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5月26日(土)

かつて不思議な出会いがあり、大野一雄舞踏研究所を少し知っている。毎年大野先生の追悼上映会があると聞き、東中野に行った。午後9時からという遅い時間だったが地図を見るとチャリで行けそうな感じがして実際そうした。舗道改修工事が進んでおり大変走り易い。行きは55分、帰りは45分であった。

今日はスケジュールの初日で『ひとりごとのように』という晩年のドキュメンタリが上映された。認知症をわずらっていらっしゃる感じがした。映画終了後に大野慶人先生がステージを持たれ「Thank you. ありがとう」というあいさつの言葉、かすれていて決して大きく無い、が私の耳の奥に残っている。

5月26日(土)

非常に気持のいい五月晴れ。犬を起こしてチャリ散歩に出かけました。中原街道を通ってから第一京浜方面へ辿ってみました。ほんの一点、清正公から第一京浜に出る昇り坂を行くとどうなるのか? がずっと疑問だったからです。そこは私がほんの子供の頃からずっと母が築地方面にマイカー通勤していて、母の退職後も時々私は助手席に乗ってその道を通った記憶があったからです。取り付きは急坂でチャリを押して登りましたがね。少し行くと最中屋さんがあったので懐かしかったです。
付近の都市公園で犬を降ろしてから品川プリンスホテルの後ろを通って五反田に出ました。ここでも母がNTT病院にお世話になっていた頃、通った中華屋も見つけました。
そんな午後。
5月25日(金)

こちらの生徒さんは、私以外の色々な先生につきほぼ毎日日本語を勉強していらっしゃる。私の授業は復習および雑談です。今日は「部屋の中に様々な家具や品物がある」というイラストのプリントを使い品物の名を述べたり、その置かれている位置を説明するという授業を行った。机の上に雑誌と新聞、引き出しに時計と財布、ソファーの上にはクッション、下には靴下、壁にはカレンダーとポスター、ステレオとスピーカー、本棚には本と太鼓、テーブルにミカンと手紙とペン、椅子の背にタオルetc。その方は両眼を閉じて考え発音し、私が少しの修正を行う、、、。この1時間はどちらかと言うとあっという間だ。


その後私はスーパーマーケットで50%のプライスカット商品を買いあさった。トマト&チーズ弁当、八宝菜弁当、牛バラブロック、US牛肩ロース、和風ピクルス、二色割子蕎麦、讃岐うどん、三種稲荷、細巻干瓢、鯖押寿司、焼穴子押寿司、海老ピラフ、鶏皮、ゆで枝豆、ぶり刺身、トラウトサーモン刺身。

すでに最後の三種類をお腹に入れましたので、そろそろ今日を終わりにしようと思います。
5月25日(金)

東京地裁に公判傍聴に行った。その民事裁判の、主に被告の論述は「びっくり」の連続でした。これはフェミニストでなくともまったく「いただけない」男の論理でありました。今日はその原告と被告の尋問期日であり20名の(ほとんどが)女性という傍聴でした。以下の内容の事案が代理人から説明されていました。


「自衛隊の女性防衛モニターという制度があります。http://www.mod.go.jp/pco/osaka/pr/monitor/bosyu.html このモニターになっていた女性が、 見学に行った際に案内役だった海上自衛隊の幹部(佐官)の立場にあった被告 とメールの交換をし、その後個別の案内をしてもらうなどするうちに 親しくなりました。 被告は独身であるかに振る舞って交際を続けていましたが 赴任地を離れるに当たって連絡を絶ち 女性が連絡を頻繁にとると、ストーカーだとして被害届を出しました。 警察がストーカ被害になかなか腰を上げないことは、ご存じのとおりですが この女性に対しては、警察からすぐに警告がありました。 職務上の地位を利用して女性と関係性を持ち 関係の解消に当たっては、ストーカー被害届を出すというやり方は 卑劣であると考えています。 全体的に見ると、立場を利用し女性に接近し、立場を利用して警察の権力を利用 し関係を断ち切る、という構図にみえるということです。 この女性も、自分の意思で付き合ったことは事実ですが たとえば、先物取引でお金儲けをしたいと思って取引に手を出した場合でも その取引特有の専門会社の不当な誘導とかがあれば、勧誘した方が違法になります。 構造的な要素があると考えています」

終了後、原告と代理人2名、傍聴者たちは待合室にあつまり、先生方の説明および原告のひとことふたことを聞き、数名が質疑も行った。この時間を含め全体を通じ映画館に足を運ぶよりも心に迫るものがあった。
「あなた一人の問題というより女性全員の問題です」とある傍聴者が意見を述べた。「泣き寝入りをしている人も少なくない」「本当に勇気を持っていらっしゃる」といった感想もあった。そのとおりです。

その帰り道に銀座3丁目のアップルストアに寄り「ページス」を試し、JRのみどりの窓口にも寄ってキップを買い、そして家路に向った。
5月24日(木)

今日だけでいくつかの仕事をした。たいがいは容易、なかにはチューブの底に残っている乾涸びたわずかなペーストを絞り出す様に面倒なものもあった。
7月の旅行のアクセスを調べた、今週末の旅行の宿の予約をした、東京地裁のある事件の公判傍聴について調べた、友人の学位取得お祝い会のメールをした、恩師の出版物を図書館で依頼した、その出版社に出版記念会があるかどうかメールをした、アップルストア銀座店にあるアプリを試せるか電話した、翻訳会社2社に見積もり依頼のメールをした。最後の件はとても疲れた。途中で数回眠ってしまうほど。
↑これらも処分された故人の遺品

明日は雨かもしれない。
5月23日(水)

自宅から表参道への最短ルートは代官山経由、渋谷2丁目、青学手前右折のこの区道です。7時開演のプライベートコンサートが知人の場所であり、それは素晴らしい三重奏だった。フルート、バイオリンそしてヴィオラ。楽曲はA.ロッラ、マックス・レーガー(セレナーデ ト長調)、高橋曜子(虹の道)、ヨハン・ハルヴォルセン(パッサカリア)、ベートーベン(セレナーデ ニ長調)。特に、私は特にレーガーと高橋曜子が心に響いた。とてもマニアックであるとか難解であるとか。それをフルート吹きの日野真奈美さんと二人の弦奏者が奏でた。およそ1時間半でそれは開き私は再び同じ道筋にタイヤを転がし始めた。

5月23日(水)

「やさしいこころ」とその人は言った。

私が毎週行っている老人施設の散歩ボランティアの車椅子を押す場所はおよそ3種類あり、今日の3人の利用者さんの散歩は自動的にすべて同じ小さい方の公園になった。背の低い、ツバのある帽子を含め黒っぽい服装でグレイというより白っぽい沢山のヒゲ。英字新聞を読んでいる老人に私は挨拶した。日本語で。
「こんにちは。どちらの国の方ですか?」老人は笑顔で自分の国の名を日本語で語った。私の押している車椅子には静かな老婦人が座っていた。私は彼女をしばらく無視した感じでそのベンチの老人と会話を交わしていた。そのことに気付いて私は彼女の方に目を戻した。その老人が自分の年齢を告げたからだ。
「XXさんは何歳ですか?」
「OOよ」
「こちらの方は△△歳ですから3歳お兄さんですね」
利用者さんが少し笑ったので私は気分がよかった。

二人目、私は男性利用者さんを押しながらその老人の名前を呼んで挨拶し通り過ぎた。「やさしいこころ」とその人が微笑みながら答えた。

三人目、私は別の女性利用者さんを押しながら今度は反対方向からその老人の前を通り過ぎた。少し変化を加えてみた訳だ。

その日のボランティア活動が終わり近くにあるパン屋とコンビニに寄って少しの買物をした。公園に戻るとその老人はまだ座ってくれていた。私たちは再び挨拶を交わし30分ほど一緒に過ごした。なんと彼は神父だった。まず私たちはワインとパンがキリストの血と体であるという話をした。なぜ最初に? 私たちの目の前に2つの紙コップと非常に小さな米国西海岸の葡萄酒のビンと二つに割られた1個のトウモロコシブレッドがあったからだ。自己紹介をしてくれた元神父は私に「今度はあなたのことを話して下さい」と語った。私は、、、、色々と話をした。まるで懺悔のように(懺悔という言葉は彼が最初に口にした)。

元神父は私をほめた。おもに表情を。力を含んでいるというような意味を込めて。「あなたはX△歳ですから世の中のことを大分わかっていらっしゃる」「あなたはやさしいこころがあるから」「あなたはだいじょうぶです」「あなたはX△歳ですからまだまだこれからです」
最後に私たちはあのラテン的なハグで別れた。左右に首を傾けたキスの音。片側を1度、反対側を2度。

人情味のある87歳の元神父と通りすがりの幸運な女の話。
5月22日(火)

「ペットプラン」のチェックアウトは早めの時刻を要求されていたが、それは部屋や家具その他の破損の有無をチェックして保証金を返金するためなのだが、今回はさらに早めで滞りなかった。往きと似た気象で冷たい大気と降雨があった。私はあと5分で到着ですというシャトルバスのアナウンスを聞き、自分たちの時間もそうかと友人に訪ねた。空港第1でチェックインを済ませたあとの友人は余分の時間をスカイラウンジで寛ぐと言っていたからだ。そうではなく、そんなに早くそうするのではなく、別のプランがあることを私に告げた。そんなことが出来たらいい、と私も同意した。

つまり昨夜中華屋で会った3人を探すため第2に向う黄色いシャトルに私たちは乗った。まずフィンランド航空を探した。しかしフィンのシップは3時間以上前に飛び、別の便は1時間前に既に到着していた。その会社のカウンターにいると言っていた女性にはたぶん会えない、と私たちは判断した。後の二人はJALの地上職員で、色々な航空会社のカウンターで仕事をすると言っていたらしい。私たちはJALの制服を着けアップした髪型でキチンと仕上げたメークの多くの女性たちを次々と見て回った。けれど昨夜の私服姿の彼女たちをその中から見つけ出すことは非常に困難だった。たぶん半時間ほどでその仕事を諦めた。


再び第1に戻った。挨拶をして別れた。いつものルート京成線で家路に向った。家のそばの小径で犬をバッグから取り出して小雨の中を少し歩かせてから帰った。タオルで犬の毛と足裏を拭いた。(おわり)
5月21日(月)

帰路もふたたび栃木、埼玉、東京、千葉という移動を開始した。途中に「スカイツリー駅」という別名を付与された押上駅で乗り換えをしたが翌日のイベントの気配は少なかった。そして再度「ペットプラン」。その唯一無二である同室のキーを差し込んだ。犬は数日前の滞在を覚えており、いきなり絨毯に寛いだ。夕食は駅の方面に出て中華を食べた。隣の席で女子会をしていた人たちに話掛けて快活な会話を交えた。別れ際に私は犬用デイパックを開けその中味、ぐっすり眠っていた黒い物体を見せた。「ホンものですかあ?」と彼女たち三人は驚いて言い私は頷いた。友人は名刺を渡したのだが、私たちは少し失敗をした。氏名を聞き漏らしたのだった。まあそんなことはよくあることだろうけれど。
5月20日(日)

もう一日があったので家から徒歩で社寺のある方向に歩いた。途中道路の法面上方に野生シカがいてそのうちの数頭はぼうっとこちらを見て佇んでいた。拳銃の話を私と友人はした。それから滝尾神社に向うコースを往復した。最初は地元の日本人夫婦に、次にヨーロッパ人の若い男性カップルに道を聞いた。別の外国人カップルは裸足だった。奇妙に感じたが、そのあと日本人たちもそうしていたので、それは宗教上の理由だと私は推測した。実はそのとき私の犬も裸足だったので、、、、、彼女(私の犬)はまあ信仰深い部類と言えるかも知れない。国道120号線を前日とは反対の側を歩いて店を楽しみ、またしても寡黙なタクシーで家に向った。

5月19日(土)

奥日光に向った。ハイキングコースを歩き途中で原にあるデッキのような場所で昼食を楽しんだ。日陰を求めていた犬は人の影といういい場所を見つけ横になった。市内を少し歩いて赤砂糖とロゼワインとあと何かもう少しを買い足した。そのあと非常に寡黙なドライバーのタクシーに乗って山荘に戻った。
5月18日(金)

この日友人と私、私の犬はかなりの距離を移動した。千葉、東京、埼玉、栃木を通過した。交通手段に有料特急を使用しなかったので最終駅に着いたときすでに夕刻だったのだと思う。昼食は空いている車内で取った。デパ地下で弁当類を買いサクランボのウォッカを炭酸で割って飲んだ。それは透明の酒で私たちが山荘を去る時にはブラウンシュガーの入れ物に変わった。たぶんその揮発性の湿り気を取り除かれていた空ボトルは、今も従順に砂糖を保存するという仕事を続けているのだろう。栓は小さ目で赤色をしていた。


駅から山荘までのタクシーを使った時、ドライバーは信じられない程快活で多弁だった。だが私の犬は、さらに快活に変身したので、友人はその理由を私に聞き、私は自分の家に着いたからだと説明した。満開のツツジが目に入り、雨はたぶん降っていなかったのだと思う。その後に少し降っていたことを家のドアから犬のトイレをさせる時に気付いた。毛並みが濡れる程度よりは少なかった。この場所で3泊した。
5月17日(木)

この日私はいくつかのミスをした。たぶん三つ。
一つは時間を読み違え、そのため待合せに30分遅れた。二つ目はケイタイを家に忘れて来た。三つ目、荷物を網棚に載せたまま電車を降りた。それはホームで一人の女性が教えてくれたので助かった。最後のミスはもしかしたら翌日だったかも知れない。「犬連れ」ということがこれらのミスの理由にはならないと知っている。

「ペットプラン」というイシンホテルズチェーンの気配りがあった。かなり割高である。部屋の中央に中型のゲージがあった。ブルーの細いフェンスに囲まれたもので犬用のシーツが敷き詰められていた。二つの陶製の食器。予備用シーツ。そこに私の犬が入った時間は、大変短い。チェクイン後、試しに入れて見た時に最初は戸惑っていた。私の犬は盲目に近かったから。すぐに取り出して、カーペットを歩かせた。その後はっと気づきトイレをさせるために急いでソフトバッグに入れ和風庭園の脇にある芝生に向った。今回の旅行中私は何度もそこに通った。

つまり私の犬はあまり居心地がいいとは言えないホテルライフに納められている。旅行自体がそうなのだが。だから私は常にプライオリティをそこに置いていたいと考えた。それはもちろんデポジット料金を取り戻すためというようなものではない、とも。
5月17日(木)−22日(火)

栃木に出かけます。着替えと犬、少量の食糧と炭酸水。
ガルシア・マイケスが1冊。あとはあまり。
5月16日(水)

その後、勝鬨橋を渡って臨海地区に入った。凄く遠回りだ。これ今日のニハツ目。まあこの不便、レインボー橋も東京湾トンネルも通れへんのだから仕方無い。チャリイジメかなあ。ですよね。でもこれで640円分節約になりました。というより臨海いい。走り易い。
↑数年前ここ勝どき橋で築地市場で購入したお魚たちを放流しました。放生。チベット仏教の儀式。
↑豊洲地区には若い子持ち世帯が多い感じがした。
↑↓午後6時過ぎ、日の入りの臨海地区。メチャいい感じ。
5月16日(水)

臨海地区に用事があったのだが、行きに銀座3丁目に寄った。オンデマンド印刷とは何ぞや。という疑問を店頭で確認した。接客した女性は感じがよく親切丁寧であった。要するに、自分で完全原稿さえデータで準備すれば例え1部とかの、従来では考えられない少量印刷製本が驚くべき安価で手に入る。それは見本の見本でもいいみたいだ。だったらいっちょう試してみようかな、という気になります。それには、pdfで納品するにせよ、Macintoshの何とかいうテキストファイルを買わんといかんようですが。まあそれはそれで。今日の午後イッ発目は「へえ」の世界でした。
5月16日(水)

いっきに初夏の陽気が二つの公園にも押し寄せていた。そんななか特別養護老人ホームに立ち寄る際の私のモチベーションはあまり高くない。老人保健施設のような場所は必要で、その運営は企業活動である。私がそのいったんを担っていることに理由はない。むしろ多くの人々があまり積極的な理由なしに、当然行うべきと考えると、私もその例にもれるべきではないので、現在そうしている。


などと面倒くさい考えをしながら向った。そうして3人の女性の車椅子を押した。一人目は少し知り合い。「ああ夢みたい、、」とおっしゃってくれた。「日本もすごいわね」と言い「私は上海にいたの」とその頃の話を少し私にした。あとの方々は初めての方だった。二人目の方は「買物をしたいわ」とおっしゃったのでコンビニに行った。財布を持っていらして(私は最初、彼女は普通の方がそうなので、財布を持っていらっしゃらないかと思っていた)小さいチョコのお菓子パックを3種類購入された。三人目の方は、、、、何一つお話にならず何一つ表情を変えられなかった。けれど私はその方の車椅子を押して公園を一巡し時々は話しかけた。しばらくすると自然とそうすることも少なくなった。顔を近づけて表情を覗いた。特に何も起こっていなかった。エントランスで自分だけが靴を履き替える時「あ、もしかしたら私は亡くなった友人さんの車椅子をいま押しているのかも知れない」という気持になった。そうすると何かが私の心をきっぱりと捉えた。2階の食堂に戻るエレベータの中でまた少し話しかけてみた。もちろん何も答えは帰ってこなかった。職員の誰かはたぶん「おかえりなさい」と私に言い、私はまちがいなくその方の車椅子を押して散歩をしたに違いない、と自分に言い聞かせた。それに割ときちんとした確証が痕を残していた。心の中に。あんたの仕事だ、と。いまのところ。今日とか来週とかは少なくとも。
5月15日(火)

いま学会事務局からメールで査読の先生方を経て編集委員長の先生から標記内容の連絡がありました。本当によかったです。何か、研究が出版されるということはあれだけ時間をかけてインタビューに応じて下さった住民の方々の労が少しでも報われたみたいな感じがします。自分のことはともかく。もうご高齢でいらしてコーヒーを入れて運んでくださったFさん。赤ん坊をおぶっていらしたこともあった。KさんがVHSをマタギの館の食堂のTVでかけてくれる時の動作や、民宿主人の数人の男性や女性、私に協力してくれた人々の動作や表情がほんの数十センチの距離で浮かんで来る。すぐに触れる距離だ。私はいまお礼を兼ねてそこをもう一度訪れたい気持になっています。
5月14日(月)

今日とても嬉しいことがありました。故人の友人さんのお一人からメールをいただけたのです。その内容は私にとって必要な項目でした。写真展のアドバイスです。私は限りなく全文引用に近い部分引用を行い、期せずして長文化したメールを返信しました。

結論は出ていません。ですが、回りの風景が徐々に見えて来ました。
↑これも遺品でした。
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5月14日(月)

いま「展示」の前の「出版」のさらに前段階の「見本印刷」を考えています。
一昨日アドバイスのあった「オンデマンド印刷」をググっていくつかの印刷所をネット上で訪ねた。へえ、、、かなりのコストダウンは顧客自身の原稿準備の努力によって補われているようです。自分出来るでしょうか? それにしても安い。最安値2千円から。でも大体2万円かなあ。それを勉強するとか、、、。もうひとつはやはり英訳とタイ語訳だと思います。こっちも業者発注の以前に自分の努力が要ると思われます。今日はぼちぼちとそれらをします。
↑遺品の書籍類にタイ語が、、、でもタイの現地で廃棄して来ました。なにせぐしょぐしょでしたから。
5月13日(日)
昨日、禅フォトで一部観たロベルト・ドアノー展を東京都写真美術館で展示しているとのことで友の会会員券を片手にそこへ行った。40万点から厳選した200点というからスゴい。人々の出足も半端でない。やはり若い人が多い。ポスター作品である『パリ支庁前のキス』の影響かな、あれはヤラセらしいですが。今日最終日だったし行ってよかった。グッと来る作品が多かったから。帰りに近所のプロテスタント教会でバザーをやっていて、そこでG・ガルシア=マルケスの文庫本2冊を買った。
5月12日(土)

午後、ヨガのクラスにproud paradeで買ったシルク製オレンジミニドレスを着けて行った。先生の眼がすっと私に寄せられ、歩いて来られ「スゴい」と言って肩を触った。1時間よい「調べ」が出来た。服のせいかはわかりかねます。

夕食後に六本木の禅フォトの非公式飲み会にワインを下げて寄った。ここに何故かロベール・ドアノー(Robert Doisneau)がかかっていた。生誕100年記念で各地で行われているらしい。私は何人かの来客と話をしたあと、もう帰りがけになってやっとマークさんに「写真集/展」の相談をした。一つのアドバイスをいただいた。「もう私たちだけになっちゃったから、、」とその場に居合わせたかたから長居を誘われてのですが、駐輪料金とか大相撲夏場所とか買物とかどうでもいいことを理由に(別に話しませんでしたが)失礼した。

Precceで見切品を買って冷蔵庫に入れた。ブルーの皮ジャンの下が少ない布地の服でとても寒かったので風呂を沸かして入って寝た。
5月11日(金)

ジムで筋トレしたあと区役所で開催されている介護関連の会議に顔を出した。引き続きもう一つ別のミーティングを終え、ゆっくり夕食を取ってから二階にあがるとケイタイが鳴った。しまった、またポカをしでかしてしまった。午後6時からの日本語コーチを30分遅刻し、その後いつもの2倍の時間を費やして行った。途中自分がひどく疲れていることに気付いていた。部屋に戻ると午後9時に近かった。今日は、日本語授業というより私の興味ある「キリスト教会の歴史的展開」を前半は日本語90%英語10%、後半は英語90%日本語10%で講義してもらう流れになっていた。それはローマカトリック教会の法王も最近では考えを変えたという話で終わった。今では「コンドームの使用も認めた」「同性愛は結婚までは認めないにしろ愛はよいことなので承認している」。そんな私の質問に答えてくれた。おまけになぜか母の日のプレゼントまで頂きヨロヨロとチャリをこいで家路に向った。耳鳴りすごい。
5月10日(木)

肝心の家計簿のファイルをUSBに落とすのを忘れ、何のために早起きしたのかわからない結果となってしまいました。しかも竹橋付近では、雹(ひょう)が降り雷が轟(とどろい)たのです。まあそんなこともあります。びしょ濡れ。そこのビルのトイレに飛び込み、トイレットペーパーで服を拭きまくりました。でも寒っ。帰りには雨が上がっていましたので皇居を逆回りに半周して青山通りで帰りました。夕食後、風呂につかって暖まりました。

そういえば一番激しい降雨の中で、気象庁前の青信号を待つあいだ、同じくびしょ濡れのオジさんランナーと笑顔を見合わせました。「えへへ、スゴいなコレって参っちゃうよねえ!!!」ていう無言の。いい感じだったですよお。
5月10日(木)

おっと昨夜、私のFPさんからの宿題を思い出しました。今日の午後3時提出です。何とかしようと思い早起きしましたがエンジンがかかりづらい。なにせ午前9時にならないと生命保険会社に電話出来ません。通帳記載はよく考えたら2011年分だったので(すでにされていて)不要でしたが。っさあ、始めますか。
↑昨日は凹んでしまったので久々に買物をしました。中古屋でバッグ2個、REMIXとRay Cassion。300円と400円。Rayはかなり汚れていてベンジンとハイターで処理したのですが、今朝よく見ると内ポケットに飴玉が直にはいってました。ごかんべんしてください、、、、。
5月9日(水)

今日とある場所でとある人と会ったのですが
その直後に私は自分の自信を大変小さくしました
またそのあと私は自分あてに届いた別の人のメールを開け
そのことは私に考えごとを続けさせました
なぜなら

最初に会った人は「あなたは自分の感情を言葉で言い表すことが苦手だ」と指摘し
あとの人は私に対しては「私は自分の感情を言い表すことは簡単だ」と感じさせてくれました

最初に会った人は続けざまに「あなたは人からよくそのように言われませんか?」と質問し
あとの人はむしろ
感情をオープンにすることをうながしてくれるのだと思います

ですのでそのようなバランスシートの上に今の私はいます
そのあと、あとの人にお礼のメールを書いて寝ました
5月8日(火)

用事を作って新宿まで行ったが、その用事は中途でキャンセルにした。息子と午後5時前に戻る約束をしていたからだ。ただし山手通りの舗道改修工事ははかどっているようだった。

大相撲夏場所3日目をTVで観戦した。
5月8日(火)

カットを自分でしてから
バスルームで洗いました
5月7日(月)

その用事は午後4時半の予約で始まり、
終わったのは午後7時を回ってしまった。
色々考えさせられる場面があった。JR大崎駅で停めてあったチャリで家に向った。
5月3日(木)ー5月6日(日)
友人と日光の別荘で過ごした。
ところで今回も例にもれず忘れ物(腕時計・写真右)をし、アブナイ所で取り戻しました。

温泉の脱衣カゴの中にそれを置き忘れたことに気づき急いで戻ると、もう他のお客様の衣類が入っていました。大変迷った結果どうにか、、、非常識な方法、、、係の方に立会いをお願いしカゴの上に別の空のカゴを重ね、エイやとひっくり返すと、ボドリと時計らしくない質量を持った物体が床に落ちました。「あっありました!」私は何度もお礼を述べたのですが、、、。結果このような不注意は人々に多大なご迷惑をお掛けしてしまっただけです。猛省の至りです。
そして家に戻りPCを開くと、、、、こんな自分にも誕生日祝いがいくつもありました。ありがたいです。
息子と昼食をとりにサイゼリアに行きました。イカ墨スパゲティを頂いたあと、、、。