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通夜に行ってよかった

5月14日(金)

付き合いの比較的薄い親族だったので、顔を知っていたのは故人の妻と、その夫婦と養子縁組した叔母のたった二人だけだった。姉と二人で千葉のとある駅で待ち合わせ、大勢の参列者に混ざって遅めの焼香をした。

その叔母はその後ろ姿ですぐにわかった。甥っ子といっても私より年上だったが、の運転で1時間半かけて都心からやっと到着した時だった。腰が曲がり、92歳なので当然だが、自分では曲がっていないと主張していた、白髪を肩まで伸ばし、しかし登頂部には薄く肌色が見えた。たぶん物持ちよく着込んだ黒色の前明きのセーターの第一ボタンが外れていて、姉がその折れた襟元に気づき、最初に直した。
にこにこしている。
「なんか、お葬式なのに叔母さん嬉しそう」と姉が私に言った。


「あたしも持ってるのよ、だけど付けられないの。この人にしてもらうわ」と白髪の甥を指差した。数カ所探してから、そのパールのネックレスをやっとの事で探し出したので、私が腕を回してそれを付けた。色々な物が入っている大きなレジ袋を元のバッグに押し込んでからその上にタオルのハンカチで蓋にした。


彼女は西麻布に100坪の屋敷がある大変な金持ちなのだがまったくそのようには見えない。
イグルーから出て来たイヌイトのような深い皺の顔、大きな力強い瞳そして外側に跳ねた太い白髪。
「ボロを着てね一人で働くのが大好きなの」
92歳で一人暮らしだ。
子供の頃、遊びに行くと男物のランニングを直に着て庭仕事をしていた。今もそうなのだろう。
故人の養母に当たる。


「△△ちゃん、叔母さんちの遺産相続してお金持ちになった矢先にねえ」
「そうなのよ」顔をしかめた。表情豊かだ。
「△△ちゃんは叔父さんと仲良かったからねえ」
「ああ、私も叔父さんと仲良くしとけばよかった」「私も」急いで私も同意した。
もう一度素早くお茶目な表情を作った。
「遅かったね!」
ふーむ。


テーブルでは料理も酒もどんどん食べて飲む。
喋っては笑い、まるで志村けんの婆さん役だ。
「あ、叔母さん、お酒にサイダーいれっちゃてる!」
「あんらまあ初体験よ、うん美味しい」すごく面白い。


帰り際、棺の中の故人と再度お別れをしていた。
会場の外に立つ私たちにも何か大声で喋りかけている様子が遠目にわかる。


幾つかの彼女の言葉が耳奥に残る。
「あたしゃ男だからね、子供生まなかった」
「え、おとこ?」
「そう男だよあたしは」

「馬鹿だからねあたしゃ、そいで殴られた、ここんとこ」
「叔父さん怒ってばかりだったし。こんなに腫れたよ」
そうだったの? 知らなかった、、。私の祖父も大酒で亡くなったらしい。だから酒害の家系だったのかも知れない。


「ひとりが一番、なあんにも気にしない」
本当にそうみたい。
「カレシもいないしね、いたら面倒よ」と笑う。
90過ぎてカレシだもの。冗談も全開な人だ。


喪主である、義理の従姉に当たる人は70を越えているのに、花弁のように綺麗なままだ。
「大変でしたね。でもお綺麗だから再婚しちゃえば」と姉が言い三人で笑った。
通夜なのに、女たちはそれぞれに生々しい。
by necojill | 2010-05-15 00:31 | 書き残し | Comments(0)