2017年3月28日(火)

をしながら今日は服の整理をした。

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2017年3月27日(月)

イオンカード会社に電話した。ポイントにかんして審査待ちだとわかった。居間の設計と取説かんけいのファイルを整理した。犬はあいかわらず三本足でケンケン歩行してる。後ろ足が、そのかわり鍛えられている感じがする。おイタは相変わらず。

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2017年3月26日(日)

と言っても、普段との違いは、包帯が咬みほづれないようにするとか、一日一回の薬を飲ませせること、また二度とソファーから飛び降りないようにみはるとか、激しくない種類の遊びを与えて満足させる程度だ。私自身は下駄箱の整理、水周りの掃除、ビール配達の注文などをおこなった。「親バカ日誌」おしっこは朝起きたとき、水を飲んだあと、など頃合いを見計らってケージに入れるとスッと行う。うんこは寝覚めのうんこ、食後のうんこなど一日2回。どちらもケージの中のトイレで行う。想像以上にお利口だ。いっぽう私は一日中眠い。春だし。

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2017年3月25日(土)

犬が低いソファから落ち、天を引き裂くような悲鳴をあげ続けた。それは午前10時50分頃で、息子が買い物から帰り、食品をザックから出し始め、入れ違いに私がトイレの便座に座った時だった。急いで11時過ぎにかかりつけ医に到着した。昨日ワクチン接種で通院したばかりの連続だ。レントゲンの結果、骨折はなかった。ただ子犬の出来上がりつつ骨の未発達の部分に損傷があるようで、外側固定という処置をしてもらい、非ステロイド系の消炎剤を処方された。青いバンデージが左肢にぐるぐる巻きになっている。びっこをひいている。ちょっと目を離したスキ、飼い主の不注意だった。安静加療5日間ののち、30日木曜日に再通院する。そのときよくなっていれは御の字だ。色々なことがおこる。それらがすべて犬を飼うということだ。平坦ではないが私にとってこれ以上のことはない。



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2017年3月24日(金)

午前中にスーツケーススーツケースが届き土産を開けた。そのあと動物病院に子犬を連れて行き3回目のワクチン接種をしてもらった。明日から外散歩をゆっくり始める。小旅行を含め直近の予定をたてた。今日も国会は森友問題にゆれていた。

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2017323日(水)


昨日、浦東空港に着いたのは午後4時台だったが、私はすでにいくつかの面倒をかかえていた。ひとつは浦東空港から虹橋空港までの移動で、時間はたっぷりあるものの、荷物が多い。が、それは掌に豆が出来そうになっただけで問題なかった。航空会社サービスのリニアモーターカーも楽しめた。ふたつめはけっきょく単なる思い違いだったが、もしかして日本円数万円と中国元の小銭を無くしたかもしれないという危惧で、これもザックのなかから見つかり問題なかった。みっつめは、丸ひと晩を虹橋空港のどこで明かすかという問題だった。空港2階は午後10時で閉まるらしい。いろいろ聞きまわった結果の1階の椅子で寝る方法で解決した。2階にローソンがあって麒麟とアサヒの缶ビールをそれぞれ7元で買い、コンビニ食の鶏粥をバックヤードでチンしてもらった。さらに10時までやっている2階の店で19元のワンタン麺を食べ、就寝に突入した。仮眠用に持参したオレンジ色のレスキューシートが封筒状だと初めて知った。空港で夜を明かすのは二度目だったが今回はシートのおかげでかなり熟睡出来た。エア側に入り、ひとつだけあるラウンジで中華の朝ご飯を食べたあと羽田便で飛んだ。


機内でいろいろかんがえた。自分の人生について、とりとめもなく、そんなことをしていると羽田に到着したとき、機内にハットを忘れたことに気づいた。受付に連絡すると大変親切だった。家にもどるとき両膝はカナヅチで時々打たれるかのように悪かった。幼い犬が過剰に喜んでくれた。洗濯と風呂と食事を終えて寝た。


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2017321日(火)22日(水)


帰国フライトは午後9時発だったので、かなりの余裕の1日だった。肌寒い朝、宿から数分のマックでブラックコーヒーと砂糖をまぶしたドーナツを1個だけ頼み窓際で食べた。宿にもどり熱いシャワーをして重たい木箱のなかの小物荷物をスーツケースとザックにわけ入れた。11時にチェックアウトして荷物置き場にそれらを預け、マックの隣りのチャリティ店に系列他店舗の情報を聞きに行った。少しだらしない感じの非常に背の高い髪の黒い東洋風の若い男が客でいて、しばらくのあいだ私たちは店情報を英語で話していたが突然「日本人ですか?」と言語を替えた。出自を聞くと「あのぼく複雑なんです」と説明してくれた。自分は「ハーフです」と2度ことわりをした。もっとお喋りもしたかったが相手はそうでもなさそうでさっさと歩いて行ってしまった。そこで買った中国製のスカーフを首に巻くといくぶん寒さを防げた。レセプションで南米の女の子に道を聞いた何とかという隣り町までは迷いながらも半時間ほどで着いた。空腹を感じた。感じのいいパブを見つけ昼を食べたあとに、同じ赤色の店構えを見つけた。日用品と雑貨を買ったあと向かいの黄色のチャリティ店で服を2枚買った。赤色の方は母子健康、黄色は不要古着の経済的保護を理念にしていた。広い店内に莫大な量の服が1ポンド均一で陳列されおおくの低所得者の女客が群がっていた。客たちはいったん手にとって「いらないわ」と思った品も床に散乱させていたが誰もとがめない。長いレジの行列には友好的な活気があった。


重い荷物と私は宿に戻り、狭い廊下で詰め替えをした。午後4時に空港に向かった。駅の自動改札機にはベストを着用した、たいていは背の高い黒人職員がいて、今回私は苦手の下りエスカレーターで介助を頼んだ。乗換え駅でもこんな出来事があった。短い数段の上り階段で杖をついた私がスーツケースを引きずっていると「私が運ぶわ」と言ってフルメイクの目の覚めるような若い女がサッと現れて手伝ってくれた。礼をいうとウインクまでくれた。次に私が「空港行きでない」車両に誤って乗ってしまったときのことだった。発車直前にあわてて降りようとしたとき、私のスーツケースが半分車内に残りドアがそれを挟みつつあった。ここでもまるで俳優のような容姿端麗な若いパワー男が現れ、両腕でドアを拡げて救出してくれた。数秒後、魅力的な笑顔とゼスチャーが走り去る車内にあった。なんて国だ。この親切さは40年前に訪れたときにも感じていた。引き継がれている。


航空会社のチェックインが終わり二つの荷が手元をはなれた。手荷物検査や出国手続きはどこの国よりもスムーズで工夫されていた。ラウンジを見つけた。シャワーも使った。ゆとりがあったので料理を食べてくつろいだ。土産を少し買い9番ゲートから搭乗した。帰りの飛行は比較的短く感じた。



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2017年3月20日(月)

私は朝、メールでGW初日の出国ラッシュにぶつかるよと、友人の訪日計画にケチをつけた。そのひと仕事が済んだあと、ホテルでの朝食をパスしてテムズ川沿いの散策に出かけた。バスでトラファルガー広場に行き、カフェでクロワッサンとコーヒーを頼んだ。騎馬兵をふくんだ近衛兵がちょうど出てきたバッキンガムから、橋をわたり、南側をずっと歩き、タワーブリッジから北側を歩いた。霧雨が降ったり止んだりして風も冷たく、もう一枚のジャケットを着てこなかったのを悔やんだ。どこかの途中の店でサラダパスタの昼をたべ、最後のほうで感じのいいパブでトールのビールを頼み、トラファルガーから国鉄駅に出て、駅のしょぼいパブでも小さいビールとスナックを食べた。最後の13番バスではさすがに眠くなりスイスコテージを乗り越していた。歩いて帰る途中で2軒のチャリティショップを見つけて、2軒目で服を2着買った。とても寒かったので試着室から着たまま出てレジをしてもらった。値引きのラザニアを買い、宿でチンしてオッさんと食べた。ボクシングのコーチもしてたというえいこくじんで稽古をつけてもらっていた若い男の子がハアハアしていた。友人はやはり日本に来れないとメッセージがあった。来ないほうが楽だなあとは思っていたけど実際その文面を読むと何もする気がしなくなった。

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# by necojill | 2017-03-21 07:02 |
2017年3月19日(日)

二段ベッドの上段を勘弁させてもらう手順を終えて今回の旅行の二つ目の目的である蚤の市に出かけた。有名なカムデンにバスで行くと観光化そのもので、まったく興味のないマーケットだった。何一つ買わずするりとおしまいにして、地下鉄でリバプールにあるブリックレーンマーケットに向かった。まあまあだったけど3時間くらいでこっちも打ち止めにした。買ったものは私の小さ過ぎるサイズのフェイクのベスト、身体のラインが出過ぎのニットドレス、赤と黒のオーバーサイズのドレス、で失敗。ハットとシューズを一つづつ、犬用ステンレス食器、肉の缶詰3缶。ベーグルのチーズサンドと紅茶をテイクアウェイし「わさび」という寿司屋でちらしを食べた。風の強い1日だった。帰りはバスを乗り継いで宿の町に着いた。ベッドの引越しを終え、髪を洗ったあと内緒で持ち込んだビールをマグカップで飲んだ。近所の中華で夕食を済ませてラウンジで茶を片手にくつろいでいる。足裏が痛い。

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2017年3月18日(土)

朝食後にバスの切符を買いに市中に出た。嘘のようにすべてがあかるい。夜の街は別の顔を持つということだろう。そのあと10時のチェックアウトまで部屋にいた。11時半まで荷を預ける話をした時、女将さんはパートナーが背中の激痛で救急車に乗ったと説明した。2軒見つけたリサイクル店のうちの一つで買った日用品と飲み切れなかった瓶ビールが背中に重かった。ロンドン行きの長距離バスの乗客はだいたいが黒人であとはアジア人でドライバーはインド人だった。ビクトリア駅で地下鉄に乗り、パディントンで以前のホテルを探しスーツケースを受け取った。スイスコテージ駅で次の宿を見つけた。四つ星から一転、最後の3泊はドミトリーだ。愛想に乏しい二人の若い韓国女がレセプションにいた。大きなビクトリア朝時代の素晴らしい建物だったが、複雑な経路で4階の上段ベッドを目指すことになった。バーのカウンターの中には指を怪我したハスキー声のポルトガル女がいて、私は客のスイスに住む68歳のドイツ女と一緒に飲んだ。この宿、、、住めば都ってことになればいいけど。

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2017年3月17日(金)

ストラドフォードアポンエイボン最後の泊まりが今夜で、昼はこれも最後のパブリックフットパスで、バス2台を乗り継ぎ、非常に遠いボートンオンザウォーターまで行った。そこは私は行ったこともないのだが「まるで湖水地方のよう」比較的小さな湖や小川が散りばめられ美しい。外反母趾も新しい登山靴に馴染み始め、膝もまあまあ、ズボンの裾もキチンとまくり地図もマーキングされている。平坦で景色のいい道を行きながら昨日までの3本の歩行の記憶を言葉に出して振り返った。誰一人いないんで。一発目、牛のガン見と金持ち老夫婦とステーキ屋の美人と親切なオバさん、二発目、泥の山で引き返したこと、水仙の花つきのベンチで靴を洗ったこと。三発目、出産直後の羊親子、これは2日目だったかも、乗馬女子に道を教えてもらったこと、道路で立ったままコンビーフを食べたこと、バスの2時間待ち。じつはこれだけを思い出すのに苦労しながら歩いた。まだ覚えているだけよかったと思った。老いは恐ろしい。ぬかるみが尾瀬の池塘風でフットパスの目印を見つけると嬉しい。相当歩いて細い道路でついに迷った。しかし少なくとも道路だ。クルマが一台来て私は停めた。掃除婦をしている妻に壊れてない掃除機を配達し終わった夫で目的地は「遠いからジャンプオンしな」と言った。お言葉に甘えた。ここに住んで40数年で最初は二人でフットパスをよく歩いたけど、2回本当に迷ったと言った。お二人のことや町並みなどお喋りして中心部で降ろしてもらった。次のバスまで靴の泥を落としたりして過ごした。乗換えのモートンインマシューでもちょっと時間があり、スーパーを見つけてサラダバーとビールを買った。暖かい鉄道駅の待合室で缶入りジンジャービールを一本空けた。青黄色のバスが遠くに見えドライバーに往復切符を見せた。「ストラドフォードに戻るんですね」と言ったので私はただ頷いた。はいそうですと言うべきだったなと思った。車内は暖かく疲れ、ビールも腹にあったのでまた寝てしまった。終点ではっと起きて降りると「眠り込んでましたね」とドライバーに言われた。そのバス停はちゃんとマクドナルドの前だった。さあホテルに戻ろうとするとまた道に迷った。金曜の夜だからだろうか、人出が多く風景に見覚えがない。もしかしたらその町は見たこともない別の町に違いないとまで考えた。シェイクスピア劇場の反対側を歩いていたとわかった。宿に着いた。小物の洗濯とシャワーをしてアップルサイダーを飲みながらサラダを食べだ。すぐに眠くなりベッドに入った。私はこれから先いったい何回道に迷えばいいんだろう。

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2017年3月16日(木)

今日のパブリックフットパスでも迷った。迷ったというより道を間違えて隣町に行ってしまい車道を結構歩いた。それ以外は、帰りのバスを1本遅らせた結果、2時間近くバス停にいる羽目になった、道の反対側に立っていたためだったが、ほかはいいハイキングだった。けれどつったっていたことでものすごく疲れた。なぜか同じドライバーでハンサムなのだが「一本バス乗り遅れたわ。道の反対側にいたんでね。(あんたがここでいいって言ったじゃん)」と愚痴ると無表情で「一本乗り遅れたんだ」とおうむ返しされた。終点で私は寒くて丸まって寝ていた。行きと同じ老夫婦の乗客が「あなた疲れちゃったのね」と笑った。午後5時に観光インフォメーションセンターに駆け込んで明後日の長距離バスについて聞いた。トイレを兼ねた食べるところを探したがめぼしい店がない。宿に近い相当にうるさいパブでトイレとビールを済ませた。いったん部屋に荷を置いて中華をテイクアウトした。シャワーのあとに茶色い具の多い素晴らしい炒飯を3分の2食べると完全に満腹になった。こうして無為なアドベンチャーを積み重ねている。

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2017年3月15日(水)

イギリスに来て3日目、ずっと迷子になりきっている。昨日は歩道のない交通の激しい狭隘道路で「自分の向かっている方角が真逆な感じがする」という苦しいジレンマ。一昨日はメガネを忘れた状態で真っ暗な場所でたたずんで、いくらも距離のない、さっきチェクインした宿に戻れなくなっていた。しかし今日にかぎっては絶望と不安は同行していない。代わりに時間と泥、がいた。レイコックという投宿町からバスで10分のやはり歴史保存てきな観光地で、二回目のパブリックフットパスをやろうとした。素晴らしい家々、乗馬施設、手の行き届いた牧草地や美しい小川など景色的にも昨日のより楽しめた。しかしそれは1時間半ほどまでで、残念ながら引き返した。引き返すまでにサインが無くなった泥の丘を2方向トライしてみたが、正しいルートでないと判断した。今日の午後を使ってストラドフォードアポンエイボンまで行かなければならず、電車はひとつの接続しかない。泥遊びをしている場合でない。もどりながらクリーク沿いのベンチで軽装の人々に出会った。同じコースを楽しんでいるようだ。思わず「このコース前にも行ったことはあるんですか?」と聞くと「ええ、そうよ」と軽く流された。バスまでのみじかい時間で靴とズボンの裾の泥をあまりキレイとはいえない溝の水で洗った。チットナムのバス乗り場の隣りの店でフィッシュアンドチップスの小とミルクティーを頼んで昼にした。4、5軒あるリサイクル店を覗いてスパンコールの一面に着いたパンツを5ポンドで買った。


列車の切符を買った。普通乗車料金だけで片道6千円もする。車掌の人件費かもしれないとおもった。3回乗り換えがあり、缶入りの軽い酒を各30分くらいの乗車時間でそれぞれ飲んでいると眠くなった。最後の接続には1時間の待ち時間があり、ホームでぼんやり陽にあたっていた。ストラドフォードアポンエイボン行きが来て、百均というか1ポンド均一店で買ったまあまあのコンビーフ、美味しくないチーズとナッツと冷えた昼の芋の残りをワインとリンゴジュースでお腹に詰め夕食の代わりにした。終点で降り、暗い駅前でGPSを持っている通行人にホテルの道順をもらった。ホテルのランクが次第にアップしているのに気付いた。4つ星のプチホテルで非の打ち所がないインテリアはおそらくパートナーのダイアンの趣味だろう。セントラルヒーティングが効いているのでまた洗濯をした。ジーンズまで洗った。次にしたことは、何も口にせず、たんにキングサイズのベッドにひとりでなだれ込むことだった。



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2017年3月14日(火)

最初のハイキングをした。チットナムから20分ほどのバスで行く観光地、カッスルクームだった。一番バスは朝の9時55分発だったが朝食を7時に作ってもらいゆっくり食べたあとうんと早目に出たのに色々無駄足をした。そこで新しい靴がすでに痛い。バスが発車すると何ということない、さっき急いだ駅前や自分の宿の前にも停留所があった。カッスルクームで降ろされ窓拭きをしている男に聞くとここには商店が無いと言う。ケーキの無人販売があったので人参ケーキを一つ買い2ポンドをポストに投げ入れた。フットパスの標識を見つけて歩き出した。ふつう の日本にもある平らなハイキングコースだった。小川に降りてケーキとポテチをワインの小瓶で食べていると牛の群れがずっと私を見ていた。その辺から牧草地を迷って再び戻りしばらく行くと素敵な佇まいの村に出た。その風景よりさらに素晴らしい笑顔のかねもち老夫婦がいて私は道を聞いた。戦場ヶ原の湯川沿いの歩道のようなぬかるみを歩き道路に出た。皆スピードを出している。道の方向に自信がない。外反母趾が膝痛を越した。ステーキ屋がありすごい美人の店員がグーグルマップで「あと35分よ」と教えてくれた。靴をスニーカーに履き替え、泥を丁寧に落とし杖を1本にしてぶら下げた。ここでチットナム、カッスルクームという標識を信じて方向を逆に誤った。無限の距離をふらふらになって歩いていると一台の車が停まっていた。彼女は電話中だった。数分後、静かに私の傍に停め、さっきは電話中で失礼でしたと言った。地理上の疑問が彼女の説明で全て解けた。非常に親切な事にそのアンジェラに送っていただき、信じられないことにその10分後、私は自分のホテルの部屋にいた。

靴と服、それに全身を洗い、私は蘇った。すこし休んで川沿いの大きなパブに入り、パウンドビールとスモークサーモンのベーグルサンドイッチを夕食にとった。やたらに長い1日だった。

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2017年3月13日(月)

今日一日はゆっくりにした。宿の地階でコンチネンタルブレックファストを食べ、スーツケースを預けた。そのあとせっかくなのでハイドパークの入口まで散歩した。スーパーを教えてもらい列車で食べる昼を買い、駅から13時発のチットナム行きの便に乗り、1時間ちょっとで降りた。宿を通り越し、苦労して着いた。黒人のレディの名を聞くと宿の名と同じダイアナだったが最初はそのことに気づかなかった。夕方まだ明るいうちに買い物をしたり明日以降のバスを調べた。地図と登山靴、犬用食器とブラシ、夕食用のペンネと地ビールを買った。あたりが完全に暗くなり、メガネを部屋に忘れて来たので迷子になった。最後は親切な通行人に宿まで同行してもらった。ペンネをチンして皿に盛り部屋で食べた。ビールは濁った色で素晴らしい味だった。バスタブを使いあたたまった。


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2017年3月12日(日)

英国は40年ぶりで、そこを選んだ理由はハイキングを楽しむ場所を途上国から先進国にいったん変えてみたかったからだ。ネパール、下水道設備普及率ゼロの国で1月に病に倒れたのと数十名死亡の最近のバス事故で象徴される交通の危険性が、私をちょっと無理かなという気分にさせた。タフであり続ける人間も世の中にはいるだろう。少し違う話題で、新しい犬を飼うときに保護犬を選ばすに、高額商品のような個体を選んだのと似ていて、楽を楽しんでしまう。それともかく、真っ暗な明け方5時台の町を軽い荷物で駅まで歩いた。まだ家に来て2週間目の犬は異変を感じてクンクン鳴きが激しかった。羽田空港国際線ターミナルのJALabcでスーツケースを受け取り中国東方航空にチェクインした。出国後にカード会社ラウンジでジュースとコーヒーをお腹に入れ、上海行きに乗った。小さい機体で機内食は約束どおり不味かった。仏教美術史の研究で旅行中の早稲田の留学院生が隣りの席で日本語でおしゃべりをした。どんより雨模様プドン空港には1時間以上遅れて着いた。中国を旅行しなくても空港ゲイト付近はまったく中国そのものだ。地上業務員が「ローマ!ローマ!」と最終出発案内をけたたましく叫び、次に私たちのロンドン便の搭乗になった。普通に飛行した。機内食も格段に美味くなっていた。しかしロシアを半分ほど飛んだところでアクシデントが発生した。急病人が出て急遽イルクーツクに緊急着陸する羽目に陥った。3D画面上の黄色の飛行軌跡がUターン状に描かれた。そしてイルクーツクでは燃料を補給する手順で3時間たってもまったく離陸しない。

それ以上、4時間の時間が経ち、一人の中国人乗客はとうとうどなり込んだ。そのあとすぐに離陸し、さらに6時間のフライトが始まった。「子供の命が助かった」という感謝の放送があり、一人の男が、患者の家族だろう、客室前方に立ち無言で頭を下げた。何人かの乗客が拍手した。私は数十分置きに3D画面の到着予定時間を眺めながら横になったり座ったりした。ヒースローに到着した。

日本製のザックの若い男性客がいたので話かけ電車のところまでおしゃべりした。世間は狭く自分のかつての職場の後輩だとわかった。パディントン駅から人に聞き聞き宿に着いた。古く寝台個室のように狭いが4600円で朝食付きだから仕方ない。熱いシャワーとスナックをウイスキー入りの紅茶で楽しみヒーターをつけたままゆっくり寝た。
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2017年3月11日(土)

昨夜、夕食後に六本木禅フォトギャラリーの企画展を訪れた。好きな作家さんにあちらから挨拶され、見当はずれの返事をしてしまった。自分はどうしてもっと気の利いた会話が出来ないのだろう?「あなたの作品が大好きです」とか。午後7時に失礼して8時には帰宅した。

昼にIKEAからチャリで戻った息子が「家に犬がいるっていいね」と言った。そうなんですがまだ手探りで育てている。犬の医療保険を申し込んだ。その際、タグを作ってもらうために犬の写真をナチュラルローソンでプリントした。あとはのんびり1日を過ごした。震災から6年0日のカレンダーだ。

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2017年3月9日(木)

今日のやることは旅行荷物のパッキング。それと無くした健康保険証の再交付手続きに区役所に行った。昨日買った大きめの犬用のベットが届いた。自分と犬のシャンプーでは湯船に入るのは初めてのようだった。犬を対面に抱えなおすとわりと安心してもらえた。TVでは森友学園が豊洲とキムハンソル氏や朴槿恵罷免を超えているみたいだ。

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2017年3月8日(水)

今日の午前中は犬用品の買い物。お台場の大塚家具経由でアクアシティのイオンペットで10%オフのサービス券を使い、ベッド、シート、オモチャを買い、郵送を頼んだ。ヤマト便だったので配送時間はフリーにした。帰りに銀座1丁目にあるダックスダックスで手作りフードを3キロ買い背中に背負った。百均でオモチャ一個を買いたし、午後3時頃家に戻った。最後の上りでは疲れ果ててというか気分が悪くなり押して歩いた。犬と遊び、そのあとソファでうただねから目をさますと寒気がした。風呂で温まってからホッケを焼いて夕食にし、午後8時に寝た。その前にブリーダーさんからお気遣いの電話をいただいた。4月に入ったら外苑前に連れて行こう。

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2017年3月7日(火)

ワン子○○日目というタイトルは毎日が犬を中心に過ぎている、というノリです。今日は自分の歯科の定期診療、買い物などした。イタヅラ坊や。人間の赤ん坊と同じで、何にでも興味を示す。もし床に落ちていたら何でも口に入れる。だ。ボール遊びが大好きで狭いところに身を隠すのが得意だ。どんな狭い、例えば10センチほどの高さや幅があれば入り込む。夜はぐっすり眠り、私の夜間トイレ2回にも目を覚まさない。自分のトイレでのオシッコやウンチはだいたい成功するが、生理現象を人間がコントロールすることは出来ない。育児に時間的なゆとりがないわけでないので、ゆっくりとやっていこうと思う。

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2017年3月6日(月)

子犬無料保険制度の請求書を書き終えた。他の時間は、落し物の件で警察に問い合わせ、犬のブラッシングとボール遊び、犬のベッドの洗濯と乾燥、昨日摘んだ菜の花を茹でたり、TVをみながら体操をしたりで1日が終わった。昨日の源流遡行徒歩旅行の記事をFBにポスティングした。メッセンジャー電話もかかってきて少し話した。二人が成田に着く頃に私は羽田にいる。

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2017年3月5日(日)

前回は上尾市の南ハズレで終了した。今日は相棒と大宮駅で待ち合わせバスで丸山公園方面に向かった。25分ほどで見慣れた平方公民館の近くでおり、そこの受付で友人は無くした手袋の片方を手にいれた。最初はどっちの方向に歩き出すか迷ったが、いったん前回休憩した場所に戻った。菜の花が一面に咲いている場所で、食用に摘んでいる女の人がいらして、私たちも菜の花摘みに没頭した。そのあと荒川の方向に向かいサイクリングコースを遡行すると、1時間前に出発した場所の近くに戻った。天気がよく、気持ちのいい時間だった。菜の花が摘めたからいい、という結論にいたった。そのあと人の多い牧場に着き、ジェラートを頼んだ。私はイチゴ味を友人はバニラを楽しんだ。ただコーンの底はまったく空洞で残念だった。昼を食べるために新道という名前の食堂を探した。私は天ぷら蕎麦セットを友人は鍋焼きうどんを頼んだ。再び臭いのきつい牧場に戻った。このあたりで荒川の川幅はびっくりするほど狭くなっていた。4時半まで歩き終了に決めた。桶川駅と北本駅のどっちにもどるかを迷った。桶川駅行きの100円バスの待ち時間が30分以上あったのでGPSのいう1時間15分の北本駅までの徒歩経路を選んだ。さいしょ圏央道の側道を歩いた。何人もに道を聞き、延々と歩いた。なんと駅までの道はゆうに2時間をうわまわった。おまけに今日の歩行の最初の時点で私の安物中古ブーツの底がバラバラに壊れ始めていた。そんな靴の状態で夕闇とのたたかいで午後7時に北本駅に着いた時、私の両脚は最悪になっていた。駅前の大きなカフェで軽食を食べてから高崎線に乗り、ふた駅乗り換え、最寄駅に着いた。スーパーで見切り品を買い、ブーツをトイレのゴミ箱に捨てて便所サンダルに履き替えた。すごく楽になった。家につくと午後10時になっていた。犬は静かに横になって待っていた。風呂に入り強い方の湿布を初めて貼り、刺身と今日摘んだ菜の花をつまんでから寝た。

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2017年3月4日(土)

昨日なくした定期入れの連絡はどこからもない。いっぽう犬は非常に元気だ。犬用ベッドは洗濯が必要に思える。今のところ替えがない。

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2017年3月3日(金)

犬が転んだ。自分で、ソフトタイプのスツール家具につまづいて、大きな声でキャンキャン泣いた。そしてびっこをひいていたので、これは捻挫かなと思った。バスで「夜間動物診療所」に二人で連れて行った。午後8時からで医者は丁寧に触診し問題はないのではないか、と言った。1万円以上かかったが子犬用の保険でカバー出来るのだろうと思っている。帰りにバスに乗り、料金を払おうとすると定期入れが無い。どこかで無くしたらしい。バスの営業所に届けをした。犬は落ち着いている。2、3日の安静をリクエストされた。犬はよかった。なくし物はいつものことながら気分を落とさせる。

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2017年3月2日(木)

7日目、耳掃除は明日に延期した。

犬の見える場所でTVづけ。金正男の「女二人」事件、森友学園事件。ですので私自身の生活は料理、簡単な買い物、まい食後のテトリス、朝夕2回のストレッチング、犬とボール遊びで一日が終了です。

今日二人の女の友人からメールがあった。お一人とは約束通りの約束を作った。もうお一人とは雑談。覚えていてくれてうれしい。


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2017年3月1日(水)

次の旅行までの2週間ちかくおもに子犬の世話だけで過ごしている。1週間たったので今日は初めて犬を風呂に入れてみた。シャワーでシャンプーをしてタオルドライしてからドライヤーの熱で乾かした。湯の温度は40度以下がいいみたいだ。そして産毛なのであっという間に前の状態にもどる。明日は耳と足の手入れでもしよう。ぼちぼち旅行の荷物を作り出している。

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2017年2月28日(火)

ドッグライフスーパーバイザーのS氏が見えた。ピンポーンが鳴り、スリッパを履かれて部屋に入られるや「ああいたな、この子か」とおっしゃった。ジルさんはケージに入っていたが誰がみても固まっている。そのうち一人と一匹は無言の緊張したコミュニケーションをとっていた。まあヒトの方は私たちに挨拶やら家族構成や、日中の在宅度や、以前の犬の話や、今困っていることやらの会話をした。「おやおや、こんな格好見たことない」とS氏が言った。犬は開けてもらったケージのドアから半身だけを出している。1時間で1万五千円なので消費者の私たちは時間を無駄にしないように過ごした。それで「へえ、そうだったんですか?」「知りませんでした」「なるほど」と言った相槌は続いた。ミソはソファから降りて床に座られたS氏が犬を股と両脚の間に仰向けに寝かせ、いわゆる屈服のポーズを取らせて、それを続ける場面だった。「犬は群れで暮らす動物です」つまり飼い主は群れのリーダー犬になるべきなのだろう。そしてかけがえのない家族として今後20年間近くを過ごす、、、、。それにしても前の犬といちいち比べて先生にのたまっている自分に何度か気づいた。ごめんGillesさん。あんただけだよ。

そのGillesさん、昼間気遣って疲れたのか、夜中に2度夜泣きをした。

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2017年2月27日(月)

明日来客がみえるので今日は掃除洗濯をした。ジルという名が女の名だけでないと思い、調べると男の場合、JillではなくGillesでしかもフランス人だとわかった。まあジルはジルだ。夕食後、脳卒中の2時間番組をみて寝る時間が遅くなった。ワン子5日目の夜に夜泣きをした。ちょうど私の夜中のトイレの時だったっけ。

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2017年2月25日(土)

昨日トレーナーとの予約が火曜に取れたのだが、なか3日間は自己流で犬と過ごすことになった。願ったり。質問点を絞った。私としては2点、主にリビングで過ごす日常になった時に、どうしたら自分からトイレをしにケージに向かうようになるのか。そしてセルフカットや耳の中や足指の手入れを私がする場合に、どうすれはじっとしてくれるかである。息子は噛みぐせを直させたいらしい。鳴きぐせのほうは長くても4、5分でおさまるようになった。

体毛が黒いシルバー種の子犬ジルさんの顔は日に日に白っぽくなっている。概ね順調で、まちがいなく私の毎日を楽しくしてくれている。

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2017年2月24日(金)

朝起きて隣の部屋に赤ん坊の犬がゆっくりしていたことは不思議だった。昨夜はわりかしぐっすり寝てくれた。オシッコやウンコを犬用トイレの中でしたのを目撃した時、大袈裟に褒め、外に出して遊んでやる、と言われても、ずっと見ていると鳴き続けるし、余りに離れるとトイレをした瞬間を見損なう。難しいところだ。したがって昼寝はあまりしていない風だ。自信がないので専門のトレーナーの家庭訪問を依頼した。どうということはないのだが、素人の知らないとんでもなく役に立つ方法をもらえたら、犬も人もハッピーになるだろう。ともあれ、病気の老犬に24時間を捧げていた5年前と比べたら、楽だ。ただ「クンクンを無視」や「人間の食べ物を与えない」ことに徹していると相手が無機的な物質であるような感じがしてくる。以前だったらクンクンしてたら「どうしたんだい?」と話しかけ、自分の食事中は隣に座らせて仲間として給餌していた。それは犬自身にとって大きな不幸に繋がるので完全に止めることにしたのである。

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