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健忘録として、、(2)

7月11日(日)

土日の小旅行、往きの昼は列車の中で家で作ったサンドイッチで済ませた。
最終の3時バスに乗ると「まだ山形屋に寄れる」と思い付き、一停留場前で降り蕎麦を1枚頂く。


翌日は湯元から湯ノ湖西岸、湯滝、戦場ヶ原、竜頭の滝、菖蒲が浜(夏のキャンプについて聞けた)、中禅寺湖東岸、中禅寺温泉まで歩いた。朝8時にはもう湯滝の茶屋に着いてしまい、当然開店前なので頭に描いた天婦羅定食が冷淡に去って行く。しかたなく青木橋で持参した軽食を食べる。すべてのコースを歩き終えるとしばらくは疲れの沼地に浸かっていた。何か確かな食事がしたい気分もあった。


東武日光駅前にあるバングラディシュ人の経営するカジュアルな料理屋に入り、冷たいビールと鶏の唐揚げ、スタンダードナンを注文する。犬を連れているのを見せて、外のテーブルに案内してもらったが、風雨があったので中に来いと呼ばれた。犬は膝にいる。何時もの事だ。
鶏は紅いスパイスが滲みていてスライスされたレモンが添えられていた。千切りキャベツもあった。電車の時刻が直ぐ迫っていたので残りをテイクアウトにしてもらった。これも何時もの事だ。


その日、山野を歩けて本当によかった。
薄曇りや小雨の天候、亜高山帯の植生、特にコケ類、水の流れや留まった場所、山鳥のさえずり、樹木の匂いや、、昆虫類の飛翔もまた快かった。気持は薄皮のようにナイーブで気にならなかった。風景の上部にそっと被さっているだけの気分。
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本当の事を言うと、一日目は少し違かった。
下丸美の蕎麦屋から、1ヶ月前に友人さんと歩いた同じ県道を歩いた時、その時は家の風呂が壊れていたので、日帰り温泉に徒歩で往復したのだが、その日の気分は少し違っていて重たかった。


数週間前の事だが、はあはあした息づかいがして「少し休もうか?」と私が言った。
「うん」直に同意する。
ペンションの入り口の敷地にあったベンチに大儀そうに座った。
「よっこらしょ」と言って座ったそのベンチの脇を再び通り過ぎる時、私はケイタイを取り出した。


考えて見ると、その辺りではドコモのアンテナがまるで立っていなかった。3本中1本。
「もしもし、××です、、、、、、、ツーツーツー」
「あれ(固定)電話通じてるね、、、、、、、ツーツーツー」
「もしもし、聞こえる?、、、、、、、ツーツーツー」
3回掛け直して、3言だけが私の耳に残った。


生前の私の叔父(当時70歳位)の声と似ている、と思った。その日はそれ以上電話をしなかった。たった今も。安否確認の電話だって判ってくれたと思う。


その日は風景の上に、まるでバターのようにべっとりと感情が厚塗りされていたのだ。


けれど翌日山野を歩きながら、一つの真実に行き当たった。二つ、、かな?
それは「重度のアル中さんだって、本人が望むのなら重度のアル中という病気をそのまま背負って(治療せずに)生きる権利がある」HIV患者や末期がん患者と同じ事だ。
その事を周囲の者が「受け入れる」事だって、ありではないか(辛いけど)。

もう一つは、その最期を共に生きるという事は、タフな仕事なので、私自身必要があれば「信仰」の道に近づくのかも知れない、と言う事だ。


昨日はそんな事を考えながら、老犬を抱いて湖畔の径を歩いていたっけ。
(おわり;写真はたぶん仲のいい御夫婦)
by necojill | 2010-07-12 15:04 | | Comments(0)