らない。睨んでおられる。瞬きもせずずっと私を。何故かと言うと、私に原因がある。
私は不用な事をした。
「こんにちは」「、、、、」「ここに座っていいですか?」
彼女は言った。「バカ」

私はそこに座った。
「バカ」彼女が言った。

私は笑って座っていた。
「バカ」彼女は爪を私に立てた。「バカ、アッチイエイケ!」

私は避けて会釈をした。彼女は睨み続けた。私はKさんの所に行った。やや遠くから彼女はやはり睨み続けた。大きく開けた両眼は丸い顔にマッチしていた。両眼は招待され、私は排除された。


リハーサルなどどこを探しても無い。介護の現場では。
100%が本番だ。
その意味は人生に於いて普遍なのだが、もし多くの人が「認知症患者の傾聴」というこの現場を体験しているとすると、人生の実際の現場は少し生き易いかも知れない。けれど考え様によっては、まったくその逆かも知れない。


何しろ私はお気楽なボランティアだ。ここがもし職場であるとすると、100倍ものストレスが掛かる。もし自分が家族という当事者であれば掛かるストレスは200倍を越すだろう。


そういう意味では、ボランティアは単に物貰いに過ぎないのだ、と思う。
(つづく)
by necojill | 2010-12-29 20:42 | 書き残し | Comments(0)