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3本目(リライト後)

10月8日(金)
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 (今のところ無題)

 2年半前にホスピスの個室に移された私の母は淡い薔薇色の頬をしていた。静かに休んでいた。恐らくモルヒネがたっぷり投薬されていたのだろう。彼女が末期がんで死ぬたった数時間前に、しかし私はそこで深夜放送の映画に見入っていた。男のHIV患者と女とのストーリーだったのだが、タイトルすら不明なのは天使がきっと私にTVのスイッチを切らせたのだ(後にそれはスティーブン・ダウドリー監督の”Hours”であったと判った)。その数時間後、彼女は息を引き取った。

 2ヶ月前に路上で転倒して死んだアル中の友人の魂(ソウル)はその近辺の時刻に私のMacに無言メールを送った。7月の暑い夜半私はひとり自室で過ごしていた。数時間前に3日ぶりに固定と携帯に電話をしたが、10回コールしても出ない。すると突然受信メールボックスに未読メールがあるよ、とドッグのアイコンが私に言った。開くと何もない。この白抜きの赤丸がヘンだった。そのうちにすーっと消えた。何のサインだろう? 単なるバグりに違いないのにそうではないと勝手に結論した。続く未明、通行人に119通報され搬送先の救急病院で彼は一人息を引き取った。

 自分の大切な人の死んだ瞬間、自分が何処で何をしていたか。後づけで書き加えられるその記憶は鮮明に脳の皺をくっきり形作る。人は大変大きな事件、例えば9.11テロや地下鉄サリン事件、阪神大震災の時に自分が何処で何をしていたかをよく覚えている。脳科学者の研究によると、それは大脳皮質の内側側頭葉記憶システムによる「エピソード記憶」の処理と解明されている。身内の死の瞬間の自分の行為の記憶もまた、奥深い心の震えを予感させ、その後もそれは続く。ひよっとしてこっちこそ海馬の損傷があったりして。

 出来る事は唯一つ。逝ってしまった魂(ソウル)に裸の心を羽織る。彼女/彼の供養に繋げるために。
by necojill | 2010-10-08 20:20 | 米光講座 | Comments(0)